12. 穏やかコーチ
とうとう関東大会当日。
俺たちは気合を入れてバスに乗った。
……俺は出ないけど。
そんなことを思って少し沈んでいると、俺の隣で爆睡していた里宮の頭が俺の肩にトン、と倒れかかってきた。
こんな大事な日に、よく寝れるよな……。
呆れたような苦笑いを浮かべつつ、里宮らしい、とも思った。
「お前ら、もーすぐ着くから寝てる奴起こせー」
岡田っちが小指を耳に突っ込みながら言う。
そんなテキトーな顧問に呆れながらも、俺は里宮の肩を軽く叩いた。
「里宮、もう着くって。おーい、里宮ー」
声をかけても揺すっても、里宮はぜんぜん起きない。
「……」
俺は数秒迷ったあとふざけ半分に里宮の頭をチョップした。
「んー」
里宮は小さくうなるだけで、目を開けることはなかった。俺は大きなため息を吐き、前の席に座っている岡田っちをつついた。
「岡田っちー。里宮が起きないんだけどー」
「まじかこいつ、これから試合だってのに。里宮ー!」
『蓮! 手、繋ごうか』
『かっこいいね、バスケ』
『蓮ーー……』
「!」
「お、やっと起きたか。ったく、寝てんじゃねーぞー」
岡田っちはわざとらしく大きなため息を吐いた。
里宮はまだぼぅっとしているのか、無言で窓の外を見つめていた。
その横顔が、どこか寂しそうに見えた。
何か悪い夢を見たのか、ただ寝ぼけているだけなのか、俺には分からなかった。
* * *
会場に着くと、俺たちは早速ベンチの準備をしに行った。
雷校にはマネージャーがいないので、岡田っちと俺たち1年生で準備をすることになっていた。
「あ、おはようございます!」
1年の中の一人が声を上げ、釣られて顔をあげると、そこに立っていたのは予想していた人物だった。
「やぁ、みんな元気か〜?」
一見気の弱そうな、細い男が片手を上げて挨拶をする。
彼は雷校のコーチだった。
とてもフレンドリーで優しく、みんなから信頼されている。
その外見からは想像がつかないが、バスケの技術はかなり上級で、いくつかの大会で優勝した実績もあるらしい。
年齢は30代前半といった感じだ。
普通は“コーチ”と呼ぶのが当たり前なのだが、こうたという名前から“こうちゃん”と呼ばれることが多かった。
すると、雷校のユニフォームを着た2年生たちがベンチにやってきた。
「おぉ、こうちゃん! おはよー!」
キャプテンである2年生の坂上先輩は嬉しそうにコーチに近づいて行った。
「おはよう! 坂上くんは今年キャプテンなんだから、頑張って勝っちゃってよね!」
「おう! 任せとけ!」
こんなフレンドリーなコーチだからこそ、安心して楽しく戦うことができるのだろう。
強い、弱いに関わらずみんなと対等に接してくれるので、俺もコーチを信頼していた。
良いコーチで良かったな。と、そんなことを思っていると、遠くから小さな影が近づいて来た。
雷校のユニフォーム。
いつもの長い髪は高い位置でポニーテールに結ばれている。
全く緊張していない様子の里宮は、「あ、こーちゃん」と軽く片手を上げて挨拶をした。
「あ! 里宮ちゃん!」
コーチは尻尾を振る犬のように里宮に近づいて行った。
「相変わらず、ユニフォーム似合うね〜。って言うか、今日“あの作戦”するんでしょ?」
「うん。うまくいくかわかんないけどね」
相変わらずのタメ口で答えた里宮の頭を、コーチは優しく撫でた。
「頑張れ!」
「……うん」
あの里宮も、少しばかり心を許しているように見えた。
「……さて。そろそろかな」
さっきまでの穏やかな表情とは打って変わって、真剣な表情で言ったコーチの言葉に、ドクン、と心臓が大きく跳ねる。
「頑張っておいで!」
コーチが片手で拳を作ってウィンクをすると、里宮と2年生の先輩たちは真剣な表情で力強く頷いた。
「これから、緑山対雷門の試合を始めます!」
「「お願いします!!」」
『蓮』は里宮の密かなニックネームです。
本名は『睡蓮』です。