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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
126/203

125. カフェといえば……?

雲ひとつない快晴の空。

部活や課題に追われる夏休みが終わると何気ない日々は慌ただしく過ぎ、あっという間に文化祭の日がやってくる。

いつもと同じ場所でいつもと同じ人達と過ごす筈なのに、その日だけは全く別の世界にやってきたような気分になる。

……当然、予測していなかったことも起こる訳で。


綺麗な金色に染まった髪を指先に絡ませ、桜色の頬を緩める少女。


この出会いが、とんでもない嵐を呼ぶことになるなんて。




* * *




ピリリリ、ピリリリ。

ぼんやりとした脳内に甲高い電子音が響く。重い瞼を持ち上げる力はまだなく、手探りで目覚まし時計のボタンを押すが電子音は止まらない。不思議に思いながら何度かボタンを押してみるが、結果は同じだった。


思わず顔をしかめて目を開くと、枕元に置いたスマホが着信音を奏でながら震えていた。

……そりゃ止まらない訳だ。

寝ぼけ眼を擦りながら通話ボタンを押すと、いつも通り軽快な声が耳に届いた。


「やっと起きたな茜。何コール待ったと思ってんだよ」


「うん……」


「まだ寝ぼけてんのか。流石に起きないと電車乗れないぞお前」


「うん……?」


何言ってるんだ鷹は……?

まだ目覚ましも鳴ってないのに……。

そんなことを考えながら時計に目を向けると、時刻は7時30分を示していた。


「は!?」


思わず大声をあげ目覚まし時計を鷲掴みにする。目を見開いて再度時刻を確認するが、デジタル時計の数字が変わることはなかった。俺の絶望を察した鷹がブハッと吹き出して愉快な笑い声をあげる。


「良い反応だな! 遅刻確定おめでとう!」


「嬉しくねぇよ!」


そうこうしているうちにデジタル表示が31分に変わる。

駅から学校までは約1時間。俺はいつも6時30分に起きている。現在7時31……32分。約1時間の寝坊。

つまり現状は、とんでもなくやばい。


止まることなく時を刻む時計を枕の上に放りなげ、俺は慌ててベッドから飛び降りた。譫言のようにやばいやばいと繰り返しながら階段を駆け降りて行く。


今日は待ちに待った文化祭。

最短ルートで支度を済ませ、俺はよく晴れた快晴の空へと飛び出した。






息を切らしながら教室へ駆け込むと、一番に鷹の笑い声が聞こえた。


「うわ、あの時間に起きて間に合うとか奇跡だろ! つまんねぇ〜」


大分理不尽なことを言ってくる鷹に文句の一言でも言ってやりたい所だが、鷹からの電話がなければ確実に遅刻していたことを考えると何も言うことが出来ない。

……いや、それ以前に息が切れすぎて話せる状態じゃない。


「茜って普段真面目な分こういう時に限ってやらかすんだよな〜。電話しても中々出ないからこれは寝坊だと思ってかけ続けてやったんだぞ〜」


「……ありがとうございます」


若干不服ではあるが、遅刻せずに済んだのは鷹のおかげだ。

軽く頭を下げると、鷹は「よろしい」と上機嫌に笑った。

息を整えて顔をあげると、毎日授業を受けている教室とは思えないほど華やかな光景が目の前に広がっていた。


色とりどりの風船や花飾りがいたる所に飾られ、掲示物の代わりにはファンシーなメニュー表が掲示されていた。つい最近まで拘った内装は申し分なしだ。夏休みの準備期間に描いたパネルも充分に存在感を発揮している。


移動させた机と椅子の上にはパステルカラーのテーブルクロスが敷かれ、いくつかのテーブル席が用意されている。まるで別世界のような教室を見回していると、談笑するクラスメイト達の服装が目を引いた。


白衣、スーツ、エプロン、看護服、シェフコート……。

中には何のコスプレなのか分からない人もいたが、それぞれが“将来の自分”の姿をして笑い合っていた。明確な夢を持って生きているクラスメイト達がなんだか眩しくて、俺は少しだけ目を細めた。


「そーいえば茜、服何持ってきた?」


「あぁ、俺は……」


言いかけたその時、視界の端にふわっと揺れる黒髪が映った気がした。慌てて教室を見回すが、いつもの小さな背中は見当たらない。不思議に思っていると、ふいに文化祭実行委員の委員長と目が合った。


「あ、高津くん! 見て見て!」


パンツスーツ姿で無邪気に手招きする委員長に、首を傾げつつ女子の塊に近づいていく。やがて数人の女子がさっと身を引き、中心にいた人物の姿が露わになった。


黒いスカートに、白いレース。ふりふりのカチューシャは随分低い位置に見える。陽光を反射する艶やかな長い黒髪。緩く巻かれた毛先を躍らせ振り返った少女。


「暑い」


不機嫌そうに顔をしかめ、吐き捨てるように言ったのはメイド服姿の里宮だった。


「はぁ!?」


目の前の光景に驚きすぎて、思わず信じられない物を見たような反応をしてしまう。いや、実際俺は信じられない物を見ている。今朝寝坊が発覚した時より大きな声を出してしまうのも無理もない。


バスケ馬鹿で、女嫌いで、常に気だるげ。

そんな里宮が、メイド服を着ているなんて!


「お……お前……」


驚きすぎて震える指先でメイド服を指すと、里宮は不思議そうにこてんと小首を傾げた。


「メイドになるのか!?」


「ちげぇよ。やめろ」


食い気味に否定した里宮は、これでもかと言わんばかりに顔をしかめた。その目元がキラキラと光り、メイクをしていることが分かる。


「将来の夢とか特にないし、制服で行ったら無理やり着替えさせられたんだよ」


とてもメイドとは思えない口調でそう言った里宮は、いつもより艶のある桜色の唇から大きなため息を吐いた。本人は迷惑極まりないと思っていそうだが、俺は内心委員長に感謝していた。普段から可愛い里宮が可愛い格好をして可愛くない訳がない。


我ながらアホらしいことを考えながら暴れる心臓を押さえる。いつにも増して可愛い里宮の姿を直視出来ずに目を逸らすが、鼓動は早まるばかりだった。


「いやぁ、カフェなんだからメイドがいた方がいいよねって思って!」


舌を出して悪戯っぽく笑う委員長に、里宮は面倒臭そうに「知るかよ」と吐き捨てていた。辛辣。


「ったく、これだから女は……」


ブツブツと文句を言う里宮のことなどお構いなしに、委員長は他の女子たちとはしゃぎ回っていた。

そんな様子を見て、何故だかほっとした気持ちになる。

目の前にいる里宮は、女を恐れ、毛嫌いしていた頃とは少し違うように見えた。まだ完全に心を許している訳ではなさそうだが、工藤のお陰で以前よりは傷が浅くなったのかも知れない。


「うわっ! もう時間ないじゃん! 2人とも早く着替えてきて!」


委員長が慌てた声で言うと、教室の空気がざわっと揺れた。待ち切れないと言わんばかりにはしゃいでいる人、不安そうな顔をしながらも深呼吸して気合いを入れている人、無理やりメイド服を着せられて不機嫌になっている人……。

それぞれが美しく飾られた教室で文化祭の開始を待っている。


「茜! 早く着替えに行くぞ!」


いつの間にかドア付近まで移動していた鷹が、廊下に一歩踏み出しながら声をかける。


「すぐ行く!」


着替えの入ったバッグを肩にかけ直し、俺は大きく息を吸い込んだ。



さぁ、文化祭の始まりだ!

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