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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
140/203

139. タグ

気まずい。

段々と肌寒くなってきた風に吹かれながら、俺と里宮はとりあえずいつもの裏庭にやってきていた。図らずも里宮と岡田っちの会話を盗み聞きしてしまったという罪悪感が全身を支配する。


裏庭に向かう間一度も口を開かずにいた里宮が何を考えているのか、俺には検討もつかなかった。

ふと、いつも通りのベンチに腰掛けたところで授業開始のチャイムが鳴る。


「いいのか? 授業」


一応確認してみると、里宮は「うん」と頷いた。


「高津と話したかったから」


そう言った里宮の真剣な目が、真っ直ぐに俺を射抜く。その澄んだ瞳はじっと俺の言葉を待っていた。


「……えっと、まず、この間はごめん」


座ったままで小さく頭を下げると、情けなく震えた指先が目に入る。里宮の表情を見ることはできなかった。


「あそこまで怒ることじゃなかったって言うか……その、心配だったんだ。里宮が」


グダグダな話でも、里宮は真剣に目を合わせてくる。

……俺を、解ろうとしてくれている。


「里宮、最近何か悩んでるみたいだったから。……俺に出来ることがあるなら力になりたいと思ったんだ。皆もそうだと思うけどさ。里宮が苦しいと、俺たちも苦しいよ。……だから、1人で悩むなよ」


誰でもいいから。俺だけに頼ってくれなんて言わないから。1人で抱え込まないで、いつもの強気な里宮でいて欲しい。いつも皆で居る時のように、気だるげな目を細めて笑っていて欲しい。

しばらく沈黙が続き、里宮がゆっくりと口を開く。


「……高津の言うとおりだった」


俯いたままで、里宮は呟くように話し始めた。


「私、ひとりになるのが怖かった。皆にはそれぞれ大切な人が出来て、全員が揃うのも前よりは少なくなった。でもそれは悪いことじゃない。むしろ大切な人がいるのは良いことだよ。高津にだって好きな人がいるのは知ってる。……でも」


里宮の声が震える。気付くと、里宮の小さな手はスカートの裾をギュッと握っていた。


「でも、それが目の前で現実になっちゃいそうだった時、すごく怖かった。皆遠い気がした。高津まで遠くに行っちゃう気がした。……嫌だった。そんなの。私はずっと皆と居たいよ。……でも、皆が誰と居ようと私には関係ない。私が決めることじゃない。……ごめん、最低だ。自分のことばっかで、皆のことなんて考えてない。本当に、ごめん」


消え入るような声で言った里宮は、両手で顔を隠すように覆って項垂れた。珍しく弱った姿が痛々しい。


「……里宮」


名前を呼ぶと、里宮はゆるゆると顔を上げて上目遣いに俺を見つめた。平等なはずの時間がやけにゆったりと流れているように感じる。里宮の笑顔が脳裏をよぎり、俺はひとつ覚悟を決めた。


この跳ねるような鼓動も、胸を締め付けるような感情も、全て俺だけのものだ。

……知っているのは俺だけでいい。


「俺はずっとここにいるよ」


柔らかく言うと、里宮は驚いたように目を丸くした。


「里宮が望む限り、俺はずっと里宮のそばにいる」


かけがえのない“仲間”として。親友として。

隠している感情があることには、少し罪悪感があるけど。こうして隣にいられるなら、それが里宮にとっての救いになるなら。きっとそれが俺にとっても最善なのだろう。


里宮はくしゃっと顔を歪ませ、一度目元を隠して俯いたが、すぐに意を決したように顔をあげた。少し目元が赤くなっていたが、もうそこに涙は浮かんでいなかった。


「簡単なことなんだよ。すごく。……でも、()()()()()言えなかった。……高津と、離れたくなかったから」


里宮は少し迷うように目を泳がせたが、やがて小さく息を吐いて「全部話すよ」と呟いた。


「ずっと、大学の推薦のこと考えてた。なんか、バスケ強豪校らしくて。引退試合の時も観に来てたりしたんだ。……ありがたいことなのかもしれないけど、私は正直戸惑ってた。学力とか運動神経とか、才能とか天才とか。急にそんな“タグ”付けられても、わかんないよ。私は今までずっと、何も気にしないで自分のやりたいようにやってきたんだよ。今更そんなこと言われたって、私……」


頼りない声はだんだんと尻すぼみになり、やがて消えてしまった。

確かに、里宮はきっと特別だ。他の人にはないものを持っているし、大学推薦の話が来るのも納得できる。岡田っちとの会話でなんとなく予想はついていたが、引退試合の日に感じた違和感もそれが原因だったことには正直驚いた。


今だってまだ2年の2学期だ。大学推薦の話をするには充分早いのに、まだ3年生が引退する前から声をかけられていたなんて。

それほどまでに、里宮は必要とされている。だからこそ息苦しかったのだろう。


里宮の体には、タグやレッテルが数えきれないほど貼り付けられていた。バチン、バチンと大きな音を立てて、まるで痛めつけるように。

望まないものを与えられた上に痛みを伴うなんて、里宮にとっては苦痛でしかなかったのだろう。


……でも、俺はずっと。


「……俺、初めて里宮に会った時……ずっとそのタグが羨ましかった」


言葉を選びながら絞り出すように言うと、里宮は目を見開いた。


「羨ましかったんだよ、里宮。俺にはタグを付けられるような長所も、評価してくれるような友達もいなかったから。今里宮を苦しめてるもの全部、里宮が認められてるっていう証拠なんだ」


里宮にとって苦痛だったもの。重荷だったもの。

きっと俺は、ずっとその“重荷”に憧れていた。

“才能”というものが、ひとつでもいいから欲しかった。けれど今まで俺が羨ましく思っていたものは、全て里宮を苦しめる材料になってしまった。

……里宮。それは違うよ。


「才能とか技術があるからって、求められるとおりに振る舞う必要はないだろ? 今までだって里宮は“自分のやりたいように”それを使って強くなって、皆を導いてきたんだ。俺だって、数え切れないほど里宮に救われた。その結果今があるんだからさ。それが“才能”のおかげだっていうなら、案外悪いものでもないだろ?」


本来は素晴らしいとされるはずのものも、感じ方ひとつで毒に変わってしまう。

善悪を決めるのは当事者である里宮だが、少なくとも俺は里宮の“特別”を悪だとは思わない。


それはずっと里宮と共に在った、里宮の個性なのだから。


「……そうだね」


呟くように声を落とした里宮は、いつもの気だるげな目を細めて、どこか照れ臭そうに微笑んだ。

秋晴れの空に吹く風が、里宮の黒髪をふわふわと踊らせていた。

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