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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
134/203

133. 変わらないままで

“文化祭の時一緒にいた人、誰?”


……なんて。

知ってるくせに。分かってるくせに、探るような聞き方をして。それで何になるっていうんだ。

高津からどんな答えが返ってくれば私は満足なんだ。


高津が、皆が私から離れて行くような気がして怖かった。

焦る必要はない、なんて阜は言ったけど、“恋愛”という感覚が分からない私にはこの先皆のことを理解出来ないことも増えていくのかも知れない。

そう考えると、やっぱり寂しかった。


考えたってどうしようもないことだと分かっているのに、脳を支配する暗い思考は消えてくれない。

今はそんなことを考えている暇じゃないのに。

もっと早く、出さなければならない結論があるというのに。




* * *




大学推薦。

その四文字に、私はずっと悩まされていた。

貼り付けたような気味の悪い笑顔。腹黒い思考が見てとれるような機嫌取りの言葉。それらは正直言って私のストレスだった。才能なんて知らない。大人たちが勝手に値踏みしているだけだ。


今までは自分の思うように道を選んできた。他人に押し付けられた道なんて受け入れる気もなかった。

でも今は、自分の“したい”、“行きたい”が分からないから困っている。結局最後には決めなくてはならないし、私は何かしらの道を選ばなくてはならない。


……分からない。自分が、どうしたいかなんて。


「里宮!」


すぐ隣で私を呼ぶ声がして、ぐるぐると回っていた思考の渦から引き上げられる。


「体調でも悪いのか?」


心配そうに私の顔を覗き込む部活着姿の高津を見て、思わず顔をしかめてしまう。段々と周りの音が聞こえてきて、部活中にも関わらず考え事をしていた自分にまた嫌気がさす。

もっと集中しなくてはいけないのに。


「大丈夫」


「そうか?……気をつけろよ、明日早いんだから」


その優しい声に確かな違和感を感じて顔を上げる。嫌な予感がじわじわと全身を支配していく。


「……明日って、何かあったっけ?」


「え? 何って、練習試合だろ。珍しいな、里宮が忘れるなんて」


平然とそう言った高津の言葉が、ゆっくりと脳に浸透していく。渦巻いていた嫌な予感がドロドロと溶け出し、身体を重くしていく。


私にはバスケしかなかった。

今まで部活の予定を忘れたことなんて一度もない。

……変わっていく。

かつては確かに感じていた“自分”という在り方が崩れていく。バスケだけは変わらないと思っていた。どんなに悩んでいたって、迷っていたって、一番大切なバスケだけは。


その瞬間、恐ろしいほどの焦燥感に駆られる。このまま私が、私の大切なものが全て消えてなくなってしまうような気がした。


「里宮? 大丈夫か?」


「……高津」


情けない。何も知らない高津に甘えて、私を安心させてくれる言葉をせがむ。まるで高津の優しさを利用しているみたいだ。……それなのに、不安で堪らない。縋らずにはいられない。


「私たちは変わらないよね?」


この先、勝っても負けても転んでもつまづいても、何があっても。私たちの関係は、友情は。

ずっと、変わらないよね?


「……変わらないよ」


力強い声が確かに耳に届いて、見上げた高津は心配そうに、でも私を安心させるように優しく笑った。


「この先何があっても、俺たちは今のままだ。……心配しなくても大丈夫だよ」


……そうだ。ずっと、その一言が欲しかった。確かな口調で、“大丈夫”って。高津は、いつも私を救ってくれる大切な仲間。いつまでも。……そう、信じてもいいんだよね。


「……ありがと」


心からの感謝の言葉は少し掠れていたけど、どうやら伝わったようで小さく頷いた高津はコートに戻って行った。その後ろ姿に、数日前の記憶が重なる。


『アリス!』


聞き慣れない名前を呼ぶ高津の声。笑顔。阜の友達であるあの人が、高津にとってどんな存在なのかは知らない。

それなのに、どうしても“特別”という言葉が頭に浮かんでしまう。

もしもあの人が高津にとっての“特別”なら、仲間なんて、友達なんてきっとそれ以下の存在でしかない。

そうなった場合、私はどうなるのだろう。


「…………最低」


自分のことばかり考えて。自分の心配ばっかりで。

結局、独りになりたくないだけなんだ。

思わず顔をしかめて、目についたボールをひとつついてゴールに投げる。ガンッとリングの縁に当たって逃げて行ったボールを、私はただ呆然と見つめていた。




* * *




……母さん。

私はもう、高校2年生になったよ。バスケを始めて、もう9年になるよ。明日は部活の練習試合なんだ。ちゃんと命日の日に来れなくてごめんね。


母さん、私ね。この学校で皆に会えて本当に良かったと思ってるんだ。色々あったけど、もうダメかも知れないと思ったこともあったけど、私たちはうまくやってるよ。

……だからね? 皆と離れる未来のことなんて考えたくないんだ。そんなことばっか言って、子供だよね。

母さん、もし貴方が生きてたら、なんて言ってくれたかな。


……あぁ、そうそう。父さんは元気だよ。今日は私ひとりだけど、明日は父さんが来てくれるって。父さんはいつも、私の力になろうって頑張ってくれてる。ありがたいけど、たまに心配になるくらい。


仕事も忙しいのに、大学見学にも付き合ってくれて。

……本当に、何の不自由もなく生活させてもらってるよ。

……でもね。ひとつ、分からないことがあるの。

私、人を好きになるっていう気持ちが分からない。

高校生にもなって、おかしいでしょ? みんながみんな恋愛してて、好きな人とか恋人とか、そんなの当たり前みたいに見える。


私、好きな人はたくさんいるよ。

五十嵐も川谷も高津も長野も、阜も黒沢も。

でもなんで“好き”には2種類あるの?

全然、分かんないよ。

母さんはどうして父さんを好きになったの?


……そんなの、聞かれたって困るよね。

私にも、いつか分かるのかなぁ。


……ゆっくりと瞼を開ける。

“里宮 百合”と刻まれた墓に向けて優しく微笑んだ。


「いつも、こんなくだらない話聞いてくれてありがとう」


小さく息を吐いて立ち上がると、今まで折り曲げていた足がピリピリと痺れた。


「これからもよろしくね」


もう一度小さく呟いて笑いかけ、私はその場を後にした。

墓の両側には、大きな白百合が美しく咲き乱れていた。

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