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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第3章
121/203

120. 強さの糧

照りつけていた太陽は落ち、体育館の照明が外の暗さを強調する。

強化合宿最後の練習を終えた俺たちは、三日間使った体育館を隅々まで掃除していた。それぞれがコートにモップをかけたりボールを磨いたりしている。そして掃除が終われば、とうとう恐れていた時間がやってきてしまう。


ボールを磨く手を止め深いため息を吐いたその瞬間、バチンッと痺れるような衝撃が背に走った。


「いってぇ!」


思わず声を上げて振り返ると、そこに立っていたのは右手を振り切った形のまま止まっている里宮だった。その姿からは隠すそぶりもない見事な振りかぶりが連想される。

そりゃ痛いわ。


「何すんだよ!」


背中を摩りながら喚くと、里宮は表情を変えないまま一言「気合」と言い放った。それを聞いてハッとする。里宮は多分、俺が緊張していることに気付いて気を遣ってくれたのだ。……そう信じたい。


「悪い。あり、がとう」


先程の一撃があまりに痛かったのでお礼を言うべきか迷ったが、なんとかそう口にする。里宮は小さく頷くと、揶揄うように目を細めた。


「泣くなよ」


「泣かねぇよ!」


そんなやりとりをしていると、聞き慣れた坂上先輩の声が体育館中に響いた。俺と里宮はどちらからともなく目を見合わせ、先輩の元へ小走りに向かって行った。

すぐに部員全員が集まりその場に腰を下ろす。全員が落ち着いた様子を見計らって、坂上先輩が口を開いた。


「これから、俺が司会をする最後のミーティングを始めます!」


坂上先輩が高らかに宣言し、とうとう先輩のいる最後のミーティングが始まる。誰からともなく起こった拍手を受け、先輩は照れ臭そうに笑った。そんな姿を見るのも今日で最後だと思うと、殊の外名残惜しい。


「じゃあまずはコーチから一言!」


坂上先輩がひらりと身を避け、指名されたこーちゃんが照れながらも前に立つ。いつも通りポロシャツ姿のこーちゃんはひとつ咳払いをして顔を上げた。


「3年生の皆、今まで本当にお疲れ様。キツい練習にも耐えて、後輩が出来てからはすっかり皆のお手本になって、すごく成長したなぁと思います。それは一人一人の努力の結果だと思うけど、君たちが今日まで頑張ってこれたのは、このチームがあったからだってことを忘れないで欲しい」


こーちゃんの真剣な眼差しに思わず息を呑む。試合前、坂上先輩がよく言っていた言葉を思い出した。


『よし! 全員で勝ちに行くぞ!』


「シュートの打ち方やパスの受け取り方を忘れても、バスケを通して得た友情だけは忘れないで。仲間がいたからここまで来れたってことを忘れないで。君たちはどこへ行っても上手くやれるよ。今までこのチームを引っ張ってくれてありがとう!」


涙を堪えてなんとか笑顔を浮かべるこーちゃんに、大きな拍手が送られる。どれだけ強くても、1人では絶対に戦えない。こーちゃんはよくそう言っていた。それはチーム戦であるバスケでも、それ以外でも同じことだと。

だからどんな時も、仲間の大切さを忘れてはいけないと。


「こーちゃん、今までありがとう!」


拍手の中、三神先輩が両手をメガホンの形にして言うと、他の先輩たちも口々にこーちゃんに声をかけた。


「3年間ありがとう!」


「こーちゃんありがとー! 大好き!」


「チームのこと忘れません! ありがとう!」


沢山の感謝の言葉と拍手に包まれたこーちゃんは、とうとう涙を流して笑った。


「もう! これ以上泣かせんなぁ!」


こーちゃんがボロボロと涙を流しながら言うのを聞いて、俺たちは思わず笑ってしまった。厳しい時もあるけれど、明るく楽しくバスケを教えてくれるこーちゃんは部員たちの心の支えであり、憧れの存在だった。きっと先輩たちも多くの場面でこーちゃんに救われたのだろう。


「じゃ、3年生から一言お願いします!」


やっとのことで涙を止めたこーちゃんが言うと、すかさず坂上先輩が「じゃあ三神から!」と笑顔で指名する。

三神先輩は「俺かよ!」と笑いながらも立ち上がって部員たちの方へ振り返った。


「え〜っと、バスケ始めたばっかの頃は適当に楽しめればいいや〜って思ってたんすけど、雷校来てからは自分でもびっくりするくらい本気になってました。めちゃくちゃ強い先輩とか、同い年なのにレベルが違いすぎるやつとか、そういうのに感動して俺も同じコートでバスケしたいって思えたんで、チームの皆には感謝してます。えー、今まで色々ふざけたこととかしてきましたが。まぁ、楽しかったです! 岡田っち、こーちゃん、今まで迷惑かけてすんません」


三神先輩が戯けたように言うと、岡田っちは“ほんとだよ”とでも言いたげに口を尖らせ、こーちゃんは呆れたように笑って肩を上下させた。


「そして後輩たち! 適度にふざけて、適度に真面目にな! 俺みたいな3年になるなよ〜」


面白おかしく言う先輩に、その場にいた全員が声をあげて笑う。三神先輩はいつもこうして皆を笑顔にしてくれていた。その眩しい笑顔に何度励まされたか分からない。


「皆と一緒にバスケできて、楽しかったです。ありがとう」


噛み締めるようにそう言った先輩は、ゆっくりと頭を下げた。そのまま時間が止まってしまったかのように、先輩は顔をあげない。前髪に隠れて顔は見えないが、微かに鼻をすする音が聞こえる。


「……今まで、本当にありがとうございました!」


涙を拭い、もう一度深く頭を下げた先輩に暖かい拍手が送られる。皆と同じように拍手をしながら、俺は唇を噛んで泣きそうになるのを堪えていた。今まで沢山お世話になった先輩に、お礼を言うのはこちらの方だ。

それから3年生一人一人の話を聞き、最後に残ったのはキャプテンである坂上先輩だった。


「えー、俺はこの1年間、キャプテンとして頑張ってきたつもりです。皆にとって、俺は良いキャプテンだったでしょうか。皆が追いかけたいと思えるキャプテンになれたでしょうか。正直自信はないけど、少しでも手本になれるようなキャプテンだったなら幸です。俺も、皆と同じように3年間すごく充実してました。一緒に戦えて、笑い合えて、本当に楽しかったです。皆のおかげで、もっと強くなりたいと思えました。……だから」


そこで一度言葉を切った先輩に、俺は鼓動が早まって行くのを感じた。思えばずっと、先輩の口からその言葉が聞けることを期待していた。先輩が拳を握り締める瞬間がスローモーションのように捉えられる。


「俺は、大学でもバスケを続けたいと思います!」


その一言がやけに大きく響き、思わず目を輝かせる。

俺はずっとこの言葉を待っていたのかも知れない。例えどこへ旅立とうと、俺たちはバスケを通じて繋がっている。そう信じたかった。先輩たちの戦う姿がここで失われてしまうなんて、あまりにも惜しい。


「もう俺たちの、ここでの役目は終わりました。これからはお前らが雷校を強くするんだ。……分かったか!」


坂上先輩の呼びかけに、俺たちは声を揃えて「はい!」と返事をした。大きな拍手を浴びる先輩の笑顔がゆっくりと滲んでいく。


『お前らは、雷校の希望だよ』


いつか先輩が与えてくれた言葉が再生され、胸が熱くなる。

これから先、先輩の背を追いかけることは出来ない。

俺たちだけで全てを乗り越えて行かなければならない。

今はまだ実感が湧かないけれど、いつか先輩のようになるために、俺たちは進まなくちゃならない。

強く拳を握り締め、先輩たちの笑顔に誓う。



俺は、俺たちは必ず強くなる。

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