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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第3章
115/203

114. 真夏の氷

始まったばかりのように思っていた夏休みも気付けば終盤を迎えていた。五月蝿いくらいに鳴いていた蝉もぽつりぽつりと姿を消していく。特有の蒸し暑さを残しつつ、夏休みは着実に現実へのカウントダウンを進めていた。

その先に待っているのは、追いかける背の見えない非日常。

未練がましさを自覚しながら、心の中で呟く。


どうか、この夏が終わりませんように。




* * *




群青色に晴れ渡る空。遥か遠くにぼつんと浮かぶ千切れ雲。それらを隠すように生い茂る木々が、吸い込まれるように流れていく。


「岡田っち! あと何分〜?」


「お前さっきからそれしか言わねぇな!」


座席を倒して明らかに寝る体制に入っていた岡田っちが呆れ気味に声を荒げると、一番後ろの座席から身を乗り出していた長野が「だってぇ」と頬を膨らませた。そんなやりとりを見て、バス中が部員たちの笑い声で包まれる。


夏休み後半、俺たち雷校バスケ部は強化合宿のため軽井沢に向かっていた。自然溢れる空間の中にある宿泊施設の大きな体育館で、ただひたすらにバスケをするのだ。

この強化合宿は雷校にバスケ部ができた頃から毎年行われていて、宿舎も変わっていないらしい。


つまり俺たちも、去年の夏休みにこの合宿を経験している。そんな訳で、見覚えのある道に差し掛かると長野が興奮気味に窓に張り付いた。

“強化”を付けるくらいなので練習は相応に厳しいのだが、だからこそ練習終わりに食べる夕食や談話が普段より楽しかったりするのだ。おかげで長野は待ちきれなくてうるさいくらいにはしゃいでいるのだが。


里宮はというと、相変わらず窓の方に顔を傾けて静かな寝息を立てていた。結局、川谷の家に集まってから今日まで俺たちが会うことはなかった。そんな訳で里宮とも久しぶりの対面だったのだが、里宮は特に変わった様子はなかった。


『待ってる』


あんなことを言ったものの、里宮の全てを把握していたい訳じゃない。いくら仲が良くても、全てを共有しなければいけないなんてことはないだろう。

誰にも言えないことだってある。ただ……。


『高津だから、言えないことも、あるんだよ……』


あの一言がどうしても引っかかるんだよなぁ……。


「高津〜、あいつ黙らしてくれよ〜。俺寝たいんだけどぉ〜」


岡田っちのだらしない声に思考を妨げられ顔をあげると、案の定岡田っちの示す先にはハイテンション長野がいた。


「あれはもうどうしようもない。てか、もうすぐ着くのになんで寝ようとしてんの?」


呆れ笑いを浮かべながら、深く倒された前の座席を軽く蹴ると、岡田っちはバツが悪そうに口を尖らせた。


「ふ、怒られてやんの」


いつの間に目を覚ましたのか、悪い顔をした里宮が分かりやすく煽りを入れる。

すかさず岡田っちが「お前もずっと寝てただろ!」と声を荒げ、俺は思わず笑ってしまった。






東京より涼しく感じる風が優しく肌を滑る。

強い日差しに負けないくらい、部員たちの笑顔が眩しい。風に揺られ、生い茂る葉が爽やかな音を奏でた。


「「着いたー!」」


部員たちの興奮気味の声が夏空に響く。バスを降りるなり満面の笑みではしゃぎ回る部員たちは、岡田っちの言うことなど1ミリも聞かない。


「おいお前ら! さっさと荷物下ろせ!」


岡田っちが珍しく声を張り上げるが、誰も荷物を取りに来ようとしない。辺りを覆い尽くす自然に歓声をあげ、飛び回ったり写真を撮ったりしている。中には勝手に駐車場の出口へ向かおうとしているやつまでいた。そのはしゃぎっぷりに思わず笑いが込み上げてくる。


「なに笑ってんだよ」


バスから降りた五十嵐が俺の肩に手を置いて言う。

直前まで眠っていたのか、大きなあくびをして瞳を潤ませていた。


「いや、高校生のはしゃぎぶりじゃないなと思って」


バスから降りるなりはしゃぎだした部員たちの方を指して言うと、五十嵐は納得したように頬を緩めた。


「確かにな。ま、ここにもっと子どもみたいなのいるけど」


いたずらにそう言った五十嵐は、ちょうどバスから降りてきた小さな人影の上に乗っかるように腕を置いた。小さな頭に体重がかけられ、一瞬よろけた人影は五十嵐の腕を無理やり持ち上げて顔をあげた。

その表情は最高に不機嫌である。


「重い」


顔をしかめ、吐き捨てるようにそう言ったのは里宮だった。五十嵐の腕の下から抜け出し、「誰が子どもだって?」と寝起きを感じさせない鋭い目で五十嵐を睨みつける。


「だって里宮ずっと寝てたろ。車乗るとすぐ寝るよな〜」


いや、お前もさっきあくびしてただろ……。


「うるさい」


反撃しようとした里宮の小さな拳を避けながら、五十嵐が「怖ぇ〜」と戯けてみせる。

その時だった。


「いい加減にしなさい!」


ビリビリと身体が痺れるほど大きく、それでいて細く透き通るような声。はしゃぎ回っていた部員たちはピタッと動きを止め、岡田っちは気まずそうに肩をすくめた。


恐る恐る振り返ると、最後にバスから降りてきた人物は細長い腕を組んで再び声を張り上げた。


「早く荷物を中へ運ぶ! 遊ぶためにここへ来たんじゃないでしょう!?」


続けざまに指示を出され、部員たちの間で思い出したように困惑が広がっていく。見て見ぬふりをしていた存在。貸切バスの中に、たったひとり見慣れない姿があった事実。


「岡田先生! 教師なんですからもっとしっかりしてください!」


トゲのある声を一身に浴びた岡田っちは叱られた子どものように身を縮めて目を逸らした。


「分かりましたよ……辻野先生」


雷校一厳しいことで有名な国語教師、辻野 美桜(つじの みお)は鋭い瞳のままふんと鼻を鳴らした。先程までとは打って変わって、氷のように冷たい空気が全身を震わせる。

部員たちの顔から次々と笑顔が消えていった。

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