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凍死

 

 メリリィが死体回収社に入社してちょうど一ヶ月がたとうとしていた日、今日も彼らは死体回収へと駆り出される。


 今回の死因は“凍死”だ。

 規模は前回の焼死と同じレイドで六かけ六の三六人。今回、彼ら冒険者を死に至らしめたモンスターの名はコキュートス。

 氷で出来たハンマーを振り、全身に凍気をまとった巨人だ。


 コキュートスの行動パターンはいたってシンプルだ。最初はただ、冷気をまとったハンマーをふるい攻撃してくるだけで、あまり脅威とは言い難い。だが、これがHPが半分を切ると豹変する。全身の冷気が凍気に変わり、近づけば凍ってしまうほどの範囲攻撃をHPが三割を切るまで続ける。大抵の冒険者はこの範囲攻撃、ニブルヘイムで凍りつき死に至る。


 それでもなお生き残ったとしてもHPを半分を切ったことで始まる氷結系スキルの応酬で死に至る。


 そんなコキュートスの凍気に殺られた冒険者の死体をシュウラとメリリィの二人は漂う冷気に耐えながら、眺めていた。


「すこし、寒すぎじゃない?」


 両肩を寄せるように抱くメリリィは一ヶ月間でずいぶんと慣れたようで気軽に、あるいは愚痴るように言った。 


「文句を言うな、火鼠のコートを着てるだろ」


「こんなコートじゃ真冬だって越せやしないわよ」


「………」


「………」


一つの話題で続く話の長さは変わらないが。


「さて、やるか」


「うん」


 先の話をなかったかのようにお互いに振舞い、作業を始める。


 メリリィは人に慣れた。

 そして少しだけ少女らしくなった。すこしませてはいるけれど。

 人と触れあうことで彼女は人として少女として大事な何かを見つけつつあるのかもしれない。


 だが、やはり彼女は異常と言うべきだろう。


 彼女の目の前に凍りつき固まる死体は焼死ほどグロテスクではないが、焼死異常に死に生々しい。


 彼ら冒険者の死に顔が綺麗に残り、そのすべてが恐怖、絶望、それぞれの心を明確に刻んでいる。

 中には血の涙を流し、こちらに手を伸ばす姿勢のまま凍った死体もある。いくら死んでも蘇る天来人でも死ぬ瞬間は恐れ、傷み、生きたいと思うのだろう。


 だがメリリィはそんな死体を平然と砕き、折り、割り、切り分ける。本人いわく「この方が焼却炉に入れるとき楽だから」だそうだ。


 彼女は人に対しての関心は多少深まったのだろうけれど。それに反比例し、死人に対する関心はよりなくなった。今では最初の回収の時のような、ぐちゃぐちゃに溶けた皮膚だろうが、筋肉だろうが、こぼれ落ちた脳みそだろうが平然とバケツに入れて、焼却炉へと運ぶだろう。


 そんなメリリィがいつも唯一、死人に関心を持つところがある。それは、


「凍死ってどんな感じかな?」


 死の感覚。


 痛むのか、何を思うのか、どんなふうに死んで逝くのかに彼女は興味を抱く。


 今のところシュウラが接したなかでメリリィが興味を抱いたものは、マジックブックとこれだけだ。


「……凍死は生きたまま死ぬことのできる唯一の死にかただろうな」


「生きたまま死ぬ?」


「ああ、凍っていくなかで最初は寒さや傷みを感じるが、徐々にそれがなくなって行き、なぜだか頭の中が鮮明になっていく、走馬灯とか言うやつだろうな。肉体が死ぬ寸前まで意識は持っていて、肉体が死ぬと同時に魂もこと切れる。他の死因のほとんどが死ぬ前に必ずと言っていいほど意識がなくなってから肉体が死ぬがこの凍死だけは違う、意思までも凍るんだ。だから死ぬまで魂が生きているから生きたまま死ぬんだ。この死にかかる時間は相手の度合いにもよるがコキュートス程の化け物が相手なら二秒もかかるまい」


 メリリィに死の感覚を聞かれた時はいつもこんなふうに答える。まるで……。


「やっぱりシュウラの話す死って、まるであなたが体感したことあるような口振りよね」


 言葉もまた答えるたびに言われることの一つだ。この二人は同じ話を何度もしても気にならないし、もどかしいとも思わない。


「冒険者の友人から聞いた」


 これもお決まりだ。


「……」


「……」


 だが、やはり、お決まりはお決まりだ、この一言で会話が終わってしまうのも。


 二人の会話は長くは続かない。


 凍死体は焼死体の回収の時のように長くはかからなかった。

 メリリィが死体に慣れた、回収の仕方を覚えた、ということもあるがやはり、


「楽だね……寒いって以外は」


「ああ」


 メリリィの言う通り楽だ。

 血も臓物も散らばってはいないし、体は小さく砕けばいいだけ。

 寒いということをよそに置けば、今までの仕事で一番楽かもしれない。


 そんな楽な仕事を一時間ほどで終わらせると、寒々としたフロアから逃げるように二人は帰った。


◆◆◆◆


「なぜ、お前がいる…」


 ふだん、ダンディー社長が座っている中央の回転椅子に座っていたのはダンディー社長ではなく、整った黒髪に眼鏡、黒のスーツのような服を着こなした、どこかシュウラに似た雰囲気を纏う、シュウラの知人、いや、メリリィ以外の回収者はみな知っている男が座っていた。


「やあ、我ともシュウラよ!さぁ、そこのお嬢さんを僕に紹介したまえ!」


「イスラード、うるさい。……こいつはメリリィ、俺とコンビで回収をしてる」


「んーーーー!メリリィ!あーいい響きだ!あの初代王女と同じ名か!実にいい!僕の名前はイスラードだ、よろしくたのむよ?メリリィ嬢」


 その真面目で整った雰囲気からは想像もできないほどの狂いっぷりで、流石のメリリィも少し引いていた。


「して、シュウラよ、今日はどんな死だった?」


「凍死だよ」


 そう告げると、イスラードは体を人の限界を越えた反りかたをしながら叫んだ。


「とーうーしーー!!!」


 そう叫んだイスラードの瞳孔は正気の沙汰ではないほど揺れていた。


「凍死!それは!生きたまま死ぬ、死の境地!否、生の境地!」


 地面に今にも頭がつきそうな姿勢から今度は頭を前につき出して、内股になるというまたキモい格好をする。


「あの、死にながら生きる感覚は凍死だけでしか味わえない唯一無二の快感!」


 今度は膝をつきなにかを神に懇願するかのような姿勢から狂気を叫ぶ。


「体と共に時まで凍るあの瞬間、思うことは人それぞれ!だが、最終的に思うことはただ一つ!」


 それは……。


「……温かいスープを飲みたい」


 イスラードの最後の一言をシュウラが代わって呟くと、イスラードは膝をついた姿勢のまま指を指して。


「その通りだよ……シュウラ……」


 そう狂気に心酔しきり、精魂尽き果てたかのような声を涙を流しながら出した。


「この人が……シュウラに死の感覚を教えてくれる人?」


 こんな人と知り合いなの?と若干引きながら、メリリィは一歩横にシュウラから離れた。


「大体はあってるが一つだけ訂正だ、教えてくれるのではなく、かってに話されるんだよ。これがどれだけ迷惑かわかるか?」


「……それだけは同情するよ」


 シュウラの弁明を聞き、メリリィは一歩横にもといた位置に戻った。シュウラの肘辺りの身長のメリリィはいつもあと一歩でシュウラにくっついてしまう距離にたっている。


 君たちは仲がいいねーと言いたげなアルヴェールさんの視線はさておき、


「何しにここにきた?」


 最初に聞かないといけなかったことを聞いた。


「何しにって友人に会うのに理由はいるかい?」


 確かに、友人に会うのには理由はいらない、だが、


「お前は嘘がつく気があるのか?隠すなら隠そうとしろ」


 長年と言っても四年ほどの付き合いのシュウラとイスラードだが、それだけの期間があれば嘘の一つや二つ見破るのも簡単だった。


「う~ん、やはりばれてしまうかー」


「お前の場合ばれるのを待っていたろ?」


「それもばれていたか…」


 大声で派手に笑ってみせると、イスラードは社長椅子に座っていた時のような真剣な面持ちで話始めた。


「シュウラ、いや、死体回収者諸君は今日の新聞を読んだかね?」


 イスラードが全員の顔を見回すと、全員首をふった。


「はぁー、やはりここは国一番情報が遅れているねー」


 一番は言い過ぎだろ!とヘルメスが言いたげな顔をしていたが、場の空気をくんでか口はつむったままだった。


「簡潔に、端的に言おう」


 一瞬間をおく。されど一瞬だったのであまり気にはならなかったが、その後に発せられた言葉の意味を理解したとき、その一瞬があまりに大きく、重く感じた。


「ジャック・ザ・リッパーの再来だ」


 その言葉にシュウラまでもが言葉を失い、戦慄する。

 そしてなによりもメリリィの震えかたが尋常ではなかった。


「と言っても、まだ本当に本物だと決まった訳ではないが……」


「手口が似ていた、あるいは殺害に使用された刃物が“スコーピオン”だったか……?」


 イスラードが言葉にしなかった部分をシュウラは推測する。


「あるいはではない、両方だ」


 ジャック・ザ・リッパー事件に何の関わりもないはずのシュウラが何故かこの話には社員のなかで一番食いつく。


「この事から国家憲兵団はほぼジャック・ザ・リッパーの仕業だと考えているらしい」


「何人殺されたの?情報が開示されるまでに」


 とヘルメス。


「情報が開示されるまでにかかった期間は十日、その間殺されたのは二十人、今回も大地人だけを狙った犯行だ」


 十日で二十人、これは前回の犯行より多いだ。

 このままのペースで行けばジャック・ザ・リッパーならば憲兵の手をまいて百人殺すのに一ヶ月もかからないだろう。


「そんなわけで君たちの護衛に僕が就くと言うわけだよ」


「そんなわけでってお前、俺らに護衛なんていらない、個々の能力も低い訳でもないし、ヘルメスもいる」


「だが、万が一ということもあるだろう?冒険者である僕が、そういう時に肉の壁となって時間を稼げる」


 肉の壁となって時間を稼げる、その言葉にシュウラは感情を露にした。


「冒険者だからといって、命を軽んじる発言は慎め!」


 そう、叱咤したシュウラの目には怒り以上に、何かを悲しむような、そんな目をしていた。


 すまない……とイスラードは謝罪すると、自分の護衛に関して、こう付け加えた。


「命を軽んじるような事を言ったのは謝罪する、だが、護衛の任に就くと言ったのは僕の独断的な考えではない」


 少し間をおき、理由を口する。そしてシュウラ一行は再度その言葉に言葉を失う。


「これは、女王陛下直々の指令だよ」



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