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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第4章
124/203

123. エースとキャプテン

夢を見た。霧のようなものが立ち込める中、人々は歩を休めることなく進んで行く。雑踏の中で、俺は1人座り込んでいた。もう駄目かも知れない。そう思ってしまった。

夢の中の自分に何が起こったのかは分からないが、俺は確かに絶望していた。

空、人影、建物全てが灰色に染まっている。


「高津」


ゆっくりと顔をあげる。相変わらずの人混みの中、小さな人影が俺の前にあった。


「行こう」


か細くも力強い声。俺はその声の主を知っている気がした。

彼女にだけ色が着いている。誰もが足早に行き交う中で、彼女だけが迷うことなく俺に手を差し伸べていた。

その顔はどうしても見ることが出来ない。

太陽なんてないような世界なのに、逆光のように影が落ちて彼女の表情を隠す。


顔も知らない誰かに、俺はゆるゆると手を伸ばす。

根拠のない確信が胸を満たしていた。彼女なら大丈夫だと。

もう一度信じてみても良いんだと。

その手が触れる刹那、微かに見えた口元が不敵に口角を上げた。


「立ち上がれ」






「……つ、高津!」


大声で名前を呼ばれ、夢の中を漂っていた意識が現実に引き戻される。ズキズキと痛みが走る首元を摩りながら目を開くと、そこにはしかめっ面の里宮が立っていた。


「あれ?」


状況が理解できずにいると、里宮は呆れたように息を吐いて腰に手を当てた。


「もう皆降りた。どんだけ熟睡してんだし」


里宮の言うとおり、バスの中は閑散としていて他の部員たちの姿はなかった。空になった座席たちが寂しさを押し込めて整列しているように見える。

どうやら帰りのバスで居眠りをしてしまったらしい。


「おぉ……悪い」


目元を擦りながら立ち上がると、里宮はニヤリと揶揄うような笑みを浮かべて「いつもと逆だな」と上機嫌に言った。

くそぅ……。寝起き早々可愛らしい笑顔を向けられ、なんだか悔しい気持ちになる。里宮は自分の笑顔の威力を知らないのだ。


案の定赤くなった頬を隠しながらバスを降り、雷校の校庭で軽く挨拶をして解散となった後、俺たちはいつものように並んで駅までの道を歩いた。


「あ〜あ、なんだかんだあっという間だったなぁ〜」


頭の後ろで手を組み、つまらなそうな声を漏らしたのは長野だった。苦笑しながら「またすぐ練習あるだろ」と言うと長野は不満げに「合宿がいいの!」と頬を膨らませた。

普段の練習以上にキツい3日間だった筈だが、長野には辛さより楽しさの方が勝っていたらしい。


「ねぇ荷物重いんだけどー」


腰を曲げた五十嵐が横から怠そうな声をあげると、「たぶん修学旅行よりはましだろ」と川谷が呆れたように笑った。

五十嵐が「おえー」と苦々しい顔をするのを皆で笑い飛ばし、茜色に染まり始める道を歩く。

普段どおりの取り留めのない日常。

そんな景色も、俺にはどこか非日常的なものに思えていた。


これからの雷校バスケ部は、俺が支えていく。引っ張っていく。そう考えるとまだ実感は湧かないが、坂上先輩からかけられた言葉や肩に置かれた責任の重さを忘れることはない。

これからどうなるかなんて分からないけれど、一歩ずつまっすぐに進んでいこう。先輩たちから受け継いだことを俺たちも繋いでいけるように。


遠くで沈みかけている夕日を眺めながらそんなことを考え、バッグを掛け直して坂を登る。くだらないことで笑い合う皆の笑顔が眩しくて俺は思わず目を細めた。

きっと俺たちは、“皆”で少しずつ変わっていく。




* * *




夏の駅は最悪だ。

地下はムンムンと暑く、車内はクーラーがかけられているが人の多さで全て掻き消されてしまう。ようやく人混みから抜け出して大きなため息を吐いていると、隣に里宮の姿がないことに気が付いた。

慌てて辺りを見回すと、同じドアから出てきたはずの里宮が人の波に流されているのが見えた。


慌てて細い手首を掴んで連れ戻したが、里宮はすっかり不機嫌になってしまっていた。


「暑い」


拗ねたように言って顔をしかめる里宮に、俺は同意も込めて苦笑する。


「なんでこんな混んでんだろ。こっちはくそ重たい荷物があるってのに」


頬を膨らませた里宮は、両手で抱えるようにしてバッグを持っていた。里宮の小さな体が隠れ、バッグの大きさが強調される。


「……持とうか?」


バッグを左肩に掛け直し、空いた右手を差し出すと里宮はバッグを持つ手に力を込め、ふるふると首を横に振った。

やっぱりな。予想どおりの反応に思わず笑いながら手を引っ込める。里宮はやっぱり、そういうやつなのだ。

小さいくせして頼もしい。


「そういえば、おめでとう」


突然思い出したようにそう言われ、「へ?」と間抜けな声が漏れる。数秒悩んだが、すぐにそれが新キャプテンのことを指しているのだと分かった。


「あぁ、ありがと……なんか、実感湧かないよな。俺が部長なんて」


「……知ってた」


「え?」


呟くような声に首を傾げると、里宮は顔をあげて僅かに目を細めた。


「高津が新キャプテンだって、先輩たちから知らされてた」


「え……っ」


じゃあなんで、キャプテンは里宮じゃないんだよ。

思わず言いそうになった言葉を慌てて飲み込む。他の部員より、俺より先に里宮は新キャプテンの存在を知っていた。

3年生しか知らないようなことを、先輩たちは里宮に教えた。その理由は考えなくても分かる。

里宮が、里宮 睡蓮という名の選手が、どうしたって期待を受ける存在だからだ。


「高津は……私が持ってないものを持ってる。どれだけ強くたって、人をまとめる力とか、思いやる優しさが必要なんだよ。だから、新キャプテンは高津にふさわしいと思う。……それに」


一度言葉を切った里宮は、悪戯っぽく微笑んで言った。


「私のポジションは、エースだから」


自信満々の笑み。強気な態度。俺にとって里宮は恋愛感情を抜きにしてもずっと憧れの存在だった。その強さに俺は何度も救われたし、里宮のようになりたくてここまで走ってきた。そんな里宮に認めてもらえたことが堪らなく嬉しくて、俺は歯を見せて笑った。


「頼りにしてるよ、エース」


里宮はニヤッと不敵な笑みを浮かべて「任せろ」と小さな拳を作ってみせた。その下手くそなウィンクが可愛くて、俺は更に笑ってしまった。

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