10. 気になるなら
翌日の朝、登校した俺の目の前を里宮が通り過ぎた。
「あ、里宮おは……」
言い終わるより前に、里宮はボーッとしながら廊下を進んで行った。
全く、なんなんだよ昨日から。
そんなことを考えていると、後ろから五十嵐がポンッと肩に手を置いた。
「気にすんな。俺にもあんなだったから。そーとー疲れてんじゃねーの?」
「……そういえば里宮、昨日も変だったんだ。『一緒に帰ろう』って言ったら、『先帰ってて』とか言って、なんかノートに夢中でさ」
「ノート?」
「そう、なんか見つめてたんだよ。珍しく」
そう、里宮が教科書やノートを開くのは授業中以外ありえない行動だった。
それでも、学年5位以内に入っている頭脳なのだが。
そんな里宮がノートを開くということは、まず勉強のノートではない。
だとするとーー……。
「部活ノートか」
俺と同じ答えを出した五十嵐が呟く。
確かに、バスケ大好き負けず嫌いの里宮なら考えられる。
でも、わざわざなんでノートなんか?
「あんま考えても無駄だぞ。気になるなら本人に聞けば?」
五十嵐が急に他人事のような言い方をする。
「“気になるなら”って、お前はいいのかよ」
「んー。俺は別に」
「……あっそ」
俺は静かにため息を吐いて五十嵐と教室に向かった。
教室のドアを開けると、俺の隣の席で突っ伏して眠っている里宮の姿が目に入った。
“気になるなら”か……。
俺は気持ちよさそうに眠っている里宮の頭にチョップした。
机に突っ伏して寝ていた里宮が「いたっ」と声を上げる。不機嫌そうな目で俺をにらんだ里宮は「何」と無愛想に言った。
「何って、里宮こそ何寝てんだよ」
小さく息を吐いて言うと、里宮は首筋を揉みながら吐き捨てるように言った。
「うるさいな。私が寝ようとなにしようと私の勝手でしょ」
小さくあくびをした里宮は再び机に突っ伏して、もともと小さい体を更に小さくした。
「……なんだよ、つれねぇなぁ」
小さく呟いた言葉に、里宮が反応することはなかった。
* * *
「おかしい」
俺はウィンナーを頬張りながら言った。
「ぜってーおかしいって、里宮。別人みてぇ」
「……確かにちょっとおかしいかもな」
難しい顔をした川谷が言う。
「えー、いーじゃんなんかあったとしてもほっとけば直るっしょー」
長野が椅子をグラつかせながらテキトーなことを言う。
椅子が揺れるたびに長野のちょんまげもぴょこぴょこと跳ねた。
「お前は黙ってろ」
読書をしていた五十嵐が口を挟むと、「だってー」と長野がふてくされたような声を上げる。
「てか五十嵐昼食べないの?」
「今いいとこなんだよ」
そんな会話をしていると、俺の背後から背の低い“誰か”が声をかけた。
「お前らさっきからなんの話してんの」
そこに立っていたのは小さな弁当箱を持った里宮だった。
「お、おう里宮。どこ行ってたんだよ」
俺が露骨に話を逸らすと、里宮は疑わしそうに俺を睨んでから隣の席に座った。
「岡田っちに捕まってた」
「それはドンマイ」
里宮は小さく頷いて弁当の蓋を開けた。
よほど腹が減っているらしい。
いそいそと卵焼きを口に放り込んだ里宮は、軽く顔をしかめた。
「味薄かった」
「え、それ里宮が作ったの?」
長野が身を乗り出して里宮の弁当を覗き込むと、里宮は一言「うん」と答えた。
「まじ!?」
川谷と五十嵐も驚きの声を上げる。
弁当の中にはミニトマトとブロッコリー、卵焼きと小さな唐揚げが入っていた。
それに小さなおにぎりが一つ付いている。
「すごいな里宮。これ全部自分で作ったのかよ」
俺が言うと、里宮は「まぁね」と自慢げに言った。
「毎朝父さんの弁当も作ってるし」
「「……」」
その場が一瞬静まりかけた時、「そーだよな。そりゃこんだけ上手なのも納得できるわ」と五十嵐が明るく言った。
「「だ、だよなー!」」
俺たちはそれに合わせて笑うことしかできなかった。