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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
139/203

138. 攫われた至宝

「はぁ、はぁっ」


誰もいなくなった体育館。やけに明るい照明が眩しく、外の暗さがより一層強調される。

風を切って走る中、ひやりと流れる汗が首筋を伝った。


“ガシャンッ”


悲鳴をあげる腕でシュートしたボールが、大きな音を立てて無様に跳ね返ってくる。ガクンと膝が折れ、私はそのまま座り込んだ。

部活が終わって、既に1時間以上が経過していた。

それからずっと練習を続けているにも関わらず、私の打ったシュートが入ることは一度もなかった。


やればやるほど分からなくなる。走れば走るほど、ドリブルにまで違和感を覚えはじめる。どうしようもない焦りと不安で頭はすっかり混乱し切っていた。

激しく息を乱しながら、貪るように呼吸をする。


昨日の試合で感じた違和感は思い過ごしじゃなかった。

その感覚は、ゆっくりと着実に私のバスケを奪っていった。

分からない。どうして突然こんなことになったのか。


どうして。どうして。どうして。どうして……っ!


“ダンッ”


振り下ろした拳に鈍い痛みが走る。……なんで、私が。


「っ私が何したって言うんだよ!」


思いきり叫び、手元にあったボールを壁に投げつける。

心の叫びは誰にも届かず、ただ深い闇が私ごと飲み込んでいく。


「ふざけるな! なんで私だけこんな目に遭わなくちゃいけないんだよ! なんで私なんだ! なんでバスケなんだ! なんで……っ」


瞳から大粒の涙が溢れ出す。

耐えられなかった。バスケのない私なんて私じゃない。

バスケ以外のものだったら喜んでくれてやる。大人達がよく賞賛する頭脳も才能も、私は少しだって惜しくない。

勝手に与えたくせに。勝手に背負わせたくせに。

代償だとでも言いたげに、本当に大切なものばかり奪われていく。


『もっと頼ってよ』


『心配しなくても大丈夫だよ』


「……っなにが“大丈夫”だ! “変わらない”って言ったくせに! “心配するな“って言ったくせに!」


『もうわかんねぇんだよ!』


あの時の高津、辛そうな顔してた。


「私だってっ!…………私だって、わかんないよ……」


消え入るような声が、痛みとなって胸に染み込んでくる。

わかんないよ。苦しいよ。高津。


顔をあげる。困ったように笑いながら、手を差し伸べてくれる姿が目に浮かぶ。

……そうだ。こんな時にはいつも、高津が慰めてくれてた。

高津が、楽にしてくれてた。




* * *




気が変になりそうだ。

1日中考えても答えなんて分からない。これ以上この気持ちを抱えていられない。そう思うことはあっても、里宮に伝えることはその後を考えても絶対に出来ないし、気持ちを消すこともきっと出来ない。


あまりにも難儀だ。ただの仲間でいられたら、こんなに悩むことはなかったのに。そんなことを考えるたびに、今まで里宮と過ごしてきた年月が頭の中を駆け巡る。


「無理だよなぁ……」


そのたびに同じ答えに辿り着くのだから、今更どうすることも出来ないのだ。目を閉じて思い出に浸ると、里宮が見せてくれたいくつもの笑顔が次々に浮かんでくる。


……このままじゃ駄目だ。ちゃんと学校行って、里宮に会って、なんでもいいから謝って……。

勢いよく立ち上がってスマホを手に取り、LINEを開くと数件の通知があった。“イケメンカラス”と表示されたグループLINEを開く。


“五十嵐:大丈夫か? 明日には来れそう?”


“川谷:無理しないでゆっくり休めよ〜”


“長野:生きてるー?”


皆からの心配の声に俺は自然と笑っていた。


“ありがとう。明日には行くよ”


流れるように文字を打って返信し、里宮とのトークルームを開く。


“昨日はごめん”


なんで里宮が謝るんだよ。悪いのは俺なのに。


“ちゃんと話したい”


その一文をしばらく見つめて、小さく息を吐き出す。

一度決めると指は滑るように動いた。


“俺も”


短い一言を送り、俺はそのままベッドに倒れ込んだ。

もう失敗したくない。もう傷付けたくない。

……大丈夫だ。きっと戻れる。

かけがえのない“仲間”に──……。




* * *




清々しい風。もうすぐ11月に突入するだけあってすっかり秋模様だ。まだどこか暑さを感じる日はあるものの、楽しかった夏休みが遠い昔のことのように思える。リノリウムの廊下を進みながら、俺は気を引き締めて大きく深呼吸をした。


「里宮!」


突然響いた声に、俺は飛び上がって足を止めた。廊下の角から様子を伺うと、声の主は岡田っちだった。相変わらずのラフな格好をした背中の奥に、小さなシルエットと長い髪が見える。


「ちょうどよかった。お前に聞いときたいことがあってな……T大の推薦、本当にいいのか?」


「……うん」


推薦……? 聞き慣れない単語に戸惑っていると、複雑な顔をした岡田っちが「そうかぁ」と小さく息を吐くのが聞こえた。


「まぁ、お前が決めることだからどうこう言えねぇけど……。後悔すんなよ?」


岡田っちの言葉に里宮は一瞬小さく体を震わせたように見えたが、黙ったまま頷いた。

T大は確かバスケ強豪校として有名な大学だ。俺も名前くらいは聞いたことがある。その推薦ということは、里宮にスポーツ推薦の話が来ていたのかも知れない。

改めて里宮の強さを実感する。


「高津?」


ハッと我に帰ると、いつの間にか目の前にきょとんとした顔で小首を傾げる里宮がいた。驚きのあまり仰け反りながら辺りを見回すが、岡田っちはとっくに姿を消していた。


「こんなとこで何してんの?」


里宮の曇りない目が俺を覗き込む。


「いや……えっと……なんでもないです……」


弁解することも出来ないまま、消え入るような声が漏れる。

何やら不穏な空気が俺たちの間を埋めていった。

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