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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
129/203

128. 初めまして

沢山の人で賑わっていた学校はすっかり静かになり、無事に文化祭1日目が終了した。片付けで残っていた生徒たちも段々と姿を消していく。

軽く教室の片付けをしてから制服に着替えた俺は、執事の名残りであるかきあげ前髪を適当に直しながら鷹の待つ教室へ向かっていた。


祭りの後の静けさのような雰囲気に包まれた廊下を歩きながら、今日の出来事を思い返す。クラスは予想以上に繁盛していて、投票してくれる人も多く委員長もご機嫌だった。

もしかしたら優勝も夢じゃないんじゃ……? なんてことを考えていると、突然背中にバシッと衝撃が走った。


「いてっ」


「なーにニヤニヤしてんだよ」


いつの間に背後に回っていたのか、茶化すように言った鷹が俺のバッグを手渡しながら上機嫌に目を細めた。その様子からしてなんだかんだ鷹も楽しめたのだろう。受け取ったバッグを肩にかけて「なんでもねぇよ」と返しながら、文化祭ではしゃぐ鷹の姿を想像して思わず笑ってしまう。


「あー、明日もバリバリ働かねーとなー」


「おー……てか俺なんで明日も執事着なきゃなんねぇの?」


委員長に“高津くんは明日も執事ね! 部活着(それ)持ってこなくていいから!”と一方的に言われてからずっと口の中で転がしていた言葉を苦笑気味に言うと、鷹はあたりまえだとでも言いたげにわざとらしくきょとんとした顔をした。


「え? メイドと執事が2年A組(うち)の売りだから」


揶揄うように言ってくる鷹に「意味わかんね〜」と笑いながら、自然光に淡く照らされた階段を下りて行く。

丁度1階まで下り切った時、鷹が思い出したように「あ」と声を零した。


「そういえば顧問に言うことあったんだった……悪いけど先帰ってて」


「いや、そんくらい待ってるよ」


「まじ? じゃあ一瞬行ってくるわ!」


それだけ言うと、鷹は軽いフットワークで階段を駆け上がって行き、その背はすぐに見えなくなった。慣れない接客や客引きで疲れているはずなのに、そんなものは微塵も感じさせない素早さだ。一応「ゆっくりでいいからな〜」と声をかけておくが、恐らくもう聞こえていないだろう。


ふぅと息を吐き、人気のない下駄箱で靴を履く。とりあえず正門辺りで待っていればいいか、とぼんやり考えながら中庭を進んで行くと、突然門の影からぴょこんと飛び出してくる人影があった。


「うおあ!?」


ぼけっとしていたせいかいつも以上に驚いてオーバーなリアクションをする俺に、目の前の人影もビクッと肩を震わせた。


「びっっくりしたー。高津くん、今帰り?」


聞き覚えのある、芯の通った声。肩の上で踊るツインテール。雷校のものではない制服。

そこには、白校バスケ部マネージャーの工藤 阜が立っていた。


「あれ、なんでここに……」


言いかけた声が、思わず止まる。工藤のすぐ横にもうひとりの女子が立っていることに気が付いたからだ。

工藤と同じ白校の制服を着た女子は、軽くウェーブのかかった金色の髪を耳にかけ、「は、初めまして……!」と緊張した面持ちでお辞儀をした。

釣られて頭を下げながら、どこかで見た顔だな、と思う。

大体の場合、そのどこかが思い出せないのだが。


「あのね、突然なんだけど、これから私たちとお茶しない?」


本当に突然、にこやかに提案してくる工藤に「へ?」という間抜けな声が漏れる。予想外の展開すぎて理解が追いつかない。


「でも俺、鷹のこと待って……」


『俺、工藤に告られたんだよね』


鷹の名前を出した瞬間、あの時の会話が脳裏で弾けた。

何と言えば良いか分からずに固まっていると、ふいに工藤が吹き出して笑った。


「そんな心配しなくても大丈夫だよ! “友達”って言ったんだもん。もう大丈夫!」


俺の考えを察したのか、工藤は眩しいくらいに明るい笑顔でそう言った。想いを伝えられるだけでも充分凄いのに、もし工藤と同じ状況になったら俺はこんな風に笑っていられるだろうか? そんなことをぼんやりと考えて、改めて工藤の強さを尊敬する。

と、その時後ろから鷹の声が聞こえてきた。


「悪い茜、待たせた……って、工藤!? なんでここにいるんだよ!?」


「あははは! ちょっと高津くんに用があって! 黒沢くんも付き合ってよ〜」


「は、え、どゆこと!?」


「いーからいーから」


案の定混乱している鷹を適当に宥めながら、工藤が強引に鷹の背を押す。里宮たちといる時のように賑やかな笑い声を響かせながら、俺たちは夕焼けに染まった道を歩いて行った。

名前も知らない金髪の少女は、その間ずっと何かを隠すように足元を見つめていた。






「良かったね、桃。頑張りな!」


『……私、一目惚れしちゃったかも』


「……うん」




* * *




『……私、一目惚れしちゃったかも』


引退試合の日。高津くんの姿を見てぽつりと呟いた桃の恋路を応援するために雷校に乗り込んだ訳だけど……。


「……で、なんで席が別々なんだよ」


目の前の席に座る黒沢くんは不機嫌そうにそう言ってストローに口をつけた。


「しょうがないじゃん、空いてなかったんだから」


なんでもないことのように言ってみるが、黒沢くんはプイッとそっぽを向いてしまった。席が空いていなかったのは本当だけど、この別れ方をしたのは桃と高津くんを2人きりにするためだ。今思えば初対面でいきなり2人きりもどうかと思うけど、桃ならきっと大丈夫だろう。


そんなことを考えながら、先程運ばれてきたレモンティーを飲む。それとなく黒沢くんの顔色を窺ってみるが、黒沢くんは私の方など見向きもせずに窓の外を眺めていた。

一瞬怒っているのかと思ったけれど、黒沢くんの目が泳いでいるのを見て、私は思わず笑ってしまった。


「もう、そんな気まずそうな顔しないでよ。“友達”でしょ?」


きっと黒沢くんが考えているであろうことを、自ら口にする。黒沢くんは優しいから気を遣ってくれているのだろうけれど、そんなことで距離が空いてしまうくらいなら、私は黒沢くんと友達でいたい。

あの時のように、また沢山話をしたい。

やがて頬を緩めた黒沢くんは、「あぁ」と小さく、どこか柔らかく答えた。


「そういえば、あの工藤の友達ってあいつと知り合いなのか?」


顎で少し離れた席に座る桃と高津くんを示した黒沢くんに、思わずニヤッと口角が上がってしまう。


「ううん、今日が初対面。実はね〜、桃が高津くんに一目惚れしちゃったの!」


「え……? でも、茜は……」


「……“茜”?」


その名前を聞いた瞬間、私は思わず目を見開いていた。

時には苦しそうに、時には楽しそうにその人のことを語っていた黒沢くんの声が脳裏に蘇る。


『俺は、幼馴染で親友だったやつのことを裏切ったんだ』


『茜は俺を庇ったせいでいじめられたのに』


『“茜”は、男だよっ』


「“茜”って……もしかしてあの“茜”!?」


思わず身を乗り出して言うと、黒沢くんはくすくすと笑いながら「そうだよ」と一言肯定した。その声が、表情があまりに柔らかくて、じわじわと喜びが胸に広がっていく。

黒沢くんも、親友を取り戻せたんだ……!


「そっか……そっか……! 良かったね!」


興奮気味に言うと、黒沢くんは言葉を返す代わりに鋭い目を細めて穏やかに微笑んだ。その瞬間、心臓がドクンと大きな音を立てる。……いけない。まだ耐性がついていなかった。

“友達”なのに、そんな笑顔はズルい……!


「とっ、ところで、その、高津くんがどうかしたの? まさか彼女いるとか!?」


「いや……まぁ、なんでもないよ」


「えー? 本当?」


「本当だよ」


なんだかはぐらかされた気がしなくもなかったが、上機嫌に笑う黒沢くんを見ていると何もかもどうでもよくなってしまう。やっぱり、黒沢くんの笑顔はあの時とは違っていた。


「……良かった」


「……ん? 何か言った?」


「べっつに〜」




* * *




気まずい。

運ばれてきたアイスティーを飲みながら思考を巡らせる。

あぁもう、初対面でいきなり2人きりにするなよな!

心の中で鷹に文句を言っていると、向かいの席に座っていた女子が口を開いた。


「えっと、私……阜と同じ白校マネの有栖川 桃です。アリスって呼んでください」


「あ、俺は高津 茜です。高津でいいよ」


白校のマネと聞いて、俺は内心なるほど! と手を打っていた。それは見覚えがあるわけだ。

自己紹介が終わって再び沈黙しそうになり、俺は慌てて言葉を繋げた。


「そういえば、工藤はもう大丈夫なの?」


「え?」


「いや、鷹と……って、あ、ごめんなんでもない」


アリスが工藤と鷹の間にあったことを知らなかったら大変だ。そう思って言葉を濁していると、不思議そうな顔をしていたアリスは「あぁ!」と合点がいったように声をあげた。


「黒沢くんとのこと? それならもう大丈夫って言ってたよ! あのミステリアスな黒沢くんと仲良しだったなんて全然知らなかったよ〜。でも引退試合の時の阜は変だったな〜。顔の前で手振っても“へぇ”とか“ふぅん”しか言わないんだもん」


その時のことを思い出したのか、アリスは可笑しそうに口元に手を当てて笑った。


「あっ、ごめん。なんか私ばっかり喋っちゃって」


「いや、全然。面白いよ」


それから部活のことや学校のこと、他愛のない話をしていると、アリスが言った。


「ねぇ、明日文化祭見に行ってもいい? 今日は部活で行けなくって……。それであの、もし良かったら、一緒に回らない? えっと、案内みたいな感じで……。あ! もちろん先約あったら大丈夫だからね!?」


慌てて顔の前で手を振るアリスに、俺は思わず吹き出して笑っていた。


「大丈夫だよ。じゃあ明日の案内は任せて!」


「うん……! ありがとう!」






楽しい時間はあっという間に過ぎて行き、解散する頃にはすっかり暗くなっていた。駅の改札で白校組と別れ、ホームで電車を待っていると、鷹が「なぁ」と声をかけた。


「あの、有栖川 桃だっけ? あいつ、どうだった?」


「どうって?」


質問の意図がよく分からず聞き返すが、鷹は正面を向いたまま黙り込んでいた。不思議に思いながらも、先程まで話していたアリスのことを思い返してみる。


「いい人だったよ、普通に」


思ったことをそのまま口にすると、鷹は「それだけか?」となぜかじとっとした視線を向けてきた。本当になんなんだ。


「えー……。あ、明日文化祭見に来るって」


アリスと約束した時、工藤も来ると言っていたことを思い出して鷹にも伝えておいたのだが、それも鷹が求めていた返答ではなかったらしく、「工藤から聞いた」と素気なく顔を背けられてしまった。ついさっきまで工藤と楽しげに話していたのに、なぜだかご機嫌斜めのようだ。

不機嫌になりやすく、その理由も分かりにくい所は昔から変わっていないが、今思うと少し里宮に似ている。


「気をつけろよ」


ぼそりと呟かれた言葉が何を示しているのか検討も付かなかったが、とりあえず黙って頷いておく。

新月で陰った空が、どこか怪しく俺たちを包み込んでいた。

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