18-2.新棟梁就任式、開幕
確かに、新垣拳示とウィリアム・ゴールドマンが、魔界でも一二を争う接近戦のエキスパートだという説明は麻衣から受けていた。新垣は人間だった頃に上地流という空手の達人で、世界大会で何度も優勝した経験があるのだそうだ。一方のウィリアム・ゴールドマンは、初期の総合格闘技で活躍した大スターだったのだが、男性同性愛者でかつ異性愛の男性を強姦するのが趣味というのが発覚して、警察の捜査の手を逃れているうちに悪魔化したそうだ。二人ともその腕力を買われ、短期間でそれぞれが所属する組織のトップに上り詰めている。
それを裏返せば、男尊女卑国とキャンプな奴らは、重要人物を就任式に派遣してくれたということにもなる。茜の話によると、実際にこれら二国とは近々新たな外交条約を結べるほど友好的な状態にあるらしい。
しかし、クレアにも述べたように、新垣もウィリアムも事前にレクチャーされたプロフィールでは伝わらない迫力があった。それが鍛えている肉体の持つ威圧感なのか、あるいは無駄のない所作によるものなのかははっきりしないが、とにかく近くにいるだけで「怖い」と思わせる何かだ。それほど詳細なデータがなかったデリックも同様で、三人とも普通の悪魔とは明らかに違う。特に新垣の手は、まるで牛の皮をなめしたように分厚かった。あんな拳で叩かれたらと思うとゾッとする。
「そろそろ始まるわよ」
志光がぼんやりしていると、クレアがモニターの一つを指差した。彼女がリモコンを操作すると、スピーカーから盛大なファンファーレが流れてくる。
モニターにはアリーナの中央に進み出る門真麻衣の姿が映し出された。スポットライトが当たると、ミニドレスで着飾った赤毛の女性はマイクに向かってしゃべり出す。
「みなさん、本日は新棟梁就任式にご出席いただきありがとうございます。僭越ながら司会進行を担当させていただく門真麻衣でございます。既にご存じかと思いますが、今まで棟梁として魔界日本の発展に尽くしてきた地頭方一郎は亡くなりました。しかし、彼の遺言によってご子息であらせられる地頭方志光氏が新棟梁として就任することが決まりました。このお目出度い日に、他国からのVIPにもご参加いただいております。また、みなさんにも祝っていただきたいという故人の遺志により、祝儀もお配りしております。それでは、私の話はこの辺にして、就任式の開会をさせていただきます」
すり鉢状の観客席から、麻衣に拍手の雨が降った。続いて美作純のアナウンスに従って、幹部連が一人ずつ登場する。
「そろそろね」
大蔵英吉の紹介が終わると、クレアが出立を促した。生唾を呑み込んだ少年は、無言で頷いてベンチを立つ。
背の高い白人女性は彼の衣裳の乱れを直すと、控え室のドアを開けた。
「…………」
そこでウニカもベンチから立ち上がり、志光の先導を務める。
控え室の前にいた見附麗奈の部下が二人と一体に気付いて声を掛けてきた。
「お疲れ様です。少し早いようですが……」
「雰囲気に慣れておきたいのよ」
「分かりました。それでは、この通路を少し左に行ったところで待っていて下さい。そこなら観客席からも見えません」
「ありがとう」
警備に会釈したクレアと志光とウニカは、彼女が指示した場所に立った。少年はそこで深い呼吸を繰り返す。
「腹式呼吸に切り替えたの?」
「ええ。麻衣さんからやり方は教わりました」
「いよいよね。挨拶の言葉は?」
「暗記してあります」
二人が言葉を交わしていると、幹部の登場が終わり来賓客の紹介が始まった。クレアも志光も口を閉じ、スピーカーから響く麻衣の声に耳を傾ける。
「今回は二国からVIPに来ていただいています。まずは〝女を殴る男は許さない。DV男を必殺の空手で一〇〇人以上殺害した希代のシリアルキラー〟男尊女卑国共同代表の新垣拳示氏です!」
禿げた中年男の紹介文が読み上げられると、観客席から大歓声が沸いた。口を半開きにした志光は、そのままクレアの横顔を見る。
「あら。どうしたの、ハニー?」
「あの人、そんなに人を殺してるんですか?」
「悪魔ですもの。当然でしょう?」
「いやいやいや! おかしいでしょ? それに、そんな話、僕は聞いてませんよ」
「あら、嫌だ。当たり前すぎて過書町も説明しなかったのね」
「そんな大事な情報を抜かすなんて雑すぎる……」
志光が頭を抱えていると、次の紹介アナウンスが流れ出した。
「続いては〝小学生の頃からマダムキラー。一〇〇人近い年上女性に貢がせまくり、最後には女の悪魔まで引っかけて自分も悪魔になってしまった生まれながらの女たらし〟男尊女卑国共同代表のデリック・バトラー氏です!」
両手を頭に乗せた少年に横目で見られても、背の高い白人女性はどこ吹く風と言った様子だった。
「あら。どうしたの、ハニー?」
「まあ、一〇〇人以上殺すよりはマシですけど、これもどうなんですか?」
「悪魔ですもの。もしかして、ハニーは私達が自らを悪魔と呼んでいるのが、ただの俗称とでも思っていたの? 悪魔化して半年以上も経つのに?」
「さすがに、それは無いですけど……」
「それじゃあ、実は正義の味方ごっこが大好きとか?」
「それはお断りです」
「だとしたら、現実と向き合うべきね」
クレアが顎をしゃくると、最後の来賓客の紹介が始まった。
「最後は〝超有名人! 総合格闘技創世記に無敗を誇り、格闘技マニアの間から聖人のように崇められていながら、その裏で一〇〇〇人以上のノンケ男性を強姦していた鬼畜〟、キャンプな奴ら共同代表のウィリアム・ドラゴン・ゴールドマン氏です!」
志光は片眉を上げた状態で、石像のように固まった。クレアは少年の背中を軽く叩く。
「ウィリアムが強姦魔という話は聞いていたんでしょう?」
「被害者男性の数が一〇〇〇人以上というのは初耳ですね」
「人数まで分かって良かったわね。そろそろハニーの出番よ。気持ちを切り替えなさい」
「…………はい」
小刻みに首を振った志光は、胸を張り首を引き、改めて麻衣の言葉に意識を集中した。やがて場内のざわめきが収まると、一際テンションが高い声でナレーションが開始される。
「それでは皆さまお待ちかねの新棟梁、地頭方志光氏の登場です! 拍手でお迎え下さい!」
新たな音楽が流れると、クレアとウニカはすっと身を引いた。彼女の代わりに二名の護衛が少年の背後につく。




