11. イケメンカラス
「里宮」
部室の重いドアを開けるなり呼びかけるが、里宮は「何」と見向きもせずに答えただけだった。
その手には昨日のノートがあった。
「それ、なんのノート?」
「……」
返事をしない里宮の目の前で手を振り、「おーい」と声をかける。
「何?」
やっと顔を上げてそう言った里宮に、俺はノートを指差して言った。
「それなんのノート? って聞いてんだよ」
「あぁ、これ?」
里宮は開いていたノートを揺らして言った。
俺は小さく頷く。
「作戦ノート」
「作戦?」
俺が小首を傾げると、里宮は面倒臭そうにため息を吐いた。
「だから、関東大会の作戦」
そう言って里宮は開いていたノートを俺に手渡す。
「これ……」
ノートの中には、それぞれの配置と“作戦”の図が描かれていた。
「まさか、ほんとにやる気なのか?」
「うん」
里宮は意を決したように力強く頷いた。
「よしっ。俺結構身長デカイし、相手してやろうか」
そう言うと、里宮はキッと俺を睨んだ。
「自慢かよ」
「いや、別にそーゆーわけじゃ……」
里宮が機嫌を悪くするとなにかと面倒なので、慌てて弁解しようとしていると、里宮はうんと伸びをして立ち上がり、部室のドアに手をかけた。
「何してんの。置いてくよ」
「何してんのって、お前……!」
俺が言い返そうとすると、里宮はバタンと部室のドアを閉めて出て行ってしまった。
「ったく……人の話を聞けよな」
里宮の相変わらずのマイペースっぷりに呆れつつも、俺は里宮の後を追った。
* * *
『ダンッダンッ』
「はぁ……っ高津、もーちょいオフェンスと距離詰めて」
「……っおう」
俺たちはまだ人気のない放課後の体育館で“作戦”の練習をしていた。
すると外から女子たちの話し声が聞こえてきた。
「あ、高津くんだ!」
「高津……?」
「知らないのぉ? イケメンカラス!」
俺たち5人は最近お揃いの黒い部活着を買った。
すると、もともと長野や五十嵐や川谷のことをかっこいいと思っていた女子たちが『イケメンカラス』などと名付け、影でちょっとしたアイドルみたいになっているようだった。
もちろん、俺と里宮も。
「高津くんと長野くんと五十嵐くんと川谷くんと里宮さん、5人でイケメンカラス!」
「待って、“さん”って、女子もいるの?」
「ん〜、なんていうか、いつも5人で一緒にいるし女子と話してるところ見たことないんだよね、里宮さん。だから、私たちにとっては男側の女みたいな?」
「いや意味わからんし」
そんな話をしていた女子たちはやがて体育館の前を通り過ぎて行った。
そう、里宮は……。
「ブッ」
突然、俺の顔面にボールが激突する。
一瞬わけがわからなくなったが、里宮がボールを投げた後の姿勢でそこに立っていたので、「なんだよ里宮、当てんなよ!」と声を荒げた。
里宮は腰に手を当てて眉をひそめる。
「高津がよそ見してんのが悪いんだろ。このエロガキ」
「なっ!」
「そんなだから練習試合も出してもらえないんだよ」
「……」
確かに、里宮の言う通りだった。
俺は1年の中で特別強いわけでもないし、練習試合もまだ1、2回しか出させてもらえていなかった。
「やるの、やらないの」
里宮はボールをつきながら聞いた。
里宮は先輩たちよりはるかに強く、雷校のエースだ。
もっと強くなるには、里宮から教わるしかない。
「……っお願いします!」
そう言った瞬間、里宮の口元が少し緩んだように見えた。
『ダンッダンッ』
再びドリブルの音が響きだした体育館を、冷たい風が吹き抜けて行った。
里宮が『男側の女』という印象を持たれた理由などは、これから明かされます。
次は関東大会です!