13―7.妥協
「お帰り!」
「ただいま。美作さんの作ってくれた武器のお陰で、魔物を四体も倒せました。ありがとうございました!」
「役に立ったようで何よりだよ」
「今後も、是非お願いします。それと、美作さんがいるということは、空港の管理も担当しているって事ですか?」
「ううん。空港も重要拠点だから、門真さんと見附さんの管轄だよ」
「じゃあ、なんでわざわざ出迎えに?」
志光が不思議そうな顔つきになると、純は急に悪い顔になって少年の耳元に口を近づける。
「仲介役だよ。キミをぶん殴った人とのね」
「ああ……」
紫髪の少女の説明に得心した志光は渋面を作る。
二人の様子を見ていたソレルとクレアは、手を振ってその場から立ち去った。志光はそれでも小声で話を継続する。
「麻衣さん、反省しているんですか?」
「反省していなかったら、ボクに仲介を頼まなかったと思うよ」
「なるほど。ソレルさんには、仲直りHをしろってアドバイスされたんですけど、美作さんはどう思いますか?」
「一番無難な解決法だね」
「DV夫と関係を維持する奥さんみたいで駄目じゃないんですか?」
「良いか駄目かと言われたら、もちろん駄目だよ」
「じゃあ、なんでそんな方法を推奨するんですか?」
「門真さんを敵に回したい? ちなみに、魔界には日本の警察はいないし、いたとしても彼女を止められるとは思わないけど」
「自衛隊の戦車部隊を呼んできて下さいよ」
「キミもなかなか言うねえ。じゃあ、キミはどんな方法があると思う?」
「五日前まで童貞だった僕に、そんな手段が幾つも思いつくわけ無いに決まってるじゃないですか」
「ボクも女性にはなりたかったけど、女性とのセ×クスはそれほど興味が無かったからなあ……」
「セック×の話をしているんじゃなくて、仲直りの方法を訊いてるんですよ!」
「ごめんごめん。門真さんが好きそうなもので釣るのがスジなんだろうけど、彼女が好きなものってボクシングを含む格闘技全般と×ックスとお酒だからなあ」
「野獣みたいな人ですね」
「自衛隊在籍時は〝朝霞のホーネット〟というあだ名で〝市ヶ谷のラプター〟と知名度を二分するぐらい有名なWACだったみたいだから、野獣と言うよりは昆虫だね」
「そんな話、聞かれたら撲殺されますよ! とにかく、酒は駄目です。仲直りするのに酒を飲ませるなんてあり得ない」
「でもセック×は嫌なんでしょ? そうなると、もうボクシングしか残ってないけど」
「僕は格闘技に興味なんて全くないから、ボクシングの話題なんて全然知りませんよ」
「詰んだね」
「あの……こういう時は何か気の利いたアイデアを出してくれる役目なんじゃないんですか?」
「ボクはあくまでも仲介役だから」
純は微笑みながら素早くバックステップすると、志光から距離を取った。彼女の視線が自分に向いていない事に気がついた少年は、慌てて背後を振り返る。
彼の斜めに後ろには、満面の笑みを浮かべた門真麻衣が立っていた。志光が何かを言う前に、赤毛の女性は彼との距離をすすっと縮めてしまう。
「志光君。君、ソレルとやることやったんだって?」
「あ、ああ……あれは、ですねえ」
「この前、トレーニングルームで一郎氏のお手つきを探していたの、あれは要するにソレルとしたかったってことなのかな?」
「ち、違いますよ! あれは、父さんと関係を持った女性とは……そのぉ…………関係を持つのは避けようかなあって」
「でも、ソレルとはやったんだよね? 言ってることと、やってることが逆じゃないかな?」
「それには色々事情がありまして……」
「事情? 胸が大きい女が良いとか?」
「そこに戻るんですか! それ、もう終わった話題ですよね?」
「自分の父親の愛人と合体しちゃったキミのせいで再燃したんだよ」
「あぶぶぶぶ」
「それで、申し開きは?」
「……胸の大きさは関係ありません。個人情報を使って脅されたんです」
「ふうん。で、どんな情報だったの?」
「……言えません。バレたら舌を噛んで死にます。それに、僕は麻衣さんの被害者ですよね?」
「そうだね。でも、被害者だからって何をやってもいいわけじゃあ無いんだよ。たとえば、自分の父親の愛人と合体しちゃうとか」
「あぶぶぶぶ」
「で、実際のところはどうなんだい? どうせ、アイツがエロい格好をしてキミを誘ったんだろう?」
「……YES」
「どんな格好だったんだい?」
「…………micro bikini」
「なんで英語っぽく喋るかな? まあ、いいや。とにかくヤツは極小面積の水着でキミに迫って来たんだな?」
「……YES!」
「それで、あの豊満ボディに水着の紐が食い込んじゃったりしたのがたまらなくて、ついつい最後までいたしてしまったと?」
「NO」
「あれ? 違うの?」
困惑した麻衣が頭に手を当てると、彼女に問い詰められたプレッシャーで偽外国人になっていた志光が真顔になった。少年は大きく首を振ると、強い調子で反撃する。
「違います。マイクロビキニを着てくれる女性なら、誰でもOKです。幼女も熟女も関係ないし、貧乳でも巨乳でも大丈夫!」
「そのこだわり、初めて聞いたんだけど」
「そりゃそうでしょう。僕もソレルさんに言い寄られるまで気がつきませんでした。それまでは、下着でも興奮できましたからね。皆さんのおかげで、今ではすっかり慣れてしまいましたが!」
「ああ……そういうこと。それまでは、女性の下着姿なら何でも興奮していたのが、経験を積むうちにだんだん慣れてきたのに、マイクロビキニなら今でも興奮できると?」
「YES! YES! YES!」
「アタシが着ても?」
「YEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEES!」
「解った。それで手を打とうじゃないか」
赤毛の女性は左手の親指と人差し指で輪を作ると、その中央に右手の人差し指を出し入れし始めた。
「アタシがキミの好きなマイクロビキニを着る。部下に着せても良い。それで、仲直りHをする。ソレルが必要以上に出しゃばらないようにね」
「やっぱりその方法で手打ちですか?」
「それ以外に名案がある?」
「ないです。でも、最後のソレルさんが出しゃばるというのがよく解らないんですが」
「アイツ、自分の地位を魔界日本の情報担当(愛人)にするって宣言していたよ」
「……なんですか、その(愛人)って」
志光は光の無い目で麻衣の顔を見つめる。
「情報担当は暫定的な地位で、いずれ愛人に復帰するという筋書きだろうね」
「お断りします」
「そんなの、ソレルは織り込み済みに決まっているよ」
「……あの人と一緒にいると、どんどん甘やかされて自分が駄目になっていく気がするんですよね」
「それがアイツの手だからね。アタシと共闘する気になったかい?」
「仲直りHが共闘なのは意味がよく解らないですけど、はい」
「おっぱいお化けにばかり良い思いはさせない、ということだよ。OK?」
「OK!」
志光が無表情のまま親指を立てると、麻衣は彼と肩を組んで格納庫から出立した。




