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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
145/203

144. 誤解と優しさ

数分後、大きく深呼吸を繰り返す私に、阜がティッシュを渡しながら「落ち着いた?」と尋ねた。

若干恥ずかしさを感じながらも小さく頷く。


「……つまり、“スランプ”ってことだよね」


真剣な顔つきで阜が言う。予想もしていなかった言葉が鼓膜を震わせ、不安を煽っていく。


「“スランプ”……」


初めて聞いた単語のように、“それ”がしっかりと理解出来ない。スランプなんて、プロの人しかならないと思ってた。


「去年エースだった先輩も相当大変そうだったからなぁ……」


なんでもないことのようにそう言って悩み込んだ阜に、私は気付くと目を見開いて飛びついていた。


「白校にもスランプになった人がいるの!?」


思わず大声を出すと、阜は目を丸くしてのけぞり、「う、うん……去年だけど……」とたじろぎながら答えた。


「そうなんだ……」


私だけじゃなかったんだ……。

そう思うと、少し心が軽くなった気がした。


「あの時は皆不安がってたなぁ。先輩はエースでキャプテンだったから……。でも私はまだ1年で、ただのマネージャーで……。結局何も出来なかった。今でもちょっと心残りなんだ。だから、前よりもっと皆のために何か出来ないかって考えるようになった。……ねぇ、蓮」


阜は一度言葉を切って、しっかりと私の目を見てもう一度口を開いた。


「高津くんに、相談した方がいいと思う」


『大丈夫だよ』


「……やっぱり、阜もそう思う?」


躊躇いがちに聞くと、阜は迷うことなく頷いた。


「だって高津くんはキャプテンだもん。……それに、高津くんはちゃんと話を聞いてくれる人でしょう?」


そう言って目を細めた阜に、私も思わず頬を緩めた。


「私の友達も言ってたんだ。“あんなに優しく話を聞いてくれる人、他にいない”って」


「阜の友達……?」


その中で、高津と面識のある人。そんなの……。


『高津の好きな人って、“アリス”のことだったの?』


“あの人”しかいないじゃん。


「その友達って、“アリス”って人?」


「そうそう! 桃ってばぐいぐい行っちゃって。まぁ一目惚れって言っても本気だったみたいだし、さすがに落ち込んでたけど」


「え……?」


様々な情報が一気に入ってきて、頭の中がパンクしそうになる。


「“桃”……?」


あの人って、“アリス”って名前じゃないの?

ていうか、“一目惚れ”って……?


「あぁ、蓮、知らなかったの?」


混乱する私とは対照的に阜はいつも通りの笑顔で人差し指をぴょこんと立てた。


「“アリス”はニックネームみたいなもので、本名は有栖川 桃だよ!」


有栖川 桃……。じゃあ高津はニックネームで呼んでただけで、下の名前で呼んでたわけじゃなかったんだ……。

いやいや、そんなことより!


「“一目惚れ”って、どーゆーこと!?」


思わず身を乗り出した言うと、阜は突然「え!?」と大きな声を上げた。


「知らなかったの!? てっきり高津くんから聞いてるかと……。うわぁ、ごめん桃!」


その場にいない人に向けて慌てて謝る阜に、私は苦笑しながら「大丈夫だよ、別に誰にも言わないし」と阜を落ち着かせた。


ていうか、高津から好きになったんじゃなかったのか……。そういえばさっき“落ち込んでた”って……。

てことは“アリス”は高津にフラれたってこと?

じゃあ高津の好きな人って……。


「“アリス”じゃなかった……?」


……待て。そうだとしたら、もしかして。

今までのこと全部、私の勘違いだったってこと……?


「蓮? どうし……」


「わああああああ!」


「うええええええ! 急になに!?」


気付くと、恥ずかしさのあまり発狂していた。

今はとにかく何も考えられない。ただひたすらに恥ずかしい!


「ご、ごめん。ただ恥ずかしくて……」


「どゆこと?」


「その……私、高津が“アリス”のこと好きなんだって勘違いしてて……」


「あー、なるほど! え、でもなんでそれが恥ずかしいの?」


「う……それ以上は聞かないで……」


私は思わず両手で顔を覆っていた。


『高津まで遠くに行っちゃう気がした』


『高津と、離れたくなかったから』


今考えたら私、高津に相当恥ずかしいこと言ってたような……。


「あぁぁぁぁ……」


「もう、蓮! しっかりして!」




* * *




「じゃあ、今日はありがとう。……大丈夫?」


小さなブラウンの鞄を肩にかけた阜が苦笑しながら顔を覗き込んでくる。


「うん。もう大丈夫。……たぶん」


曖昧に応えると、阜は「ほんと?」と可笑しそうに笑った。


「……また、いつでも話聞くからね」


優しく微笑んだ阜に、私は顔を上げて頷いた。


「ありがとう。……今日も。中学の頃に戻ったみたいで、すごく……楽しかった」


改めて言葉にしてみると、やっぱり照れ臭い。

そんな私とは打って変わって、阜は嬉しそうに口角を上げて「私も!」と飛びついてきた。


すっかり暗くなった道に阜の背が消えて行く。

段々と小さくなっていく阜が時折振り返って元気に手を振るもんだから、私は思わず笑ってしまった。

まぁ、阜の影が見えなくなるまで見送ってる私も私だけど。


「くしゅんっ」


大きなくしゃみをして鼻をすすると、玄関のドアが開いて父さんが顔を出した。


「睡蓮、早く入りなさい。明日から12月なんだし、油断してると風邪引くよ」


「はいはーい」


軽く返事をして家に入ると、リビングからカレーの匂いがした。


「あれ? 夕飯作ってくれたの?」


「あぁ、なんか盛り上がってるみたいだったから」


父さんは嬉しそうに笑ってそう言った。

私は思わず呆れ笑いを浮かべる。


「父さん、今日本当は仕事だったでしょ」


言うと、キッチンに向かっていた父さんが「えっ?」と勢いよく振り返った。図星だな。


「変だと思ったんだよ。昨日あんなに忙しそうだったから土曜は出勤だろうなと思ってたのに、ちゃっかり家にいるし」


「だって……阜ちゃんに会いたかったんだもん」


小さな子どものように頬を膨らませた父さんに、「なにそれ」と可笑しくなって笑う。

……きっと、父さんなりに心配してくれてたんだろうな。あんなに頻繁に遊びに来てた阜が突然来なくなって、2人で受験するはずだった志望校まで変えて。


気になってたはずなのに、何も言わないでいてくれた。今日も、阜のことを疑ったりせずに、私たちの外側から優しく見守っていてくれた。


「ありがとう」


微笑んでそう言うと、父さんは驚いたように目を丸くした。そんな反応を見るとこっちまで首を傾げたくなる。

私、何か変なこと言ったっけ?


「どうしたの?」と声をかけると、父さんはハッとして「あぁ」と答え、笑った。


「いやぁ、てっきり“そんなことに有給使うな”とか、“私のことなんて気にしないで仕事しろ”とか、言われると思ってたからなぁ。……どういたしまして」


悪戯に微笑んた父さんに、私は思わず吹き出して笑った。テーブルに並べられたカレーを前に、私たちは向かい合って座った。


「「いただきます」」


父さんの作ったカレーは、野菜はボコボコだし所々固まったルーが入っていたりしたけど、すごく優しい味がした。

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