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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
136/203

135. 小さな異変

体育館に戻って数十分後試合前の練習は終わり、それぞれの試合が始まった。白校を含めた4校での合同練習試合は2つあるコートを使って総当たり戦で試合が行われる。


雷校の一回戦目の相手は白校だった。

選手の顔ぶりにも見覚えがあり、ベンチには工藤とアリスの姿も見える。


『……行こうよ、デート』


普段より落ち着いた声。向けられた視線。目尻を細めて微笑む顔。その全てが思い出され、慌てて頭を振りアリスの姿から視線を外す。


……今は。試合中に考えるのはやめる。

曖昧に誤魔化してしまった分、後でしっかり向き合うんだ。


ふぅっと息を吐き気合いを入れ直すと、前半で試合に出る5人がコート内に入って行くのが見えた。今日の練習試合では全員が少なくとも1度はコートに入れるよう調整されていた。大体1年生3人と2年生2人を合わせた5人で試合に入ることになっている。

コートに入って行く1年生たちの横には、小さな里宮の背中も見えた。


ビーッと試合開始の合図が響き、お互いの選手が頭を下げ、それぞれの位置に散っていく。

五十嵐がジャンプボールを取り、まずは雷校ボールになる。

マークされていなかった1年生がボールを取り、すぐさま里宮にパスが回る。白校の選手にマークされていたにも関わらず難なくパスを受け取った里宮は、そのままいつもどおりの素早い動きで着々と体格の異なる選手を抜いていく。


……と、その時。順調に走っていた里宮の動きが、微かに遅くなった。それは本当に小さな変化で、自分の見間違いかと疑うほどだった。しかしその変化を間近で捉えた白校の選手は、一瞬にして里宮の手からボールを奪った。


その光景に誰もが目を見開く。里宮からボールを奪った選手でさえ、どこか拍子抜けしたような顔をしていた。それもそのはず、試合中に里宮がボールを取られることなんてそうそうない。例え自分の手でシュートを打つことが難しかったとしても、里宮なら素早く判断し相手選手の読みを欺いてパスを回すはずなのだ。


それだけではない。里宮の姿を注意深く見れば見るほど、動きや表情にまで微かな異変を感じた。

ピッと短くブザーが鳴る。白校1点。

五十嵐がリバウンドボールを取り巻き返すように走る。ゴール近くでパスを受け取った1年生がシュートを決め雷校に1点が入る。里宮にパスが回される。


俺は思わず唇を噛んでその姿を見つめていた。きっとほとんどの人が里宮の変化に気付いていない。

でも、ずっとあいつを見てきた俺には分かる。

きっとあいつらも気付いている。


里宮は明らかに迷っていた。いつもの迷いのない瞳とは違う。落ち着きなく視線を泳がせ、ドリブルもどこかぎこちない。あの様子だとパスをしても簡単に読まれてしまうだろう。いつもなら真っ先にゴールへ向かうはずの里宮が、まるで何かを恐れているかのように動きを小さくしている。


そうこうしているうちに、里宮の手から再びボールが奪われてしまう。里宮の真横をすり抜けていく白校の選手に、慌てて手を伸ばす里宮。その瞬間がスローモーションのようにゆっくりと捉えられる。


あんな風に、どこか焦るようにバスケをする里宮は初めてだ。


「……高津くん、アップしとこうか」


ふと、隣に座っていたコーチがやけに真剣な目でコートを見つめたまま言った。


「はい!」


ベンチから立ち上がりアップを始めながらも、モヤモヤとした感覚が消えなかった。

……コーチは、里宮を下がらせる気なんだろうか。その真剣な目からも口調からも、里宮の異変を感じ取っていることは充分に察することができた。

……ただ単に調子が悪いだけだろうか。それとも……。

俯きがちに思考を巡らせ気分が沈みそうになるが、ハッとして俺は顔をあげた。


コートの中には、未だ慣れない他校との試合に奮闘する1年生とそれをカバーする五十嵐の姿が見えた。頭の中を埋め尽くしていた不安が、嘘のようにすっと消えていく。


俺はこのチームのキャプテンだ。

里宮のことだけじゃなく、部員全員のことを見てやらなくちゃならない。里宮が本調子じゃないなら、その理由よりもまずはフォローの仕方を考えなくては。


やがてコーチの声で俺と里宮は交代になり、俺はあいつの顔を見ないままコートへ入って行った。




* * *




「おつかれ」


落ち着いた声に釣られて顔を上げると、目の前にはスポーツドリンクを差し出す鷹が立っていた。軽く礼を言って水筒を受け取ると、鷹はどかっと勢いよく隣に腰掛けた。


「で、試合も終わったのにこんなとこで何してんだよ」


数十分前とは打って変わって静寂に包まれた体育館を見渡しながら、鷹が言う。鷹の言うとおり合同練習試合は終わり、既にほとんどの高校が会場を後にしていた。

白校とは一勝一敗、その他の高校を含めると雷校は四勝二敗という結果に終わった。


1年生の活躍も多く見ることができ、他校との試合はそれぞれにとって良い刺激になったようで部員たちは満足そうに笑い合っていた。俺自身もそれなりに収穫があり、今日は充実した1日だったように思う。


「……鷹」


ただ、気付いてしまった違和感を無視したまま日常に帰っていくことは出来そうになかった。


「今日の里宮、なんか変じゃなかったか?」


「……まぁな。あれで“いつもどおり”なんて言うやつがいたらビックリするわ」


呆れたように肩を上下させてそう言った鷹に、「だよな」と呟くように声を落とす。がらんとした控室に置き去りにされた里宮の荷物。それはありふれた光景であるはずなのに、今回ばかりはいつも以上に里宮のことが心配だった。

バスケを何より大切に考えている里宮のことだ。

きっと今日の試合では相当ショックを受けたに違いない。


誰もいないコートを眺めて、男バスの中では嫌でも目立つ長い黒髪のポニーテールを思い浮かべる。容姿でも強さでも異質なオーラを放っているその姿は、ベンチから見ていると途端に違う世界の人間に思えてしまう。


「……結局何も分かってないんだよな、里宮のこと。どう思ってるかも、何考えてるかも」


仲間でも、信頼していても、恋愛感情があっても。

結局知らないことだらけで、分かってやれないことばかりなのだ。


しばらく黙ったままでいると、ふと鷹が膝に手をついて立ち上がった。


「俺だってあいつが何考えてんのかなんてわかんねぇよ。そんなのは本人の問題だろ。あいつに頼まれない限り、俺たちに出来るのは見守ることくらいだよ。……それとも、お前に言い寄ってる女に嫉妬してたりして?」


ニヤッと悪戯な笑みを浮かべた鷹に、俺も小さく笑って立ち上がった。


「ばーっか」


「はぁぁ? これでもかなりの優等生なんですけど?」


そんな冗談を言って笑い合いながら、俺たちは体育館を後にした。

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