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焼死

 

 二人の出会った日。


 何かの肉が焼け焦げたような血なまぐさい臭いが鼻をつく。臭いの素を辿るとそこには、大量の焼死体が積み重なっている。この場合、洒落を効かせれば傷い死体、傷死体とも言えるだろうか。


ともかく、この鼻をつく嫌な臭いの素はもう性別は勿論、人と判別することもできない者もある。いや、物か。


「また性懲りもなく自分のレベルに合わない部屋に挑みやがって」


 焼死体の山の前に立っている男は、軽蔑と批難の眼を向ける。


 この人たちを焼死させたのは第54階層特殊フロアボスモンスターグランプニルだ。


 グランプリニルは想像の通り火を吹く竜、と言うより蜥蜴だ。勿論、蜥蜴と言えど小さく可愛い物ではない。

 巨大で背からは火が出ており、そういうところで言えば蜥蜴でもなく、恐竜と呼ぶべきなのだろうがこの世界にはそれがいないので例えようがない。


「死体を見るのは初めてか?」


 男は隣に立ち、同じ眼差しを向ける少女に声をかける。それに少女は首を振る。


「一度だけ見たことがある」


 答えた少女の眼はどこまでも無関心だ。


「誰かは聞いていいか?」


 少女は首を縦に振る。


「半年前のジャック・ザ・リッパー事件に巻き込まれた両親の惨殺死体」


 ジャック・ザ・リッパー事件ということは大地人なのだろう。まあそもそもこの死体回収者になっている時点で大地人なのだけれど。


 ジャック・ザ・リッパー事件、一人の天来人が大地人を標的に起こした連続大量殺人事件の別称だ。少女の両親はその残虐な事件に巻き込まれ、大地人であるため蘇ることなく死んだのだ。


「すまない」


 一応謝る。


「いいよ、全然」


 一応受け止める。


 この二人はどこまでも無関心で無興味で無感情だ。他人の前では自分を飾る。


 男、シュウラはいつも冷めている。


 少女、メリリィはいつも無感情だ。


「さあ、この死体をあの移動焼却炉に放るぞ。だが、災難だったな伝統の新人歓迎会もうけずに、入った初日に死体回収の仕事を押し付けられるとは。なにぶんこの仕事は馬鹿どもが自分のレベルに合わないフロアを挑むもんで常に人手不足だからな」


「大丈夫、使い古される覚悟はしてきた」


「そうか、それは助かる。なら、さっそく使われてくれ」


 シュウラは死体を見慣れている。


 メリリィは死体を見慣れてはいない。


 両親の死体を見ているとはいえ、一度見たところで死体なんて見慣れるものではない。見慣れてはいけないものだとも思う。


 焼死体だが、これは死体のなかでもかなり初心者向けではない。

 剥き出しになった筋肉は黒く焼き焦げ、中には一瞬で原型を止めない死体になった者もいれば、半身焼かれて半身焼かれていないものもいる。

 極めつけはどろどろに溶けた皮膚だ。これはなかなかどうしてグロい。


 だが、メリリィは慣れてはいないが、人らしい反応はなかった。

 普通の人なら吐いてしまう光景を前にして彼女は無反応をする。できてしまう。

 それどころか、その死体を引きずり、焼却炉へ放っていく。


 これが彼女の異常性。

 されど彼女の通常だ。


「焼かれて死んだ後に、また焼かれるとは災難な死体だ」


 そんな彼女の異常性をよそに、シュウラは洒落を口にする。


「焼死ってどんな感じなのかな?」


 メリリィは手を動かしながらシュウラに聞く。社内でのコミュニケーションは大切だ。


「焼死の大体は有毒ガスなんかによる中毒だが、グランプニルの炎による焼死は少しどころか全く違う。死に方としては俺は前者より後者のグランプニルの炎による死に方を望むね」


 シュウラは足下に転がる死体を指す。


「有毒ガスなんかの焼死は、まあ言ってしまえば焼死というより中毒死なんだが、中毒死はグランプニルの火で一瞬で焼かれるよりも辛いものだよ。グランプニルの炎は一瞬で皮膚を焼き溶かし、体の芯まで熱を通す。内面を含む正真正銘“全身”を一瞬で焼かれるのに、痛みなどともわない」


 それはまるで体験談を語るように語った。


「ふーん、私はそんな死に方したくないな」


「同感だ」


 社員どうしのコミュニケーションは長くは続かない。

 だが、死体回収は続ける。


「ジャック・ザ・リーパー事件、君、メリリィはどう思う?」


 シュウラは傷口に土足で踏み込んで行く。


「どうもないわ、ただ、憎んでいるだけ」


 土足のシュウラをメリリィは向かい入れる。


「そうか……顔は見ていないのか?」


 そうかという言葉になんの感情も込められていない。話を進めるためだけの言葉だ。


「顔は見ている、と思う。ただどうしても思い出せない。投影士に私の記憶を投影してもらってもあの時の記憶だけがすっぽり抜けているみたい」


 ──投影士、記憶や記録、人の過去なんかを映像として投影する冒険者の職。


「見ていなかったや気絶していた、なんてことはないのか?」


「見ていなければ他の映像が投影される筈だし、気絶していたなら気絶していた映像があるはずなんだ。でも、私は映像が抜けていた……。投影士も理由はわからないと言ってた」


「そうか……」


 今度は多少の感情がこもっていた。メリリィにきずかれないほのど少しの感情が。

 質問の意味と、この感情に少しでもメリリィがきずいていたなら、変わっていたかもしれない。近い未来に起こる。切り裂きジャックの再来を。題を付けるならば“死体”とつく悲劇の物語を。


◆◆◆◆


 グランプニルのフロアは六人パーティーを六編成で戦うレイドと呼ばれる戦い方で、そのすべてが全滅したと言うのだからフロアには三六人の死体が転がっていた。それをすべて二人だけで片付けて、血糊などの掃除も行うとなると、馴れた人間が一人と、手際のよい人間が一人でも、とてもじゃないが時間はかかる。


 持ち上げても大丈夫な死体が殆どだが、中にはぐちゃぐちゃに溶けた死体なんかもあるので、なおのこと掃除しにくく、余計に時間がかかる。

 焼け溶けた皮膚や筋肉、外側が無くなった体から零れ落ちた臓物を拾い上げ、バケツに入れて焼却炉へと運ぶ。

 咀嚼音にもにた液状と固体をさまよう物がフロアの床に落ちる音が耳に残り、へばりつく。

 こればっかりは慣れていているシュウラにとっても、嫌な感じを隠しきれない。。


 シュウラでそれならば、メリリィが感じる不快感はそうとうだろう。


 手袋を着けていても伝わってくる不快な手触り、目の前に広がる臓物の光景、まさに地獄絵図の様だとよく言うが、そんな生ぬるいものではない。

 無反応、無関心、無感動、無感情のメリリィであれど、また非常で非情で無情なメリリィであれど、こればっかりは人の反応を示してしまう。捨てたはずの人間味と言うやつを出してしまう。

 “気持ちが悪い”と言う感情がのど越して、外へと出る。


「オオオエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ」


それは一瞬戻った感情。 


 痛み。


 叫び。


「ぐっは!ウエ、オエ、ぐ、ぉお、ぇあ」


「大丈夫か?」


 これで吐いたのか。まぁ当たり前かと納得し、


「ここは俺がやろう」


 と、仕事を任せるように言った。


 だが、


「これ、は、私、の、ぅぐ、仕事、よ!」


 それはメリリィがシュウラに初めて露にした感情だった。


 強い目で、強い感情で、何かにすがっているかのように、奪わないで!と言うかのように、自分がやると、叫んだ。嗚咽をつきながら。


「わかった……自分で汚した床は自分で片付けろよ」


 メリリィは口許を拭いながらうなずく。


 普通の女性なら嘔吐し、嗚咽する姿など男性に見られまいと思うのだが、メリリィはそんなことは感じなかった。死体回収でそれどころではない、というのもあるが、やはり、そこは無関心なのだろうか。


 そんな事を思いながらシュウラは自分の仕事に戻る。


◆◆◆◆


 仕事が終わったのはそれから一時間くらいたった後だった。


「終わりだな」


「うん」


 “マジックブック”と呼ばれる物を文章化して本にしまう最上級レアアイテムを使い、焼却炉をしまう。


「綺麗…」


 焼却炉の隅から隅までが細かく文章化されて行く。

 七色に光る文字は読めばその焼却炉が出来る前から出来たあと、さらには、これのからの行く末までをもが記されている。いわば、物の運命を記す文となるのだ。

 それはあまりにも綺麗で、メリリィをもが思わず息を飲んでしまうほど、物の運命とは美しい。


「このマジックブックはレア度は高いものの、入手はそれほど難しくないからな、事務所に言えば貰えると思うぞ」


 シュウラの言葉にメリリィは目を輝かせる。

 よほどこの文字の輝きに心を奪われたのだろう。


「さぁ、事務所に戻ろう」


 メリリィは小さくうなずく。

 そしてため息をつく。

 これで今日の仕事が終わったという安堵だろうか、疲労からのため息であろうか、それはシュウラには少しわかった気がする。

 あの、やりきったといわんばかりの達成顔を見たら、嫌でもそう思うだろう。



「お疲れ様です!シュウラさん」


 事務所の扉を開くと、来るのがわかっていたかのように綺麗なお辞儀で出迎えたのは秘書のアルベェールさんだ。


「メリリィちゃんもお疲れ様」


 メリリィにはシュウラにした固い礼儀を崩し、優しく微笑みかけた。


「お疲れ様です」


 初めて会うアルベェールにメリリィは少し固い。


「今日の仕事は大変だったでしょう?」


 二人の方を向いて言ったので最初は誰に言ったのかわからなかったが、敬語でないことに気づき、メリリィに言ったのだと分かり、シュウラは口をつむる。


「うん…大変だった…です」


「だよねー、初めてには焼死体はきついわよね……」


「でも、少し楽しかった」


 楽しかったと言ったメリリィに、死体を回収することのどこが楽しいの?と、言いたげにアルベェールは少し微妙な表情を見せたが、シュウラの弁明でそれは解けた。


「メリリィさん、誤解だよ。彼女が楽しいと言ったのは死体回収ではなく、良いことがあったんですよ」


「良いこと?」


 目線で「ほら」っとメリリィに送ると、


「マジックブックの文章化をみて、凄く綺麗で……それでそれで……」


「マジックブックが欲しいの?」


 先に言われてしまったと、メリリィは赤面していつもより小さく頷く。


「待ってて」


 アルベェールは事務所の一番奥の部屋へと向かうと、ガサゴソと派手な音を起てながら、奥から何かを引っ張り出してきた。


「はい!メリリィちゃん」


「これは……?」


「あー、古くて汚いけどそれもマジックブックよ。しかも、世界最古と呼ばれているオリジナルの出土アイテム。まぁ入れることはできても、出すことができるのは英雄王ギルガメッシュただ一人なんだけど」


 ──出土アイテム、ダンジョンで落ちるアイテムのほとんどがオリジナルアイテムのレプリカであり、オリジナルアイテムはその貴重さから遺跡から出土した物のように言われ、出土アイテムと呼ばれている。


「そんな物、メリリィに渡していいんですか?王都に引き渡したほうが…」


「いいんですよ、どうせ国に渡すのだってめんどくさいですし、持ってても倉庫で眠ってるだけですし。だからメリリィちゃんにあげたほうがいいんですよ」


 はぁ……と納得の行かない顔をしつつも、メリリィの満足そうな笑顔をみて、ここで奪ってしまうのは少し大人げないと思い、それ以上なにも言わなかった。


「所長はどこに?」


「もう、ダンジョン下町のレストランにて新人歓迎会の準備をダンディーさんとヘルメスさんとでやっていらっしゃいます」


「そうですか、よかったな、仕事が先になったが新人歓迎会は滞りなくできるみたいだ」


「…………………」


 どうやら新人歓迎会には無関心らしく、新人歓迎会の話題には目もくれず、手に持つマジックブックに首ったけであった。


◆◆◆


「カンパーイ!!!」


 ダンジョンの下町、アルクトルにあるダンジョンでドロップした素材だけで作られたダンジョン料理を提供する店“ダンジョニア”にて、メリリィが主役である新人歓迎会が開かれた。


「うん、よくきたね」


 メリリィ以外は皆、ジョッキにお酒を注がれているなか、一人オレンジジュースが注がれた、ダンディーなオッサンが最初の歓迎を言った。


「やっぱりこういう歓迎の場で飲む酒はオレンジジュースにかぎるな………」


「ダンディー社長、それはお酒ではなく、その名の通り、ただのオレンジジュースですよ」


「アルヴェールくん、いつもツッコミありがとう。メリリィくんも今日から死体回収社の一員だまぁ、君は今日から仕事をこなしたみたいだが」 


 ダンディーな髭に、ダンディーな黒肌、ダンディーなサングラスのダンディーは、そのダンディーさから想像もできないほど、優しい笑みを浮かべた。それは彼女の過去をしる数少ない一人であるからもしれないが。


「やめてくださいよー、そんなつまらないジョーク、死体回収社の品位が疑われますよー」


 場を盛り上げるために、わざとらしいことを言ったのは、回収社の中で唯一の戦闘員兼会計のヘルメスという女性だ。

 まぁ、この仕事は天命なので、ダンジョン内で絶対に死ぬこともなく、モンスターに襲われることもないので、戦闘員といっても出番は皆無に等しいのだが。


「アルヴェールやヘルメス、シュウラの他にあと三人いるんだが、今は仕事で遠出していてな、まぁ後日挨拶させるから、そいつらとも仲良くしてやってくれ」


 先程のジョークもむなしく、テンションが低いままメリリィはうなずく。


 料理はメリリィの口に合い、お気にめしたようだが、終始、歓迎される側の歓迎ムードにはならないまま、新人歓迎会は終わった。


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