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15―3.配松という悪魔

「どうぞ。無料です」

「ありがとうございます。でも、もう飲んでいるので……」

「あら、家に帰ってから飲んでも良いのよ?」

「いや、それより配松さんとお話がしたくてここまで来ました」

「私と? 貴男の名前は?」

「地頭方志光です。一郎の息子です」

「新棟梁さんね。話は聞いているわ。ドムスには行っていないけれど」

「どうして、ドムスに来ないんですか?」

 志光の質問を聞いた配松は少し驚いたようだった。

「私のこと、他の幹部から聞いてないの?」

「ここにいるのも、さっき聞いたばかりです」

「ドムスで開かれる会合を、随分ほったらかしにしていたのだから仕方が無いわね」

「邪素を配る係だという話は聞いています」

「理由は?」

「それは聞いてないです」

「解ったわ。私から話すのが筋ね」

 配松は数秒だけ左上を見てから、小さく頷いた。

「私、小さいときから他人に感謝されたくして仕方が無かったのよ。毎日、いつでも、誰からでも! それで慈善事業に関係したのだけれど、それでもまだまだ感謝されたいという気持ちが収まらなくて、悪魔化した後でも感謝されたい一心でこの仕事を一郎氏から貰ったの」

「邪素を配って感謝されたいと言うことですか?」

「そうなの。でも、ドムスでは私がいなくてもみんな自由に邪素を飲むことが出来るでしょう? そうなると、私が感謝される機会がほとんどないじゃない。だから、あそこに行くのは気が重いのよ。この仕事をしていれば、幾らでも感謝されるんだから!」

「なるほど、それでドムスには顔を出さないんですね」

「そうよ。でも、新棟梁は私の地位を保全してくれるのよね?」

「ええ。約束したとおりです」

「私から仕事を取り上げることは?」

「ありません。父との約束をそのまま履行していただければ、今の地位を保証します」

「良かった!」

 配松は心からほっとしたような表情を浮かべ、少年に無理矢理邪素のボトルを押しつけた。

「私からのプレゼント、是非受け取って頂戴」

「いや、だから…………」

 そこまで言いかけた志光の心中に、強烈な感謝の念が湧き上がってきた。少年は必死で涙を堪えながら、ピンクのドレスに頭を下げる。

「やっぱりいただきます。ありがとうございます!」

 顔を上げた志光は、配松から青白いオーラが立ち上っているのを見た。彼女は邪素を消費して何かをしているに違いない。ひょっとして、邪素を貰って泣きたくなるほど心を揺さぶられたのが、彼女のスペシャルな能力によるものだとしたら?

 そこではっとなった少年は背後を振り返った。ソレル、クレア、麗奈、茜は、少し離れた場所から泣きそうになっている彼を面白がっている。

 やはりそうだ。配松の特殊能力は、対峙した相手に「感謝の念」を湧き上がらせることなのだ。残りの四人が彼女に近寄りたがらないのは当然だろう。したくも無い感謝を本気でさせられるのが、気持ちの良い経験であるわけがない。

 そして、この能力は使いようによっては恐ろしい武器になる。ソレルが「悪魔らしい悪魔」と言ったのはもっともな話だ。

 配松なら相手に犬の糞を渡しても感謝させることが可能だろう。けれども、本当に怖いのは相手にとって価値のある物品を渡した時や、アドバイスをした時に、この能力を使われるケースだ。

 ただでさえ感謝したいと素直に思ったところで、その感情を強要されたらと思うとぞっとする。自分だったら、配松に頭が上がらなくなるに違いない。

「僕はこれから銭湯に行くので。また、お時間がある時にでもお話させてください」

 志光はそう言いながら後じさり、配松との距離を取った。魔界日本の新棟梁から感謝されたのが嬉しかったのか、ピンクのドレスは満面の笑みを浮かべながら手を振ってみせる。

「また来てね!」

 配松に背を向けた少年は、一目散に四人の元へと逃げ帰った。女性陣は笑いながら、涙目になった彼を迎え入れる。

「参った。なんで事前に彼女の能力を説明してくれなかったんだ?」

 志光はソレルをなじりつつ、彼女にボトルを手渡した。

「配松のスペシャルは、実体験しなければ危険性が実感できないからよ」

 褐色の肌は目を細めながら少年に回答する。

「ああ……そうかも」

「ソレルの言うとおり。配松の能力は一種のマインドコントロールなのだけれど、感謝、感動に特化しているから、口で説明しても危なさが伝わりづらいのよ」

 クレアがソレルに同調すると、志光も彼女たちの言い分を首肯する。

「そうだなあ。口で〝感謝を強要される〟と説明されても、〝だから何? それぐらい、別に良いじゃないか〟と思ってしまうかもしれない」

「ということは、新棟梁は配松さんの怖さが解ったんですね?」

 クレアに続いて麗奈が話に加わってきた。

「解ったよ。彼女が危ないのは、本当に相手が欲しい何かを持ってきて渡した時に、あの能力を使われることなんだろう?」

「そうなんですよ。それで、彼女のシンパになっている悪魔が、この辺に結構いるんです」

「彼女の能力なら、自分に感謝する悪魔を増やして魔界日本を占領できるんじゃないの?」

「しないと思います」

「どうして?」

「もしも、配松さんが棟梁の地位に収まったらどうなると思いますか?」

「……ああ、解った。執務時間が多すぎて、感謝されるために邪素を配る時間が無くなるんだね」

「そういうことです。彼女はただ感謝されたいだけであって、魔界の権力者になることには興味がないんですよ」

「なるほど……」

 志光が納得していると、一人だけ会話に参加していなかった茜が残りの四人に呼びかけた。

「そろそろ行きませんか?」

「そうしましょう」

 眼鏡の少女にクレアが呼応すると、一同は再び歩き出す。

 大屋根広場から別の通路に入って数分ほど歩くと、今度は入り母屋屋根の建築物が現れた。

 高さはそれほどでもないが幅は広く、端から端が見渡せない。恐らく、複数の棟を繋いでいるのだろう。屋根は瓦葺きの和風だが、建物自体は洋風なので、どちらとも言えない外観をしている。ただし、屋根のひさしは非常に長く、屋外にいる悪魔に邪素の雨が当たらないような仕組みになっている。

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