表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
135/203

134. 友達だから

延々と続く暗い空。車窓を絶えず打ち付ける雨。今日は白校を含む四校との練習試合。試合会場に向かうバスに揺られながら、震える手を押さえつける。

私は、“私のバスケ”を忘れかけていた。




* * *




「里宮!」


名前を呼ばれ、ボールをついていた手を止める。振り返った先に立っていたのは、珍しく焦った様子の五十嵐だった。


「お前、どうした?」


近寄るなり唐突にそう言った五十嵐の表情は真剣そのもので、きっと私の不調なんてお見通しなのだろう。

今日はまだ一度もシュートが入っていない。コートの中にいるというのに、余計な考えばかりが脳を支配していて集中できない。


嫌でも考えてしまう。

昨日感じた違和感が、今日も続いているんじゃないかって。

もしかしたら私は、私のバスケは――……。


「……試合までまだ時間あるし、ちょっと散歩でもしれくれば?」


下を向いて黙ったままだった私に、優しい声が降り注ぐ。

五十嵐は昔から、それが私の気分転換であることを知っている。試合の前後には普段通りでいられないことが多い私を、こうして1人にさせてくれるのはいつも五十嵐だった。


「……うん」


それに甘えて、今までずっと救われてきた。

私は今までどれだけの人に助けられて来たんだろう。

……こんなんで、どうして他人に何かを与えられるなんて錯覚していたんだろう。なんであんなに強がってたんだろう。


『そうだ、高津。立ち上がれ』


『まだお前は、負けてすらいないだろ』


……違う。

あの頃の私は本当に強かった。怖いものなんて何もなかった。いつからか、心の弱い部分が増えて、自分の嫌な所も浮き彫りになっていった。

あの頃の自分には戻れないと、何度唱えても無駄だった。

私は信じたくない。認めたくない。


自分が、こんなにも弱く変わってしまったなんて。


「〜〜」


遠くから、誰かの声が聞こえる。人気のない廊下の角に差し掛かった時、聞き覚えのある声が私の動きを止めた。


「また会ったね」


ドクン、と大きく心臓が跳ねる。声を聞いただけで整った顔立ちを想像できるような、透き通った声。所々聞こえる会話に、聞き慣れたその声が混ざる。


「〜、アリス」


暴れる心臓を抑えながら、そっと声のする方を窺う。

楽し気に笑い会う男女。白校のジャージを着た金髪の少女と、見慣れた雷校のジャージに身を包む大きな背中。


……嫌だよ。

そんな風に笑わないでよ。特別なんて作らないでよ。

私の知らない世界に、遠い場所に、行かないで。


「高津……」




* * *




全身を包む空気が肌寒い。窓の外では延々と強い雨が降り続けていた。試合前の練習を抜けて水分補給をしていた俺は、小さく息を吐いて腕を伸ばした。ふと、視界の端に黒いリストバンドが映る。


『……勝ちに行こうぜ、ピンク』


あの引退試合の日が、なぜか遠い昔のように思えた。

里宮が普段どおりじゃないことくらい分かるのに、俺にしてやれることは何もない。話を聞いてやることさえ。


『高津だから、言えないことも、あるんだよ……』


苦し気な顔が脳裏に浮かび、胸が締め付けられる。

俺に出来るのは見守ることだけ。里宮が話してくれるのを信じて待つことだけ。……本当に?


「……高津くん?」


透き通るような声に呼ばれて反射的に振り返ると、そこには白校のジャージを着たアリスが立っていた。


「また会ったね」


そう言ってニッと笑ったアリスに、俺も思わず頬を緩めていた。不思議と、アリスの笑顔にはいつも釣られてしまうのだ。


「うん。さっき工藤も見かけたけど、やっぱアリスも来てたんだな」


「あたりまえでしょ〜!」


そのまま何気ない会話を続けていると、アリスはふと口をつぐんで躊躇いがちにもう一度口を開いた。


「ねぇ」


他愛ない会話の時とは違った声色に、緩やかだった空気が揺れる。アリスの真っ直ぐな瞳がゆっくりと俺の方を向いた。


「今度、一緒にどこか行かない?……2人で」


「……えっ?」


予想外の言葉に、思わず間抜けな声が漏れる。心臓が嫌な音を立てて早鐘を打っていた。

一緒にどこかへ出かける。それは友達ならよくあることだろう。ただ、“2人で”と強調するアリスに戸惑っていると、アリスは俺の顔を覗き込むようにして更に言葉を続けた。


「高津くんが、ヒマな時でいいからさ。……行こうよ、デート」


“デート”とハッキリ言葉にされ、俺にはもう逃げ場がなくなっていた。自惚れたくはないが、アリスから向けられる視線や言葉から受け取れる感情は確かな“好意”だった。

何と言っていいのか分からずに立ち尽くしていると、静寂に包まれた廊下に突然大きな怒声が響いた。


「茜! 何してんだよお前。練習!」


反射的に振り返ると、全力で顔をしかめたジャージ姿の鷹が体育館から顔を出しているのが見えた。慌てて「悪い、今行く!」と声を張り、俺はアリスの顔を見ないまま「ごめん、もう行かなきゃ」とだけ言って逃げるようにその場を後にした。


罪悪感を覚えつつも、内心ではホッと息を吐いている自分がいた。足早に鷹の元へ行くと、案の定キレ気味の鷹が「何話してたんだよ」と怒ったような口調で言う。

動揺を悟られないよう目を逸らしながら「何でもねぇよ」と答えると、鷹はあからさまに大きなため息を吐きいつも以上に鋭い目を俺に向けた。


「この際だからハッキリ言うけど」


一呼吸置いてから、鷹は更に強い口調で言った。


「あの女、お前のこと好きだよ」


思わず、ビクッと体が震えた。鷹の目から見てもアリスの態度はそんな確かなものだったのか。

……でも、本人から直接聞いた訳じゃない。

まだ、分からない。


「……なんでそんな言い切れるんだよ」


「逆になんで気付かねぇんだよ」


荒い口調で話すのは、鷹が説教する時の癖だ。その分俺のことを心配してくれているのは、分かっているけど。

……でも、どうすればいい?

そんな俺の心の声に答えるかのように、鷹は言った。


「気付かないフリすんなよ。お前だってそこまで鈍感じゃねぇだろ。なかったことにすんな。ちゃんと自分でケリつけろ」


それだけ言うと、鷹はそっと目を逸らして体育館へ戻って行った。……鷹の言うとおり、俺は気付かないフリをしていた。どうしたらいいか分からなくて。嘘であってほしいと、思ってしまった。


アリスの表情が真剣なものであったことに気づいていたくせに。俺はまだ、“そうじゃない”可能性に縋っていた。

……最低だ。アリスは、友達なのに。

友達だから。何を言えばいいのか分からなかったんだ。


くしゃっと髪をかき上げ、自分自身を落ち着けるように深く息を吐く。……友達だからこそ、ちゃんと向き合わないと。

パンッと両頬を張って気合いを入れ直し、俺は体育館の中へと走って行った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ