1. はじまり
「里宮!」
いつも名前を呼ばれて、いつも男子の中心にいて。
そんな里宮が羨ましかった。
いつしか俺は“里宮みたいになりたい”と憧れるようになった。
俺が、初めて尊敬した“女”。
* * *
「高津」
名前を呼ばれて、高津 茜は顔を上げた。
「何ぼーっとしてんだよ」
女とは思えない口調でそう言ったのは同じクラスの里宮 睡蓮だ。
背が小さくてか細く、長いストレートの髪を下ろしている。
そんな里宮の部活は、俺と同じ“男子”バスケ部。
男だらけの部活に女一人で入部するという度胸も、俺が尊敬する中の一つだった。
バスケが大好きで、バスケ部に入ろうと意気込んで入学したこの雷門高校(略して雷校)では、入学式直前に女子バスケ部が廃部になってしまったらしい。
そんな理由があっても、普通の女子なら“男子”バスケ部に入ろうなんて思わないのだが……。
里宮は、“普通の女子”とは少し違っていた。
俺がぼーっとしながらバナナオレを飲んでいると、里宮が突然俺の背中を叩いた。
「ぐふっ!?」
思わず噎せながら振り返ると、いつもどおり気だるそうな瞳をした里宮が立っていた。
「あぁ、高津、生き返った? 無反応かと思った」
「なんだよ、生きてるよ! てかお前、人が飲んでる時に何ぶったたいてんだよ。噎せただろ」
口を尖らせて文句を言っていると、再び後ろからどついてくる人影があった。
「うわっ!?」
「高津〜! それ一口ちょーだい!!」
キラキラした瞳でバナナオレを指差したのは人懐っこい性格の長野 竜一だった。
「あ、あぁ……別にいいけど……」
その迫力に気圧されながら恐る恐るバナナオレを差し出すと、長野はちょんまげに結ばれた髪をぴょこぴょこと跳ねさせて喜んだ。
「あはははは、お前、子供かよ」
笑いながら話に入ってきたのは“テキトー人間”として有名な五十嵐 修止だ。
どこからともなく現れて気がついたらフラッといなくなっている。
思うままに行動する姿に俺は五十嵐を猫っぽい性格だな、と勝手に思っていた。
「五十嵐、どこ行ってたんだよ」
「ナイショ〜」
機嫌良さそうに鼻歌を歌う五十嵐に、俺は小さく息を吐いて呆れたように笑った。
「てか川谷は?」
「そーいえばさっきからいないな」
長野と五十嵐が話していると、里宮が思い出したように口を開いた。
「川谷は今戦争中」
「「は!?」」
里宮の意味不な発言にその場にいた全員が目を見開く。
「購買にパン買いに行ってる」
「フツーにそう言えよ!」
思わず俺が突っ込むと、里宮は真顔で言った。
「だってあそこ戦争以外の何でもないじゃん。私購買にだけは行きたくないな」
「ナルホド、だから川谷パシらせてんのか」
五十嵐が馬鹿にしたような顔で言うと里宮は少し顔をしかめた。
「別にパシらせてない」
「俺が購買にパン買いに行くから、ついでにいちごオレ頼まれただけだよ」
そう言いながら現れた川谷は里宮の頭にいちごオレを置いた。
川谷 健治は、クラスで一番の優等生だ。
たしかに頭は良いが、性格は少し抜けているところがある。
「里宮、100円」
ストローをさして早速飲み始めていた里宮に川谷が言うと、里宮はきょとんとした顔で言い放った。
「奢りじゃないの?」
「奢りなわけあるか!」
川谷に怒鳴られた里宮は渋々100円を差し出した。
「……ケチ」
不機嫌そうにストローを吸う里宮に、俺はつい苦笑いをしていた。
何事もない日常の日。
俺たちはほとんどの時間をこの5人で過ごしていた。部活も全員バスケ部で、まだまだ始まったばかりの高校生活を目一杯楽しんでいた。