15―4.魔界銭湯
「あそこが魔界銭湯よ」
クレアが建物を指差すと、志光は大きく頷いた。
「あの外観は、どう見ても立派な銭湯ですね」
「地下の発電所の上に建てたの」
しかし、ソレルが説明を加えると、少年は目を見開いた。
「発電所?」
「そうよ。MCFCと呼ばれる燃料電池の一種ね」
「その名前を聞いたことが無いんだけど……」
「Molten Carbonete Fuel Cellの略称よ。日本語だと溶融炭酸塩形燃料電池ね」
「いや、日本名でも初耳だね」
「石炭ガスや天然ガスを利用して、発電を行う燃料電池の一種で、高温になるから発電用のタービンも回せるの。そして、ここからが大事なんだけど、発電の過程で水を生成するわ」
「水! それで発電と水の話がくっつくのか」
「そうよ。魔界日本における電力の多くは、この地下にある燃料電池でまかなっているわ。そして、発電の過程で生成された水は銭湯で使われる。そういう仕組みなの」
褐色の肌から受けた説明を聞いても、志光には発電のプロセスはさっぱり理解できなかった。水を生成するのだから、電気が発生する過程でH2Oができるのは解る。だが、その過程で溶融炭酸塩がどのような役割を果たすのかは謎だ。
美作純が自分に発電システムを説明しなかったのは、恐らくそれが理由だろう。ここまで専門的な話になると、ついていくのは不可能だ。
志光は知識の無い事象に考察を巡らせるのを止め、周囲に意識を向けた。魔界銭湯の入り口付近は悪魔でごった返していた。大屋根広場の時と異なり、彼らは志光たちを目にするとあからさまに驚いたり、近づいてきて顔を確かめようとする。
「ソレルさんですか? いつから戻ってきたんですか?」
と質問をしてくる悪魔もいる。ソレルは無言で手を振っていなしているが、いずれ大騒ぎになるのは火を見るよりも明らかだ。しかし、隣にいるクレアも表情を崩さない。二人とも、一体何を考えているのだろう?
志光は訝しがりながら、入り口の引き戸をくぐった。玄関には下足箱がずらっと並んでいる。その形状は銭湯にあるものと寸分の変わりもないが、尋常では無いほど広く、下足番らしき男性が複数いて客たちを見張っている。
「この下足箱、邪素を消費すれば壊せるよね?」
ボクシングシューズを脱いで下足箱にしまった志光は、下足札を抜いてから麗奈に質問した。ポニーテールの少女は、少年の疑念に即答する。
「壊せますよ。あくまで雰囲気を楽しむもので、本当に靴を守っているのは下足番です」
「脱衣所も?」
「同じですね。悪魔でも壊せない仕様にしたら、現実世界とは比べものにならないぐらい頑丈にしないと駄目なので」
「だよねえ」
麗奈の意見に同意した志光は、続いて待合室を兼ねたホールに移動した。ここも広い。しかし、悪魔たちが沢山いるために、ごった返している。宣伝効果を高めようと、わざわざピーク時を狙って来たのだが、そのことを差し引いても盛況のようだ。
ここでも、一行は注目の的だった。だが、志光はソレルに倣って薄笑いを浮かべるだけにして、首を回し脱衣場への入り口を探す。
脱衣場への入り口はすぐに見つかった。複数の男性が番台に座って入場料を受け取っている。
ただし、入り口は一カ所のみで男女に分かれていない。志光は悪魔たちが消えていく場所を指差して、茜に質問する。
「ここ、男女の仕切りはどうしているの?」
「無いですよ。混浴です」
「は?」
「ヤリチンさんは耳が悪いんですか? もう一度言いますね。混浴です」
「……そうなったのは父さんの意向?」
「私が聞いた話では違います」
「じゃあ、誰が?」
「入れば解りますよ。忌々しい。あ、そうだ。もう一度言っておきますが、貧乳を意味する全ての単語を使用することは禁止します。水星と木星も駄目です」
「……ひょっとして、その単語を禁止しにしたのは、魔界銭湯が混浴だったから?」
「それ以外の理由があるとでも思っていたんですか? ヤリチンさんもデカチンさんと並べられて、品定めされれば嫌でも私の気持ちが分かると思いますよ。まあ、脱衣所に入ったら、自動的にそういう状況になりますけど。自分が見る側だけに回れると思ったら大間違いですからね」
「それはキツイから勘弁してくれ」
志光と茜がやり合っていると、ソレルとクレアが肩をぶつけ合いながら二人の前に回り込んだ。彼女たちは少年の首根っこを掴むと、脱衣所に向かってずるずる引きずっていく。
「何? 何なの? 何なの!」
志光はわめきながら尻餅をついた状態で脱衣所の入り口を通った。中はやはり銭湯によくあるロッカーが並べられた空間だが異常に広い。ざっと見回しただけだが、四~五百人分はありそうだ。
クレアとソレルは、脱衣所の中央あたりまでやって来ると少年を放り出した。二人は腰に手を当てて周囲を睥睨する。
豊かな乳房を持った美女が並んで立っていると、主に男性の悪魔たちが彼女たちの周囲を取り囲んだ。その大半が下卑た笑みを浮かべている。
「そろそろ始めましょうか」
「勝負開始ね」
クレアとソレルはお互いの顔を見合わせてから、衣類を脱ぎ始めた。志光は下から二人を仰ぎ見つつあんぐりと口を開ける。
勝負開始? 何を言っているのだ? これは、誰がどう見てもストリップだ。
ひょっとして、クレアとソレルはどちらの身体がより魅力的かを競っているのか? だとしたら、彼女たちの周りにいるギャラリー共を追い払わない理由も分かる。
いつものように履いていたショートデニムパンツを脱いだソレルの下着は白のマイクロビキニ。これは、彼女が自分好みに合わせていたので予想がついていた。
一方、白いドレスを脱いだクレアの下着は、やはりマイクロビキニ。こちらの色は赤だ。どうやら、彼女も自分の趣味に合わせてくれたらしい。
妖艶な美女二人の下着姿にギャラリーからどよめきが漏れた。志光もしばらく彼女たちに見とれていたが、ふと気になって観衆に目を向けると、麗奈と茜が恨めしそうな面持ちでこちらを睨んでいる姿が飛び込んでくる。
少年は数秒だけ考えてから無乳組に向かって両手を合わせて頭を下げた。しかし、二人は憤怒の面相を大きく振ってみせる。




