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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第3章
123/203

122. 強くなるために

「そういえば高津、さっきどっか行ってなかった?」


部屋着姿の長野が合宿最後の夕食であるハンバーグを頬いっぱいに詰めながら言う。かろうじて聞き取れたが、思ったことを思った瞬間口にしてしまう癖というのも大変なんだな、と思う。長野的にはどう考えたって喋り辛そうなタイミングだ。


「ちょっと篠原の様子見に行ってたんだよ」


リスのように膨らんだ頬を見て苦笑しながら答えると、隣に座っていた里宮が「なんだ」とつまらなそうな声をあげる。


「隠れて泣きに行ったのかと思った」


「だから泣いてねぇよ!」


すぐさま反論すると、呆れ笑いを浮かべた川谷が「ほどほどにしとけよ〜」と里宮に軽い注意を飛ばす。それを受けた里宮が口を尖らせたのは言うまでもない。


「だって高津涙腺弱いし……」


いじけた子どものように呟く里宮に、「感動で泣ける高津は心が綺麗ってことだよ」と川谷が真顔で言う。……それは果たしてフォローになっているんだろうか? 川谷の天然なフォローを受け微妙な気持ちになりながらもとりあえず黙っておく。


「結局篠原は大丈夫だったのか?」


反対隣に座っていた五十嵐に尋ねられ、篠原の人懐っこい笑みを思い出しながら頷く。


「あぁ、もう大分回復してたよ。……そういえば同室のやつらに注意しとかないとな。今日は枕投げしないように……おわ!?」


後輩たちへの注意を真剣に考えていたその時、突然視界に入り込んできた影に思わずのけぞる。

……大きな丸い皿の面積をたっぷり使って陣取る巨大ハンバーグ。が、何故か目の前に出現していた。皿を持つ手を辿るように振り返ると、エプロンを付けたままの鷹が至って真面目な顔で立っていた。


「食う? ハンバーグ」


表情を変えないままそう言ってくる鷹に、手元のどデカいハンバーグのギャップがシュールすぎて笑えてくる。どこから突っ込むべきか分からずにいると、対面の席からブハッと吹き出して笑う声が聞こえた。


「何やってんだよ黒沢! 流石にデカ過ぎだろ! そんなサイズ見たことねぇ!」


興奮のあまり立ち上がった長野がクソデカハンバーグを指差して爆笑しながら言うと、あろうことか鷹は目を輝かせた。


「だろ! 俺もこんなでっかいの初めて作った!」


曇りなくキラキラとした目で興奮気味に言う鷹に、思わず拍子抜けする。いや自慢したかったのかよ。

なんとなくサイズについては触れてはいけないのかと思っていたが、どうやら誤解だったらしい。

考えてみればこのサイズのハンバーグを真剣に作る確率とウケ狙いで作る確率のどちらが高いかなんて簡単な話だった。

鷹の性格に限っては明らかに後者である。


「あーあ、結構頑張って作ったのに無反応かよ〜」


呆れたようにそう言ってくる鷹の目は悪戯に細められていて、明らかに俺を揶揄って楽しんでいるようだった。鷹らしいと言えば鷹らしい。もしかしたら俺がどんな反応をするかまで見透かされていたのかも知れない。


「急に目の前にクソデカハンバーグ出てきたら誰だってビビるだろ!」


「あ〜そっか、茜ビビりだもんな〜。怖がらせてごめんな〜」


「馬鹿にすんな!」


最早何を言っても俺の負けだった。

鷹はケタケタと笑っているし、一部始終を見ていた長野や近くの席に座っていた後輩たちにまで笑われる始末だ。

満足そうに目を細める鷹に、敵わないと知りながらもじとっとした視線を送る。案の定鷹はそんな俺の反応すら楽しむようにより一層口角をあげた。楽しそうでなにより。


「おーい高津! イチャついてるとこ悪いけどちょっとこっち来いよー!」


笑いの嵐の中、離れた席から坂上先輩の声が届き、「イチャついてませんから!」と大声で返しながら言われた通り先輩の元へ行く。今日は本当に揶揄われまくりだ。


「どうしたんですか?」


軽くげんなりした気持ちのまま尋ねると、先輩は突然真面目な顔になって言った。


「高津。お前、バスケ好きか?」


「へ?」


先程とは別人のような雰囲気に、ピリッとした緊張の空気を感じる。真剣な瞳が示すのは再確認と微かな期待。

……普段やられっぱなしの人間は、こういう時にちょっとした悪戯を思い付いたりする。


「……別に好きじゃないです」


目を逸らしがちに言うと、先輩の表情が凍りついたように固まるのが分かった。いつも頼れる存在だった先輩のそんな顔を見るのは初めてで、思わずふっと吹き出してしまう。


「……嘘に決まってるじゃないですか」


言いながら、今まで経験してきた数々の出来事を思い出す。

先輩の質問の意図を考える間もなく、思い出たちは一瞬で俺の脳を支配する。


『雷門、いけぇぇぇぇ!!』


『迷うな! 突っ切れ!』


『全員で勝ちに行くぞ!』


負けた悔しさも勝った喜びも、今まで積み上げてきたもの全てが俺の背中を押してくれる。

いつだって、支え合える仲間がいる。


「バスケもこの部活も、大好きです!」


目の前で固まっている先輩に向けて、俺は歯を見せて笑った。あの頃の俺は想像もしていなかった。こんな言葉を自信満々に言える日が来るなんて。高校生活に期待なんて全く持てていなかったのに、この場所で出会った皆が、俺の人生を易々と輝かしいものに変えてしまったのだ。


坂上先輩は見開いていた目を緩め、呆れたように笑った。

そしてそのまま、俺の肩にポンと手を置く。食堂へ向かう途中にしたのと同じように。


「お前のバスケ、これからもっと楽しくなるぞ」


呟くようにそう言った先輩の意味深な笑顔の理由が、その時の俺にはよく分かっていなかった。


「おーい! みんな注目ー!」


突然大声で食堂中に呼びかけた先輩に、俺は思わず飛び上がった。


「えっ、なっ、どしたんすか!?」


混乱しまくっている俺を他所に、先輩は悪戯に微笑んで囁いた。


「言ったろ、“頼んだ”って」


「へ……?」


間の抜けた声を漏らし首を傾げた直後、坂上先輩が俺の腕を掴んで強引に高く振り上げた。

驚きの声を上げる間もなく、先輩が堂々と宣言する。


「これから皆を引っ張る新キャプテンは、こいつです!」


先輩のハイテンションな声が、その場の時間を止める。

長野はハンバーグを口に入れる直前の状態で固まっているし、五十嵐は飲んでいた水を噴き出しそうになっているし、川谷はありえないくらい目をまん丸くしてこちらを凝視している。そんな中、里宮だけが真剣な瞳で俺をじっと見つめていた。


ハッと我に帰り、自分も目を見開いて口をぽかんと開けていたことに気付く。


「「えええええええ!?」」


その場にいた全員が目を丸くして声を上げると、坂上先輩が「反応遅っ!」と無邪気に笑った。突然の重大発表に驚きを隠せない部員たちを3年生だけは笑って見守っていた。

どうやら3年生には事前に知らされていたらしい。

半信半疑のまま呆然としていると、突然背中に衝撃が走った。


「高津! お前すげーじゃん!」


いつの間に近くまで来ていたのか、満面の笑みで肩に手を回してきたのは長野だった。未だ実感が湧いていない俺とは違い、長野は自分のことのようにはしゃいでいる。嬉しいことなのだが、混乱が大き過ぎて感情が付いていかない。


気付くと周りは人だかりになっていた。俺の混乱なんてお構いなしに、後輩も同級生もどっと押し寄せてくる。

興奮気味の部員たちに揉みくちゃにされる中、一歩引いた所に立っていた里宮と視線が絡み合う。

気だるそうな目を細め、ほんの少し口角を上げて微笑んだ里宮を見て、聞き慣れた声が記憶の中から再生される。


『私、部長じゃない』


思わず目を見開いた。遠い昔のように感じるあの頃の何気ない会話が蘇る。


『お前以外、誰がやるんだよ』


『他にも部員はたくさんいるだろ』


『部長になれるような強い人ってこと。だから、里宮しかいないだろ』


……そうだ。俺が部長になんて、なれるはずがないと思っていた。部長になるのは里宮で、俺はいつまでも里宮に憧れながらバスケをするんだと思っていた。里宮の背を追いかけることが当たり前だと思っていた。

だって俺は、弱くて、泣き虫で、勇気なんてなくて。


……でも。


『立ち上がれ』


里宮の一言が、ずっと胸の奥にあった。

あぁ、俺はいつから忘れていたのだろう。バスケをするたび、里宮を見るたび、脳裏を掠めたあの言葉を。


部長になんてなれないと、強くなんてなれないと、諦めた振りをして笑った俺に、里宮は真顔のままこう言った。


『なんで?』


そう、あの頃の俺は、まさかそんなことを言われるとは思っていなかったのだ。里宮の嘘のない瞳を見た瞬間、自分が恥ずかしくなった。努力もせずに、挑戦する前から諦めて、諦めた振りをして。そして里宮がキャプテンになっていたら、きっと俺は笑った。分かり切っていた振りをして、「ほらな」と、当たり前のように笑った。


俺は将来嗤われないために、傷付かないために保険を作っていたのだ。そんな奴が上手くなれる訳がないのに。


目の前に、今と然程変わらないあの頃の里宮が現れた気がした。そして、言うのだ。俺の、皆の心を奮い立たせるその一言を。俺が里宮に憧れた理由でもある、その強さを。


『やってみなきゃ、分かんない』


「……っ」


気付くと、視界はぼんやりと滲んでいた。

やばい、と思った時にはもう遅い。止める間もなく、両目から涙がボロボロと零れ落ちた。


「おい茜〜、何泣いてんだよ〜」


呆れたようにそう言った鷹がわしゃわしゃと俺の髪をかき混ぜ、涙を拭うようにハンカチを押し付けてくる。


「っな、泣いてねーよ!」


止めどなく溢れる涙を拭いながら言い返した言葉に説得力は皆無だが、そんなことは今更だった。情けなく涙を流し続ける俺を、部員たちは笑いながら励ましてくれた。


笑顔の絶えない仲間たち。“着いて行く”と言ってくれる後輩。俺に部長を任せてくれた先輩。きっとこれからも沢山支えられることになるだろう。俺ひとりで出来ることなんてそう多くはない。


……それでも、全力で戦いたい。強くなろうとすることすら恐れていたあの頃とはもう違う。あの頃を飛び越えて、俺はこれからも強くなるために歩んでいく。



……雷校の新しいキャプテンとして。

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