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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
127/203

126. 喋る化け猫

これでもかと言わんばかりに照りつける太陽。

もう九月も半ばだというのに燦々と晴れた空が賑わった空気に拍車をかける。校門近くでビラ配りをしていた俺はジリジリと焼かれる肌を摩って流れる汗を乱暴に拭った。

クラスで割り当てられる仕事は調理、接客、宣伝。

その中で俺は接客と宣伝を任され、今は宣伝の仕事としてビラ配りをしていた。


受け取ってくれる人がいるか不安だったが、知り合いやバスケ部員たちが通ることもあって大量にあったビラは順調に減り、残りは数枚になっていた。このままクラスにも遊びに来てくれれば良いんだけどな……。そんなことを考えていると、後ろから左肩にポンと手を置かれる感覚があった。


「お疲れ。休憩入っていいってさ」


腕を伸ばしながらそう言った鷹は「あっつ」と恨めしそうに太陽を睨みつけた。クーラーの効いた教室で接客をしていた鷹には余計暑く感じるのだろう。


「了解。鷹はどっか回りたいとこねぇの?」


さっさと校内に戻ろうとする鷹に後ろから声をかけると、鷹は勢いよく振り返って目を丸くした。


「は? お前なに言ってんの? せっかくの文化祭なんだから里宮と回れよ」


若干荒い口調になった鷹の声が暑さでぼんやりとした頭に響く。その言葉の意味を理解するのに少し時間がかかった。数秒の沈黙を経て、俺は思わず「はぁ?」と顔をしかめていた。


「無理だろ普通に……里宮、うちのクラスの目玉なんだろ?」


言いながら、手元のビラに目を落とす。

“可愛いメイドと美味しいスイーツ!”というポップなフレーズを、俺は暗記してしまうほど見させられていた。……こんなビラまで用意してたってことは、初めから里宮にメイド服着せる気満々だったんじゃないか、あの人……。

そんなことを考えながら苦笑していると、鷹が呆れたように息を吐いて言った。


「目玉っつったって里宮だって人間なんだから休憩くらいくれるだろ。勇気出せって!」


バシンと強く背中を叩かれ、俺は反射的に「痛ぇよ!」と大声を出してしまっていた。






「あ、高津くん! 黒沢くんから聞いたと思うけど休憩入ってい……」


空いた机を片付けながらスラスラと話していた委員長は、振り返った途端ぴたりと言葉を止めた。伊達メガネの奥の目が大きく見開かれる。


「高津くん!? 何その格好!」


「え?」


慌てた様子で指差してくる委員長に、俺は自分の衣装を摘んで首を傾げた。


「何って、部活着だけど」


将来やりたいことなんてまだ考えていないし、強いて言うなら新キャプテンとしてもっと強くなりたいと思ったからこの部活着を着ているのだが……。

何かまずかっただろうか。


「それじゃあ里宮さんと同じようなもんじゃない! 早く他のに着替えて!」


「え、そんなこと言われてもこれしかないし……」


どうしたもんか。と、どこから取り出したのか委員長が何やら膨らみのある袋を勢いよく投げつけてくる。

「うおっ」とのけぞりながらも反射的に受け取ると、「それ! 着替えてきて!」と委員長が言った。


「え、なん……」


「いいから!」


慌ただしく仕事を再開しながら言う委員長に、クラスの女子達が揶揄うように笑った。


「も〜、どうせ高津くんにそれ着せたいだけでしょ〜?」


「ちょっ、違うから!」


珍しく動揺している委員長に思わず吹き出しながらも、俺は仕方なく更衣室へと向かった。






「くそ恥ずいんですけど」


「しょーがないだろ」


メイド服姿の里宮に宥められながら、俺たちは宣伝パネルを持って廊下を歩いていた。周りからの視線が気になる……。

委員長から渡された衣装に着替えた俺は何故か執事に変身させられ、髪型までセットされられていた。


数分前、委員長に「2人で休憩してきて! どこでも好きなとこ行っていいから、ついでにこのパネル持って。2人なら歩いてるだけで宣伝になるわ!」と背を押され、クラスメイトに爆笑されながら教室を後にし、今この状況である。


どこに居ても感じる視線、向けられるスマホのカメラ。

恥ずかしすぎだろ! と、思っていることが顔に出ていたのか、里宮が怠そうに髪をいじりながら言った。


「ほっときゃいーんだよあんなの。せっかくなんだから、楽しも」


珍しく無邪気に目を細めた里宮に、心臓の鼓動が早くなっていく。いつになく上機嫌な里宮がやけに可愛くて、俺も釣られて笑ってしまった。

とりあえず他のクラスを見て回ろうと廊下を進んで行くと、「いらっしゃいませー!」とハイテンションな声が聞こえてきて、俺と里宮はどちらからともなく顔を見合わせた。


暗幕がかけられ教室の中は見えないようになっているが、ドアに貼られたパネルには黒い字で“2年B組”と書かれていた。つまりそこには、あの男がいる訳で。

真黒のマント、髪に紛れて跳ねる猫耳。人懐っこい笑みを浮かべて客引きをしていた長野は、やがて俺たちに気が付いてパッと目を輝かせた。


「高津! 里宮!」


まるで尻尾を振る犬のような勢いで駆け寄ってくる長野はいつにも増してハイテンションだった。イベント事に目がない長野にとって今日という日は楽しくて仕方ないのだろう。


「2人ともめっちゃ衣装似合ってるなー! 俺のクラスはホラー喫茶! 中に五十嵐もいるぞー!」


長野が嬉しそうに笑うたび、頭に付いた猫耳がピョコピョコと跳ねる。その姿はまさに玩具を前にした犬のようだ。猫耳を生やしているにも関わらず。


「で、それのどこがホラーなの?」


思わず呆れ笑いを浮かべながら言うと、長野はニッコリと微笑み両手を顔の前に持ってきてポーズを取った。


「化け猫だって。ガオ〜」


ウィンクしながら何かを引っ掻くような真似をする長野は、どこからどう見てもホラーではなかった。


「長野くん! こっち向いてー!」


「ん、なにー?」


「今のもっかいやって!」


「ん? 今のって?」


辺りの黄色い声を聞いていると、やっぱり長野は客引きに向いているな、と思う。相変わらず無自覚に人気者の長野と女子たちを眺めていると、ふいに里宮が何か考え込んでいることに気が付いた。


「どうした?」


「……もしかして、ヨミも化け猫なのかな」


突然突拍子もないことを言い出す里宮に、俺は思わず「へ?」と間抜けな声を出してしまっていた。珍しいことを言う里宮に何と突っ込んでいいか分からないまま、とりあえず「なんで?」と聞いてみる。


「昨日帰ったら“おかえり”って言われた」


至って真剣な顔でそんなことを言う里宮に、いつかテレビで見た動物特集を思い出す。動物の鳴き声がなんとなく人間の言葉に聞こえるというのは珍しいことではないらしい。

番組に出演していたほとんどの飼い主は“うちの子天才”アピールをしていたが……里宮の発言にそんな意図は全く感じられなかった。

里宮が何を考えているのか、いまいちよく分からない。


「いやぁ、喋るからって化け猫とは限らないっていうか……本当に喋ったとも限らないっていうか……」


「ブフッ」


しどろもどろに繋いでいた言葉を遮られ、一瞬思考が停止する。片手で口元を覆って顔を背ける姿を見れば一目瞭然、吹き出したのは間違いなく里宮だ。

……嫌な予感が胸に広がっていく。と同時に、だんだんと状況を理解していく。そもそも可笑しいと思ったのだ。

現実的な里宮があんなことを言い出すなんて。


「……おい」


メイド服姿の里宮は両手で顔を覆い肩を震わせている。

……明らかに笑いを堪えている。


「いや、今のは高津が悪い……猫が喋るわけないじゃん……なんでも肯定マンか……」


「里宮がめちゃくちゃ真面目な顔で言うからだろ!」


「あははははっ」


顔を覆っていた手で腹部を抱え、里宮が声をあげて笑う。

それに合わせて緩く巻かれた長い髪がふわふわと揺れた。

普段とは違い着飾った姿に、滅多に見ない爆笑がプラスされ、俺の心臓は既に限界を超えていた。


「まじで勘弁して……」


いろんな意味で。恐らく真っ赤に染まっているだろう頬を全力で隠しながら力なく言うと、「そういうとこ良いと思うよ、肯定マン」とふざけた声が返ってきて、俺はとうとう堪えきれずに吹き出して笑ってしまった。



そういうこと言うんだったら、少しくらい俺のこと意識してくれたっていいのになぁ……なんて思いは、そっと心に隠しながら。

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