プロローグ
目の前に広がるのはたくさんの死体。
回りを囲むのはたくさんの死体。
そこかしこに異臭を放つのはたくさんの死体。
「串刺し公にも困ったものだ」
これを片付けるのは僕らだというのに。
死体は串刺しになっている。串刺しになって死んでいる。地面まで貫通させられた槍で。
数はそうだな……三十と少し、といった具合だろうか。まあなんにせよ沢山だ。
世界には天来人と大地人がいる。
天来人は何度死んでも病気や寿命以外では蘇る。その場に死体を残して。
大地人はそれは出来ない。僕の隣にいる少女もその蘇れない大地人だ。
「ドラキュラって言ったんだっけ」
少女はこちらに一瞥もくれず、死体の方を見て言う。
「ああ、正確にはウラド・ツェペシュとか言うみたいだがな」
僕らは今ダンジョンにいる。ダンジョンとは天来人がその特異な体質を利用して挑む、モンスターの巣窟、とでもいったところか。ダンジョンに挑む天来人を冒険者と世界は言う。
「全く、厄介な殺しかたをしてくれる……」
僕らは死体回収者だ。ダンジョンに残った死体を回収、焼却することを生業とする者だ。
この天命、所謂神から授かりし職を持つ者はダンジョン内ではモンスターに攻撃されない。
ウラド・ツェペシュ、通称串刺し公は六つの腕をもち、それぞれに槍を構える人形のモンスターだ、それも高難易度のレイドボスモンスター級。こいつに殺されたやつの大体は口から槍が突き刺さってブラブラと浮いている。
「まずは槍を抜かないとな……」
まだ小さい少女には出来ないので僕がやる。口に突き刺さった槍を抜くとブチブチと音がして口の大穴が見えていく。
喉はなく、後頭部からは脳味噌がドロドロと流れ始める。さっきまでは槍が詮になっていたんだろう。
その光景をまだ十五もいかない少女はまじまじと見ている。
「脳味噌、お前が片付けてくれ」
「わかった」
少女に散らばる脳味噌を片付けるよう言う男と、それを二つ返事で引き受ける少女。
"異常だ"。
だかこれが僕らの"日常"。
力仕事は僕がやって、細かいことは少女がやる、それがいつも通りだ。
すべて引き抜くのにさほど時間はかからなかった。後々面倒なのであまり死体が崩れないように慎重には抜いたが、さほどだ。
少女はと言うと、僕の抜いた後を追うようにバケツに脳味噌を素手で入れている。たまに出てくる喉賃子や舌なんかは脳味噌なんかよりも少しグロいかもしれない。
脳味噌は面倒だ。ぐちゃぐちゃなのに加えて大体が一五〇〇グラムとなかなかな容積をしているので数をやっているとなかなかにキツい。
少女はバケツにたまっては持ち運んでいる商売道具ともいえる車輪付き焼却炉に流している。手伝おうかと思ったけれど、彼女は自分の仕事を取られるのを酷く嫌いうのでそれはやめた。
代わりに脳味噌が空っぽになって若干軽くなった死体を焼却炉まで運び、入れていく。
その時に肉の焼けた少しいい臭いがするのが本当に気持ち悪いところだろうな。
灼熱の炎に焼かれているこの死体の元持ち主も、今頃は「死んじゃったよー」などと呑気に話しているに違いないと思うと少し腹が立つ。
だが、そんなことで一々腹を立てていたらこの仕事は勤まらない。
また一体、また一体と死体を炎へと放っていく。
さっきは脳味噌の分軽くなったといったが、死体は生きている人間よりも重い。それか重く感じる。
血が、脳味噌が抜けている筈なのに生前よりも重いのは全身の筋肉が緩みきり、脱力しているからだと僕は思う。
あくまでこれは持論だが、死に間際の「体がやけに軽く感じる」なんて言葉はありえないと思う。体がダルくて仕方ない筈だ。
と、そんなことを考えてるうちにあらかた片付いたようで、フロアは綺麗になっていた。
「終わった」
「こっちもだ」
「……」
「……」
「帰るか」
「うん」
少女は服にいつも古いコートを羽織っている。跳ねた赤毛を隠すように目一杯フードをかぶって。彼女はあまり喋らない。要点とあとは……、
「串刺しってどういう感じかな」
死の感覚を聞くくらいだろう。
「喉を潰されるんだ断末魔も出まい。そのまま後頭部まで貫通するからな、即死だろう」
声なき死、といったところか。地面に槍を打ち付ける音しか響かない静寂の死だ。
「悲鳴すら上げられない死にかたなんて嫌だね」
さっきまで死体があったところを見て、そう呟く。
それはまるで、死にかたを探しているかのような顔をして。
僕らは大地人、蘇ることの出来ない人種。
僕らは死体回収者、天来人の死体を回収する職。
彼女は放浪者、死にかたを探しさ迷う者。
僕は過去の英雄、世界に捨てられた者。
これから始まるのは、そんな二人の死んだ物語。