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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
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129. 巻き添え執事

昨日と同様に晴れ渡った空から、装飾された教室に陽光が差し込む。昨日の売り上げを見てか、いつも以上に張り切った委員長が「今日も気合い入れてこ!」とクラスメイトたちを鼓舞し、それぞれが準備に取り掛かったのだが……。


「……で、結局俺執事着せられんのか……」


慌ただしく動き回るクラスメイトたちを眺めながら、教室の端でヘアセットされているだけの俺は情けなく苦笑した。

ふと、委員長がぐいっと俺の頭を掴んで目の前の鏡に向けさせる。


「もー、動かないでって言ってるでしょ!?」


「スンマセン……」


文化祭2日目。

俺は今日も学校に着くなり執事に変身させられていた。

あとはヘアセットが終われば完成らしいのだが、先程から見慣れない自分の顔を鏡越しに見るのが気恥ずかしく、ついフラフラしてしまっていた。

おかげで委員長から既に3回程注意されている。


「それにしても高津くん、髪サラサラだね……将来ハゲるんじゃない?」


「不吉なこと言うなよ……!」


そんなこんなで準備が終わると、丁度教室に入ってきた人影を見て俺は目を疑った。


「鷹……!?」


そこには俺とよく似た執事の格好をしている鷹が立っていた。服のデザインは微妙に違うが、一目見て執事だと分かる完成度なのは変わらない。髪型はいつもどおりだが、短めの髪は恐ろしいほどに執事姿とマッチしていた。やがて俺に気が付いた鷹は、目が合った途端ズンズンと大股に距離を詰めてくる。迫力が尋常じゃない。


「ちょ」


「茜! お前のせいで俺まで巻き添いくらったじゃねぇか!」


「えっ、ごめ…………いやなんで俺のせいなんだよ!」


あまりの迫力に思わず謝ってしまいそうになったが、そもそも俺だって自分からこんな格好をしている訳じゃない。

もちろん、将来執事になる予定なんかも毛頭ない。

やがて後ろから「しょうがないでしょ!」という声が飛んできて振り返ると、委員長が腰に手を当てて立っていた。


「部活の時と同じ格好なんて目立たなくてもったいないじゃない! 黒沢くんだってイケメンなんだから!」


「そ……っんなの知らねぇよぉぉ!」


髪を掻き回しながら喚く鷹の声に、準備を終えたクラスメイトたちが笑い声をあげる。鷹の場合“将来の自分”というテーマでマネージャーの格好をするのは理に適っているのだが、そんなことは知る由もない委員長はとにかく目立つ人を増やしたいらしい。もう初めからメイドカフェにしとけばよかったんじゃないか……? と、思わなくもないがとりあえず今は黙っておく。


「いい気味だな」


唐突に辛辣な物言いの声が響き、振り返るとそこには予想どおりの人物が立っていた。俺と同じように昨日の衣装を着させられ、ピンク色の唇をいたずらに歪めたのは里宮だった。

長い髪だけが普段どおり真っ直ぐに下ろされていて、昨日より清楚な印象が強くなっている。

表情とは全く比例していないが。


「里宮さん! 髪結ぶからちょっと来て!」


再び委員長の声が響くと、里宮はあからさまに顔をしかめた。いくらなんでも分かりやすすぎる。


「めんどくさ」


「時間ないから早く!」


里宮の不機嫌にも全く動じない委員長に急かされ、里宮はこれでもかと言わんばかりに面倒くさそうにため息を吐いた。

渋々と委員長の元へ向かう里宮の背を苦笑しながら見送ると、鷹が再び大きなため息を吐いた。

正直この格好にすっかり慣れてしまっている俺からすると何てことのない衣装だと思うが、鷹的にはかなりキツいのかも知れない。


「そういえば、今日工藤も来るんだろ? よかったじゃん」


慰めになっているのかはよく分からない言葉をかけながら、工藤は鷹のレアな姿を見れるしな……と心の中で呟いていると、鷹はあからさまに大きなため息を吐いた。やがて小さく「だから嫌なんだろ」と拗ねたような声が返ってくる。


「え?」


「……絶対笑うし」


「あー……」


言われてみれば、鷹の執事姿を前に笑いを堪える工藤の姿は容易に想像できる。そんなことを考えていると、窓枠に肘をつき窓の外を見下ろしている鷹の頬が微かに赤くなっているのが見えた。思わず「ブハッ」と吹き出して笑うと、すぐさま「お前が笑うな!」と噛み付くような怒声が飛んでくる。


「ごめ、そんなつもりじゃ……ブッフォ」


「いい加減にしろよ!」


そんなこんなで騒いでいるとあっという間に時間は過ぎていき、とうとう受付開始時刻になった。優勝クラスは今日の後夜祭で発表される。もしかしたら、と期待を膨らませるクラスメイトたちと気合いを入れ直し、俺たちはそれぞれの位置に着いた。さっそく客がやってくると、俺は最早ヤケクソで執事口調の接客を続けていった。




* * *




「つっかれた……」


猛暑の中のビラ配りもキツかったが、室内の接客も負けず劣らずキツい。売り上げがいいのは良いことなのだが、朝から全く人が途切れず休憩もろくに取れていない。おかげで委員長考案の執事口調も辞めるに辞められなくなってしまった。


小さく息を吐き時計に目を向けると、いつの間にかアリスとの約束の時間が迫ってきていた。慌ててクラスメイトに断りを入れ、俺は人混みの廊下へと飛び出して行く。

アリスと話すのは、正直とても楽しい。

昨日初めて会ったばかりだというのに、そんなことは忘れてしまうほど話しやすい人で、きっと白校でも友達が沢山いるんだろうなぁと思う。


小走りに正門前へ向かうと、人混みに流されそうになっているアリスの姿が遠くに見えた。


「アリス!」


大きな声で昨日教えてもらったニックネームを呼ぶと、アリスはこちらに気が付いて人混みの中からにこやかに手を振った。俺がアリスの元へ辿り着くのと、アリスが人混みの波から抜けるのとはほぼ同時だった。


「大丈夫?」


あまりの人混みに思わず笑いながら聞くと、アリスは「死ぬかと思った!」と戯て笑った。


「てゆーか高津くん、執事!? めちゃくちゃ似合うね! かっこいい!」


「えぇ、そうか? 委員長に無理やり着せられたんだけど」


「あははっ、何それ!」


アリスと話していると、なんだかずっと前から仲がいい友達と話しているような感覚になる。人懐っこい声と笑顔に安心感があるからだろうか?


「じゃあ行こっか! 見たいとこある?」


「んー、やっぱ高津くんのクラスが見たいかな!」


「了解! あ、じゃあアンケート協力して! うちのクラス優勝狙ってんだ!」


「あははは、するする!」


そんな会話を交わしながら、俺たちは校内へと入って行った。

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