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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
142/203

141. 関係ない

翌日の放課後、俺はアリスに会うため白校に向かっていた。


『行こうか、デート』


あの時の俺はどうかしていた。

アリスの好意に気が付いていない訳ではなかったのに。何をどうやったって、アリスの気持ちには応えられないのに。


「高津くん?」


反射的に顔を上げると、そこはもう白校の目の前で、すぐそこにはアリスの姿があった。


「大丈夫? なんかすごい険しい顔してたけど」


そう言ってアリスは口元を隠して楽しそうに笑った。

いつも試合の時に見かけるジャージ姿ではなく白校の制服を着たアリスはなんだか新鮮だった。


「あのさ」


「ねぇ」


2人の声が重なり慌てて「ごめん」と謝ると、アリスはまた小さく笑って、「とりあえずどこか入らない? 立ち話もなんだし」と鞄を掛け直した。


「あ、あぁ。そうだよな」


考えてみればこんな道端でする話でもないしな……。ぼんやりと考えながら、機嫌良さそうに歩き出したアリスの後に続く。その背中では金色の髪がふわふわと揺れていた。


……俺はこれから、アリスを傷付ける。

それは紛れもなく自分のせいなのに、誰かを“傷付ける”ということが、俺には堪らなく恐ろしい。

それは傷付けられるより怖いことかも知れない。傷付いた顔を見たくなくて、罪悪感を感じたくなくて、どうしても逃げ道を探してしまう。


隣を歩くアリスが時折他愛のない話をして笑いかける。その顔を見るたび胸が痛み、なんとか浮かべていた笑顔も自然に見えていたかどうかは分からなかった。


しばらく歩いて行くと、アリスが向かっていたカフェに着いた。

日の沈み始める時間だったからか、店内はさほど混んではいなかった。窓際の4人席に通され、隣の椅子に荷物を置いてゆっくりと腰かける。

さっそく、アリスがワクワクした様子で口を開いた。


「どこ行く? あ、その前に日付決めなきゃだよね」


ぐっと言葉に詰まり、言いようのない苦しみが喉元にまとわりつく。全ては自分のせいなのに、“苦しい”なんて思ってしまう自分にも嫌気がさした。


「……ごめんアリス。俺、行けない」


時間が止まったかのような錯覚に襲われ、その場の空気が一変する。そっとアリスの顔を窺うとアリスはぽかんとした表情のまま首を傾げた。


「え? まだいつ行くかも決めてないのに?」


「……うん。俺は、」


「ご注文お決まりですかぁ?」


唐突に聞こえた声に思わず体がビクッと震える。話に集中していたからか店員さんが来ていることに全く気が付かなかった。

……いや、タイミング悪すぎだろ……。


「えっと、じゃあアイスティー……」


「あ、私はミルクティーで……」


「かしこまりましたぁ」


店員さんが去っていくと、俺たちは自然とため息を吐いていた。


「えっと、続きどうぞ……」


「あ、あぁ……」


気まずすぎる。

そんなことを思いながらも、俺は深呼吸をしてテーブルの下の手をぐっと握った。


「俺、好きな人がいるんだ」


言ってしまってから、どんどん鼓動が早くなっていくのを感じた。思わず顔を背けそうになり、ぐっと奥歯を噛み締める。

アリスは「えっ?」と小さな声を零し、目を丸くしていた。そして言葉を探すように目を逸らして数秒、……苦笑いをした。


「う〜んと……。だから、なに?」


予想外の言葉に、今度は俺が驚く番だった。


「“だからなに”って……」


「おまたせいたしましたぁ」


「「……」」


だから、タイミング!

コト、と2つのグラスが置かれ、店員さんが背を向けるとアリスは運ばれてきたものには目もくれずに話を続けた。


「高津くんは、その“好きな人”と付き合ってるの?」


「いや……」


「じゃあ、関係ないじゃん」


食い気味に言われ、俺はごくんと唾を飲み込んだ。

目の前に座っている人物が、突然アリス意外の誰かになってしまったような気がした。

アリスの言っていることが分からない。理解できない。

関係ない訳がないのに。


そんな俺の心情を察したのか、アリスは小さく息を吐いて笑った。


「付き合ってたって完全じゃないけど、付き合ってないんだったらそんなに考えることないと思う。だって“彼女”じゃないんでしょ? そんな人関係ないよ。“他人”だよ」


そう言ったアリスの笑顔は、どこか寂しそうに見えた。確かに、恋人でないなら何も問題はないし、アリスの言うように俺が誰と恋愛をしようと関係はないのかも知れない。


俺がアリスと付き合おうが、里宮は仲間として寂しがりはすれど嫉妬したりはしない。里宮が誰かと付き合ったとしても、俺には祝福以外の言葉を言う権利はない。


……でも、俺の気持ちは変わらない。

俺は里宮のことが好きで、アリスのことを恋愛対象として見ることはない。今もこの先も。

それなのに“デート”をするなんて、アリスに失礼じゃないか。


「俺はアリスのこと恋愛対象としては見れない。……だから、“デート”は出来ない」


先程よりも少し強い口調で言う。それにも関わらず、アリスはふっと笑って「だから、なんで?」と首を傾げた。


“なんで?”って……。

……なんで分からないんだ。


「俺は、アリスのこと好きじゃないから。それなのにデートするなんてアリスに失礼だ」


「私が“したい”って言っても?」


試すように顔を覗き込んでくるアリスの言葉に、開きかけた口が止まる。何か言うことはあるはずなのに、何も言葉が出てこない。


アリスのため。アリスに失礼。それも、ある。

だけど、俺は。


「俺が、嫌なんだ」


しっかりと、アリスの目を見て強く言う。


「アリスのことが嫌なわけじゃないけど、アリスにも、その……“好きな人”にも、自分の気持ちにも……”まっすぐ“でいたいんだ。そういう、不誠実なことはしたくない」


言葉にすることで初めて浮き彫りになったような気持ちを、正直に伝える。アリスは「そっか」と呟き、微かに顔を歪めて俯いた。

数分前に感じていた痛みが再び胸を刺す。


「……ねぇ、高津くん」


やがて顔をあげたアリスがゆっくりとした口調で言う。その姿はとても苦しそうに見えた。


「私じゃ、ダメかな?」


絞り出すような声。その言葉には計り知れないほどの重みがある気がして、俺は思わず口をつぐんだ。


「今好きじゃなくてもいい。友達からでも……。それでも、ダメ?」


微かに潤んだ瞳がまっすぐに俺を見つめる。胸が締め付けれても、もう目を背けたくはならなかった。


「俺は」


「高津くんは」


俺の言葉を遮ったアリスは、ゆっくりと噛み締めるように言葉を繋げた。


「それでもダメなくらい、その子のことが好き?」


ドクン、と心臓が一際大きく鼓動を打つ。

気だるげな目を細めて笑う顔が脳裏に蘇る。

俺の答えは決まっていた。


「うん。……俺は、里宮じゃなきゃダメなんだ」


他の誰にも代えられない。

ただの”仲間“でいられたら。諦められたら。そう思ったこともあったけど、やっぱり俺は里宮のことが好きで。


……アリスのことは、良い人だと思う。話していて楽しい。笑い声を聞いていると安心する。容姿も整っていると思う。

……だけど、アリスのことを友達以上の存在として考えたことはない。


確かにそう思っているのは自分なのに、その事実が何より残酷に思えて、どうしても苦しい。

アリスの気持ちを受け入れてあげられたら。

そんなことを思ってしまったりするけど、それでも。


全てを避けては通れない。

誰のことも傷付けずに進める道なんてないんだ。


「…………里宮?」


キョトンとした顔でその名を口にしたアリスに、サーッと血の気が引いていく。


……待て。俺今なんて言った……?


「高津くんの好きな人って、雷校のエース!?」


混乱した頭を整理する間もなく、アリスが身を乗り出して声を張り上げる。

ぴんと伸びた背筋が、ひやりと冷たく感じた。

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