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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
125/203

124. 青い夢

やばい……これはまじでやばい……。


三泊四日の強化合宿から帰宅し数時間。風呂上がりで濡れた髪を拭きながら、俺は思わず片手で目元を覆った。大きなため息を吐き、覚悟を決めてもう一度顔を上げる。

視線の先には、机の上に山積みになった課題が……。


完全に忘れていた。チラッと横目でカレンダーを見ると、黒いペンで付けたバツ印が8月下旬まで迫っていた。無意識に漏れ出すため息と共に、「まじかよ……」と絶望の声が零れる。


合宿前に川谷の家で課題を進めたというのに、残った課題には一切手を付けていなかった。夏休みと言っても部活は毎日のようにあるし、何かと忙しくて……。

誰に言うでもなく心の中で言い訳をしていると、机の上に置かれたスマホが聞き慣れた着信音を奏で出した。


タオルを肩にかけスマホを覗き込むと、そこには一文字“鷹”とあった。通話ボタンを押しスマホを耳元に近付けると、「茜宿題終わった?」と唐突に陽気な声が飛んできた。たった今絶望していたことを話題に出され、思わず言葉に詰まる。


「うわ、めっちゃ動揺してんじゃん。お前絶対終わってないだろ」


「うるせぇ!」


見透かされた上に爆笑され、最早言い返す言葉もない。


「まぁ俺も終わってないんだけどー。明日持って行って内職しようかな」


悪戯な声でそう言った鷹に、しばらく思考が停止する。

“明日”……?


「明日って部活あったっけ?」


「…………はぁ?」


「確か合宿後の休みじゃ……」


「お前、本当になんも話聞いてねぇよな」


呆れたような鷹の口調に、慌てて思考を巡らせる。

必死に記憶を辿るが、俺が予定を思い出すより先に鷹が口を開いた。


「明日はクラスの集まりだろ。文化祭の準備!」


それを聞いて数秒、漸くぼんやりと予定を思い出す。


「……鷹」


「ん?」


「俺最近物忘れ激しくなったかも」


言うと、耳元でブフッと吹き出す声と共に「ドンマイ」と上機嫌なからかい声が聞こえた。




* * *




最悪だ……。

雲ひとつなく晴れた空も、今日ばかりは睨みつけてやりたい気分だ。なんで今日に限ってこんな馬鹿みたいに晴れるんだよ……。


額から滑り落ちる汗を拭い、陽の光に焼かれながら大きなため息を吐く。どこからともなく響く蝉の鳴き声が脳内を支配し、気力も体力も奪われるようだった。


「あれ、高津じゃん」


喧騒の間を縫って聞こえた声にハッとして顔を上げると、すぐそこに夏服姿の里宮が立っていた。


「おー。珍しいな、こんな早く来るなんて」


軽く片手を上げて言うと、里宮は小さく頷いて「ヨミに起こされた」と口を尖らせた。ヨミと出会ってからまだ1ヶ月程しか経っていないが、何故だかその名前は懐かしく聞こえた。小さくて可愛らしい子猫の姿を思い返し、無意識に頬が緩んでしまう。


「元気か? ヨミ」


「うん」


短く答えた里宮は、何やらスマホを操作した後「はい」とスマホの画面を突きつけてきた。

もちろん里宮の身長では俺の顔まで届かず、小さな手からスマホを受け取り画面を覗き込む。そこには里宮の勉強机の上に背筋をピンと伸ばして座っている黒猫のヨミが映っていた。


その姿は子猫とは呼べないほど大人びていて、目元もキリッと釣り上がったように見えた。


「すげー。ちょっと見ないとこんなデカくなるんだな」


「今度見に来てよ。ヨミも喜ぶと思うからさ」


穏やかな表情でそう言った里宮に、心臓が大きく跳ねる。


「……あぁ」


答えながら、思わず喜びを噛み締めてしまう。

……俺、また里宮の家に行ってもいいんだな。


些細な会話の中から、どうしても繋がりを探してしまう。

里宮にとってはなんでもないことだったとしても、俺にとっては堪らなく嬉しい。まだ里宮の隣に居てもいいんだと、許されたような気分になる。

そして決まって、夢を見てしまう。


これからもきっと、里宮との繋がりは消えない。

……俺は、ずっとそう信じていた。






ふと窓の外に目を向けると、数時間前より更に日差しが強くなっているような気がした。いかにも暑そうな景色に軽く顔をしかめてしまう。文化祭準備の作業を始めてからあっという間に約2時間が経過していた。

流石に集中力も切れてきて、腕を伸ばし深く息を吐く。


「文化祭でカフェって、結構ありがちじゃね?」


持っていた刷毛を新聞紙の上に置きながら話しかけると、隣でペタペタと青いペンキを塗っていた里宮も手を止めて頷いた。


「まー、ありがちっちゃありがちだけど。フツーのカフェってわけでもなさそーじゃん?」


俺たちが今まさに描いていた絵の完成図を顎で指した里宮に、確かにな、と頷く。

完成図には青い空の下でやけに格好良く佇んでいるスーツ姿の男女や白衣を着た男など、社会人の姿が描かれていた。

保育士やプロスポーツ選手、警察やパティシエなど職種は様々だ。


そう、俺たちのクラスの出し物はただのカフェではなくコスプレカフェだった。それも漫画やアニメのキャラといったコスプレではなく、テーマは“将来の自分”。

要は将来なりたいもののコスプレをするというものだった。


今までにない発想だということと進路について考えるきっかけになるということで教師からの期待も大きいそうだ。

まぁ、クラスメイトたちもそれを狙ってこのテーマにしたのだろうが。


雷校の文化祭では、毎年全クラスの出し物に順位が付けられる。外部から来た人や教師、生徒にアンケートを取り、一番票を稼いだクラスが優勝となる。

学年で一位になると菓子詰め合わせ、全校で一位になると打上げ用に焼き肉食べ放題がプレゼントされる。

もちろん、皆が狙っているのは全校優勝だ。


「高津、何着るか決めた?」


里宮が長い黒髪を耳にかけながら尋ねる。


「んー、まだ何も。将来の夢なんて特にないしなぁ……。里宮は?」


「私は……」


開きかけた口を閉じ、里宮はダンボールの横に置かれた完成図に目を向けた。青空の下で、それぞれの未来を掴み取った社会人たちが不敵に笑っている。

努力の末手に入れた夢。悩みの末導き出した努力すべき道。

そのスタート地点にすら、俺たちはまだ立っていない。


やがて里宮は何かから逃げるように目を伏せた。

手元にある鮮やかな青を映した瞳が、羨望の色を滲ませる。


「分かんない……」



消え入りそうなほど小さな声が、夏空に響く蝉の合唱に掻き消されていった。

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