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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
132/203

131. 懐かしいやりとり

「それでは投票の結果を発表します!」


緊張に包まれた体育館に、委員長の凛とした声が響く。

ダンス部や軽音部のステージでの盛り上がりが嘘のように静まり返った空間で、息をするのも忘れてその時を待つ。

後夜祭も残り僅かだ。




* * *




「……い、おい、茜」


「へ?」


「いつまでぼーっとしてんだよ。ほら」


呆れたように言いながら、鷹が渡してきたのはタピオカの入ったミルクティーだった。「あぁ」と曖昧に返事をしてミルクティーを受け取り、小さく息を吐く。

俺たちは体育館での後夜祭の後、教室に戻って余り物のジュースを飲みながらプチ打ち上げをしていた。


予想の倍以上の人気で、もしかしたら、なんて期待もしていたけれど、流石に3年には敵わなかった。俺たちのクラス2年A組は、学年優勝、全校3位という結果に終わった。

学年優勝でも喜ぶべきなのだろうが、本気で全校優勝を狙っていた身としてはつい肩を落としてしまう。

一方鷹は順位なんてどうでもよかったようで、機嫌良さそうにアイスティーを飲んでいた。


「お前、悔しいと思わないのか? ちょっとも? あんな格好までしたっていうのに……」


「やめろ。俺はもう忘れたんだ。つーか、文化祭なんて本来勝ち負けのあるイベントじゃないだろ」


「まぁそうだけど……」


「はーい! みんな注目ー!」


円形に座っていた俺たちの中心に立ち、手をあげてそう言ったのは委員長だった。


「今日は、全校優勝はできなかったけどすっごい楽しかったし、皆頑張ってた! だから学年優勝できたのは皆のおかげです! ありがとう! そしてお疲れ様!」


清々しい顔で笑う委員長に、クラスメイトたち皆が拍手を送った。この空気を作るのも、クラス全員を本気にさせるのも、委員長以外の人では出来なかっただろう。


「よーっし! それじゃあ改めて、学年優勝おめでとう! 乾杯!」


「「乾杯!」」


クラスメイトたちが声を揃え、それぞれ手に持っていた飲み物を掲げる。

今日は目標の全校優勝には届かなかったが、忘れられない思い出になった。チラッと横目に里宮の様子を窺ってみると、制服に着替えた里宮はちょこんと体育座りをしてぼんやりとどこか一点を見つめていた。

……里宮にとっても、今日が良い思い出の日になっているといいな。




* * *




「だから、お前は馬鹿かって聞いてるんだよ。カレンダー見ろ!」


「嫌だ! なんでそんな急に現実に連れ戻すんだよ! 今日くらいゆっくり……」


「そんなこと言ってる暇ねぇだろ! さっさと勉強しろ!」


「嫌だぁぁ!」


電話越しに怒鳴られながら、俺は1人で地団駄を踏んでいた。本日、中間テスト2週間前。

現状はというと、ノー勉である。






「ありえねぇ」


俺は鷹の家で握りしめていたシャーペンを折れそうなほど乱暴に机に叩きつけた。


「せっかくの文化祭休みになんで勉強なんてしなきゃいけないんだよ!」


今日は月曜日だが、土日とも文化祭だったので今日明日は学校が休みになっている。所謂、文化祭休みというやつだ。

普通ならここは打ち上げとか遠出とか、自由に過ごすはずなのに。……普通なら、な。

目の前で真面目に教科書とノートを広げている鷹にじとっとした視線を向けると、鷹は呆れ顔でわざとらしくため息を吐いた。


「仕方ないだろ、テスト前なんだから。ほら、さっさとそれ解けよ」


「ちぇっ、クソガリ勉が……」


「なんか言ったか?」


すかさず不自然なほどの微笑みを向けてくる鷹に、「なんでもないッス」と肩をすくめる。


「にしても真面目だよなぁ。俺はテストのことなんて全然気にしてなかったのに……あ、ミスった」


鷹に指示された数学の問題を解きながら独り言のように話していると、鷹は「別に」と不貞腐れたようにそっぽを向いた。まぁ、鷹の真面目さは今に始まったことじゃない。

昔から適当そうに見えて馬鹿真面目に努力するやつなのだ。

その結果周りからはなんでも出来る恵まれた人間に見えて、理不尽に妬まれたりする原因にもなってしまったのだが。


そんなことを考えていると、1階からガチャッとドアの開く音が響いた。


「あれ?」


反射的に鷹の方を向くが、鷹は露骨に目を逸らした。


「鷹?」


「いや、こんな早く帰ってくるとか聞いてない……」


力なく項垂れる鷹に「は?」と首を傾げた直後、下からとんでもない怒声が聞こえてきた。


「鷹! あんたまた食器出しっぱなしよ! ごはんカピカピになっちゃうからやめてって言ってるでしょ!?」


釣られるように鷹の方を向くが、鷹は真顔のまま目を閉じて無になっていた。肩を揺すってもただ首を振るだけで口を開こうともしない。こういうのは返事しないとヒートアップするぞ。

案の定「鷹!」とほとんど叫ぶような声が聞こえてきて、流石に気まずくなる。何か言えよ。


「ちょっと! 聞いてるの!?」


やがて階段を上る足音が響いてきて、鷹の背中をバシッと叩くが、鷹は無言を貫いていた。おい。

そんなことをしていると、とうとうノックもなしにドアが開け放たれ、ヒートアップした鷹の母親が姿を現した。


「鷹っ! いい加減に――……」


ドアを開けるなり怒鳴った声は尻すぼみになり、鷹の母は丸い目で俺を見つめたまま言葉を失ってしまった。


「あ、えっと、お邪魔してます……」


おずおずと頭を下げると、鷹の母はより一層目を丸くした。


「やだ、友達来てたの!? 早く言ってよ! ごめんなさいね、大声出して……」


慌てた様子で顔の前で両手を合わせる鷹の母に、俺も焦って頭を下げた。


「いえ、勝手に上がっちゃって……すみませんでした」


「いいのよ、そんなの。気にしないでゆっくり…………」


穏やかな微笑みを浮かべてドアノブに手をかけた所で、鷹の母は再び目を見開いた。


「あら!? もしかして茜くんじゃない!?」


その瞬間、心の奥で密かに感じていた寂しさが報われた気がした。覚えててくれたのか……?


「あ、そうです。覚えててくれたんですね」


喜びを隠しきれず笑顔で言うと、鷹の母は嬉しそうに歓声を上げた。


「やっぱり! 忘れる訳ないじゃない! 大きくなったわねぇ。この子ったらこっちで茜くんと再会してたなんてちっとも言わないんだもの。それで? 茜くんはどの辺の高校に通ってるの?」


「え」


咄嗟に鷹に視線を向けると、鷹は居心地悪そうに目を逸らした。まさかこいつ……。


「いえ、鷹と同じ学校で……ってゆーか同じクラスで……部活も……一緒で……」


母親に何も話してないのかよ。


「何それ! そんなの初耳よ!? 鷹!!」


「いやだって、わざわざ言わなくても気付いてるもんかと……」


「言い訳するんじゃない!」


「サーセンッシタッ」


そんな親子のやりとりが可笑しくて、俺は思わずブハッと吹き出してしまっていた。


「あっ、笑ったわね!? なんなら茜くんから連絡寄越してくれてもよかったのよ〜?」


「っな、俺ですか!?」


嫌な予感がして慌てて後ずさりするが、鷹の母は俺の頬をガシッと掴んで撫で回した。顔面が様々な形に変形していくのが分かる。それを見て、鷹は腹を抱えて笑っていた。


『茜くんいらっしゃい〜!』


『おばさん毎回ぐりぐりするのやめてよー』


『あら、誰がおばさんですって?』


『ごめんなさい! ヨーコさんっ!』


『ブハハハハ! 茜の顔!』


『いや助けろよ!』


いつかの懐かしいやりとりを思い出して、なんだか心が温まっていくような気がした。


「やめてくださいって! 陽子さん!」


笑いながら言うと、陽子さんは驚くほどピタッと動きを止めた。俯いたまま動かない陽子さんを不思議に思っていると、陽子さんはゆっくりと顔を上げて微笑んだ。


「覚えててくれたのね。嬉しいわ」


そう言った陽子さんの瞳には涙が溜まっていた。

なぜ泣く!?


「あれ、なんで泣いてんの?」


陽子さんの顔を覗き込んだ鷹がデリカシーの欠片もない一言を放つと、陽子さんは「泣いてないわよ!」とムキになって立ち上がった。


「ただ、本当に大きくなって……感動しただけよ!」


素早く涙を拭ってそっぽを向いた陽子さんに、鷹がニヤリと口角を上げる。本当、こいつは……。

思わず呆れて苦笑していると、陽子さんが思い出したように手を打った。


「そうだ、鷹。紅茶入れてきてくれる? こないだ買ったのがあるでしょう」


「えぇ、なんで俺が……」


「よろしくね!」


鷹の文句を遮ってウィンクした陽子さんは、無理やり鷹を外へ出してドアを閉めた。先程まで賑やかだった空間に沈黙が流れる。頭の中で話題を考えていると、陽子さんがくるりと振り返った。


「あのね、茜くんに聞きたいことがあるの」


先程とは打って変わって別人のように真剣な声に、俺は慌てて背筋を伸ばし「はい」と応えた。


「学校で、鷹は上手くやれてる?」


陽子さんにしては珍しく、小さくて不安気な声だった。

雷校に転入してからあまり学校のことを話さない鷹をずっと心配していたのだろう。


「……大丈夫です。あいつはクラスにも馴染んでるし、部活では数え切れないくらい支えてもらってます。何よりあいつは……俺の、親友ですから」


噛み締めるように言うと、陽子さんはホッと息をついて静かに微笑んだ。


「そっか。茜くんがいてくれてよかったわ」


心底安心した声でそう言った陽子さんから、鷹を大切に想う気持ちがひしひしと伝わってくる。


「これからもあの子をよろしくね」


優しい声で言った陽子さんに、俺は大きく頷いた。

鷹が何度挫けても立ち上がって来れたのはこの優しさがあったからなのかも知れない。

……ただ、その愛情が強すぎてしまっても上手くいかない。

鷹の父親の愛情は、きっと鷹には重すぎた。


『……俺と、また、親友になってくれないか』


『俺、頑張る人を支える仕事がしたい』


夢を追うためにも、笑顔を無くさないためにも。

あいつには、本当の気持ちを言えるようになって欲しい。



……他の誰でもない、“あの人”に。

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