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黒を被った弱者達  作者: 南波 晴夏
第3章
112/203

111. 本当は 〜皆の夏休み・五十嵐編〜

「ぶぇっくしょい!」


「うわぁ、お兄ちゃん大丈夫? 夏だからって油断してたら風邪引くよ〜。明日出かけるんでしょ?」


「……ん」


流石にタンクトップ1枚はやりすぎか。と、呆れたように息を吐き鼻を拭う。自室に戻ってベッドに倒れ込むと、暗闇の中でスマホの通知音が響いた。手探りでスマホを手に取り、やけに眩しい画面に思わず目を細める。


『明日楽しみすぎて寝れないんだけどどうしたらいい?』


そんなメッセージが目に入り、思わず小さく吹き出して笑う。


『小学生の遠足かよ』


流れるように突っ込みを入れ、しばらく考えてからもうひとつのメッセージを打つ。


『俺も楽しみにしてる。遠足以上に。明日寝坊するなよ〜』


送信ボタンを押してスマホを伏せ、深呼吸して目を閉じる。しばらくゴロゴロと寝返りを打っていたが、五十嵐 修止はやがて眠りについた。




* * *




「うわー! 広いー!」


晴天の空に高々と弾んだ声が響く。満面の笑みを浮かべてはしゃぐ高橋の姿はなんだか新鮮で、思わず釣られて笑ってしまう。

夏休み真っ只中、俺と高橋は遊園地に来ていた。

付き合って3ヶ月くらい経つのだが、何気に初デートだったりする。


「人がいっぱいいるよ! 五十嵐くん!」


軽いボブの髪を揺らして笑顔を向けてくる高橋はいつにも増してテンションが高く、まるで尻尾を振る犬のようだった。元気に暴れ回る小さな手を捕まえ、自分の隣に引き寄せる。


「さー、何乗る?」


やたらデカいアトラクションたちを見上げながら言う。先程までのテンションが嘘のように静かになった高橋は、赤く染まった頬を伏せたままほとんど捲し立てるように言った。


「なんかでっかくてぐるぐるしたやつ乗りたい」


「いや分かんねぇよ」


どちらからともなく顔を見合わせ、吹き出して笑う。高橋は耳まで赤くしていたが、繋いだ手を離すことなく園内を歩き始めた。


それから俺たちは目についたアトラクションに片っ端から乗っていった。脅威の高さを誇るフリーフォールにも挑戦し、俺は案外楽しかったのだが高橋はとてつもなく怖かったらしくこの世の終わりみたいな顔をしていた。特に頂上にいる時なんかはすごかった。


「うわー、景色やべー。雲掴めそー」


俺がテキトーな感想を言って雲に手を伸ばしている隣で、高橋は両手で顔を覆っていた。


「これ絶対落ちるじゃん……!」


「うん、まぁそりゃ落ちるよね」


「「キャー!!」」


ガクンと身体が揺れ、悠々と見渡していた景色が一気に襲いかかってくるあの感覚は、楽しさもあるが断然恐怖の方が勝つ。

落ちた後、高橋は泣きそうな顔をしていた。


「大丈夫? やめといた方が良かった?」


預けていた荷物を渡しながら顔を覗き込むと、高橋はニッコリとした顔をあげて元気よく「平気!」と答えた。


その次はジェットコースターに乗った。

フリーフォールの時はあれほど怖がっていたというのによくもケロッと乗れるもんだ。並んでいる時に何度も確認したのだが、高橋は「乗る!」と言って強気だった。

まぁ、いざとなれば半泣きになりながら騒いでいたのだが。


「やめてやめて怖い死ぬ死ぬ死ぬ! 五十嵐くん助けて!」


「あははー。助けてって言われても俺さすがにジェットコースターとは戦えないわー」


「そういう意味じゃな……ひぃっ!」


「「ギャー!!」」


必死の抵抗も虚しく、ジェットコースターはとんでもない速度で落下した。そこからは抵抗する暇もなく、上がったり下がったりねじられたりで散々だった。

血も涙もない。


高橋は案の定叫びまくっていたが、乗り終わった後は案外スッキリしたらしく「楽しかった!」と笑っていた。休憩を挟みつつ、全てのアトラクションを制覇する勢いで歩き回っていると、突然高橋が小さな悲鳴をあげた。


「いたっ」


「どした?」


「んー、あんまりイヤリングって付けたことないから、慣れなくて」


そう言いながら耳元を触る高橋に、「貸してみ?」と手を差し出す。手の平に乗せられたイヤリングは、小さな金色のハートが揺れているものだった。

後ろに着いているネジを調節して高橋に着けてやると、高橋は「わぁ……!」と小さな歓声をあげた。


「全然痛くない。なんで?」


心底不思議そうに俺を見上げる高橋の目が真剣すぎて、思わずぷっと吹き出してしまう。


「さー、どーしてでしょー」


戯けたように言うと、高橋はしばらく真剣な顔をして黙り込み、唐突に「あ!」と声をあげた。


「そっか、五十嵐くんそういう……。いや、うん、いいと思うよ。趣味は人それぞれだし、私はそんなことで嫌いになったりしな……いたっ!」


突拍子もないことを言い出した高橋の言葉をデコピンで掻き消す。


「何変なこと言ってんだ。優花が持ってたから知ってるだけだよ」


「あぁ〜、なるほど! あ、五十嵐くん拗ねないでよ〜」


「別に拗ねてない」


そんなこんなで楽しい時間は刻一刻と過ぎて行き、肌を焼いていた太陽はゆっくりと色を変えていった。

高橋の提案で、俺たちは最後に観覧車に乗った。

小さな空間の中で緩やかに時間が過ぎる。遠くに沈んでいく夕日を見つめて、高橋が呟くように言った。


「綺麗だね。……あの日みたい」


窓の外を眺める高橋の後ろ姿がオレンジ色の光に包まれる。3ヶ月前、毎日のように通っていた病室がフラッシュバックした。


『私……明日、手術なんだって』


潤んだ目。開け放たれた窓。白いカーテン。揺れるボブの髪。“あの日”の出来事は俺の中でも大きく記憶に残っている。忘れられる訳がない。

駆けつけた病室に高橋がいなかったらと考えた時の恐怖も、夕焼けに染まる病室でその姿を見た時の感動も、昨日のことのように覚えている。


「本当はね」


ゆっくりと振り返った高橋の目元が、夕焼けの光を受けてキラリと反射した。


「五十嵐くんに再会した時、ただ散歩してた訳じゃなかったんだ」


恥ずかしそうに、今思えばどこかよそよそしく、“散歩してただけ”だと言った高橋の姿が脳裏に蘇る。


「あの日、お父さんとお母さんが会いに来てくれてたの。いつもより体調も良くて、担当の先生にも少し歩いた方が良いって言われたから、お父さんとお母さんが先生と話してる間屋上で外の空気を吸ったりしてたんだ。それで病室に戻ろうとしたら……お父さんとお母さんが、泣いてるところを見ちゃったの」


当時のことを思い出したのか、高橋の表情に影が落ちる。


「今まで2人の泣いてるとこなんて見たことなかったから、すごくびっくりして。もしかしたら私は……私の病気は、すごく悪いんじゃないかって……急に、怖くなった」


紡いでいた声が揺れる。膝の上に置かれた手が震えているのが見えて、安心させるように自分の手を重ねる。包んだ手は驚くほど冷たかった。ひんやりとした手が、細かく震えながらも俺の手を握り返す。


「もしも私が、もう“治らない”ような状態なら……これから先周りにいる人達を泣かせちゃうことになるんだなって……だから、これ以上人と関わらないほうがいいのかも知れないって、気付いたばかりだったのに……五十嵐くんを見つけた瞬間、全部忘れちゃった」


情けなさそうに微笑む高橋に、胸が締め付けられる。あの時高橋がそんなことを考えていたなんて思いもしなかった。


「毎日、五十嵐くんと過ごすのが本当に楽しくて……いつか苦しくなるかも知れなくても、ずっと一緒にいたいと思っちゃったんだ。だって、五十嵐くんは」


一度言葉を切った高橋の瞳から、とうとう涙が溢れだす。


「小学生の時から、ずっと好きだった人だから」


涙まじりの声が2人きりの空間に反響する。俺は思わず目を見開いていた。小さな教室の中で、友達と笑い合う姿を横目に見ていたあの頃の光景が鮮明に浮かびあがる。俺たちはあの頃から両想いだったのか……? 考えているうちに堪らなくなって、勢い任せに口を開く。


「……俺も」


「え?」


「俺も、小6の頃から高橋のこと好きだった」


繋いだ手に力を込め、まっすぐに濡れた瞳を見つめる。高橋は目を丸くして、信じられない、とでも言うように小さく首を振った。片手で口元を覆って「本当に……?」と尋ねる高橋に、俺は大きく頷いた。

それを見て、高橋が破顔する。


「あはは……私、五十嵐くんと再会できて、本当に良かったなぁ」


その言葉が合図だったかのように、俺は高橋にキスをした。目をまん丸くした高橋の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。


……きっと、楽しいだけじゃなかった。

あの病室で高橋はいつも笑っていたけど、体調が悪い日だってあったはずだ。俺のことで悩んで、苦しい思いをしたことだってあったかも知れない。


……それでも高橋は、ずっと俺のことを好きでいてくれたんだ。


「……好きだよ」


夕焼けの色が室内を染めていく。今日の終わりを告げるように、どこか遠くで一羽のカラスが鳴いた。


「……私も」



呟くようにそう言った高橋は、軽いボブの髪を揺らして照れ臭そうに微笑んでいた。

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