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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
141/203

140. 選択の理由

しんと人気のない裏庭で、俺たちはしばらく黙ったままでいた。里宮が話してくれた事情や気持ちを飲み下しながら高い空を眺めたりして、ふと隣に目を向ける。


「情けないこと言ったけど、やっぱり……寂しいからさ。ずっとこのままでいたいのになって思うよ」


まるで示し合わせたように、里宮がそう言った。呆れたように肩をすくめながら、ひどく哀しい目をしていた。


俺だって今が大切で、離れ離れになってしまう未来を考えると気分が沈む。誰だってそうだろう。本当に大切な人と別れるのは辛い。だけど……。


「確かに寂しいけど、それは仕方ないことなんじゃないか? 進学先なんてまず被らないだろうし……。卒業して違う場所に行ったって、いつだって皆で集まれるよ」


高校で毎日顔を合わせる生活とはほど遠いが、二度と会えなくなるわけじゃない。今だって休みの日に集まることも多いし、卒業してもそれはきっと変わらないだろう。そんなことを考えながら言うと、里宮はぴくっと肩を震わせた。


「塚波大学」


「え?」


「スポーツ推薦、塚波大学なんだよ。茨城の」


その言葉の意味が上手く理解できず、俺は黙り込んでしまった。塚波大学は有名なスポーツ強豪校だ。バスケ以外のスポーツでも多くのプロ選手を輩出している印象がある。いや、それも重要なことだけど。すごい場所だけど。

もし行くことになったら、里宮は……。


「黙っててごめん。でも、私、行かないよ。まだ返事はしてないけど、行かないつもりで、だから、相談するまでもなくて……」


「里宮」


気付くと俺は思わず里宮の言葉を遮っていた。


「もっと、ちゃんと考えろ。もし“行かない”って選択をしたとしても、“皆がいるから“って理由で決めるのは絶対にやめろ。決めるのは里宮だけど、俺たちだって一緒に悩んだり迷ったりすることくらい出来る。お前はひとりじゃないんだから」


言葉を重ねるごとに、里宮の瞳が潤んでいく。

きっと言えなくて辛かっただろう。苦しかっただろう。口にしたら現実になってしまいそうで怖かったんだろう。

……ばかだなぁ。


「大丈夫だよ」


俺たちの仲がそんなことで千切れるわけがないじゃないか。小さなこどものように見える里宮の頭をわしゃわしゃとかきまわすと、辺りに授業終了のチャイムが鳴り響いた。


「行こう、里宮」


立ち上がって手を差し伸べると、里宮は素直に俺の手を取った。頬を滑る風が、ほんの少し温かく感じた気がした。


「……ありがとう」




* * *




「「塚波大学!?」」


昼休みになり、いつもの裏庭で里宮が全てを話すと、その場にいた全員が身を乗り出して大声をあげた。


「うるさ」


里宮が呟いた小さな文句には全く反応せず、3人は驚きを隠せない様子で騒いでいた。


「里宮一人暮らしすんの!?」


「え、それってスポーツ推薦!?」


すさまじい勢いで質問攻めにされた里宮は不機嫌そうに「だから」と声を荒げた。


「まだ行くって決めたわけじゃない。そこのこと詳しくは知らないし、バスケだって、」


唐突に言葉を止めた里宮に反応して、全員が顔を上げる。里宮は一度唇を結んで、どこかバツが悪そうに目を逸らした。


「完全じゃないだろ。怪我とかするかも知れないし」


里宮が言うと、五十嵐が「あぁ」と思い出したように言った。


「たまに聞くよな。スポーツ推薦で入ったのに怪我して運動できなくなったってやつ。強いからこそそういうこともあるんだろうな」


「確かに……それは慎重になるな」


川谷がうんうんと頷く横で、長野は「里宮いなくなったらつまんねぇよ〜」と駄々をこねていた。


「だからまだ決めてないって」


めんどくさそうに手を振って言う里宮と泣きつく長野に、俺たちは声をあげて笑った。

いつもと変わらない里宮の様子を見て俺は心から安堵していた。


その時、ポケットに入れていたスマホが聞き慣れた通知音を発して震えた。LINEを開くと、まっさらな部分の多いトーク画面にひとつふきだしが増えていた。


『デート、いつにする? 結局あの後何も話せなかったから』


それはアリスから送られたものだった。力の抜けていた全身に緊張が走る。

……ちゃんと、断らないと。


『うん。明日会える? 話したいことがあるんだ』




* * *




「えっ、桃、高津くんとデートするの?」


「うん! OKしてくれたんだ〜」


「ふぅん……」


『高津くんって、蓮のこと好きなの?』


『……誰にも言うなよ』


「……桃、高津くんの連絡先教えてくれる?」




* * *




『ごめん、最低だ』


『私、行かないよ』


『……ありがとう』


なんだか今日は怒涛の一日だったな。里宮の話を聞いただけで頭がパンクしそうなのに、昼には長野が本気で泣きそうになりながら騒ぐんだもんな。

俺はその時の長野を思い出して思わず吹き出してしまった。


うんと伸びをして息を吐くと、途端に眠気が襲いかかってきた。もう寝てしまおうか、そんなことを考えていると、机の上に置いてあったスマホが唐突に着信音を奏で出した。慌てて通話ボタンを押し、スマホを耳元に近づける。


「もしもしっ」


声を出して、やっと俺は驚きのあまり番号を確認していなかったことに気がついた。


「あ、高津くん?」


聞こえてきた声を聞いて、俺はすぐにそれが誰か分かった。


「工藤?」


驚いて言うと、電話口の工藤は平然と「そうだよー」と答えた。


「いきなりごめんね。今大丈夫?」


「大丈夫だけど……なんで番号知ってんの?」


「あ、桃に聞いたの。どうしても聞きたいことあって」


聞きたいこと……? 疑問に思いながらも、とりあえず「なに?」と聞いてみる。


「突然なんだけど、高津くんって蓮のこと好きなんだよね?」


瞬間、思考が停止した。本当に突然だな!


「そっ、そうだけど……なんで知って……」


「ごめんね、黒沢くんから聞いたの」


鷹のやつ……人のことほいほい教えやがって……。


「あ! でも私が気づいちゃったって言うか……。黒沢くんは悪くないの。だから、怒んないで」


必死にそう言う工藤に、俺はおかしくなって「大丈夫だよ」と答えて小さく笑った。


やっぱり工藤は今も鷹のこと好きなんじゃないか……? と、そんなことを考えていると、「それでね」という声が聞こえて俺は慌ててスマホを持ち直した。


「高津くん、桃とデートの約束したって本当?」


それを聞いた瞬間、俺の心臓はドクンと飛び跳ねた。

どう伝えていいかわからずに黙り込んでいると、工藤が「あのね」と言葉を続けた。


「高津くんが、その……弄んだりとか、する人じゃないって分かってるけど……。きっぱり、断ってあげてくれないかな」


『俺は、工藤とは付き合えない』


「……その方が、前に進めるから」


やけに優しい声でそう言った工藤に、俺は「うん」とだけ答えた。それ以上何を言えばいいか分からなかった。


『俺はずっと里宮のそばにいる』


……俺は、里宮のことが好きなんだ。

だからちゃんと、断らないと。

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