13―4.〝キャンプな奴ら〟のスパイ
「ここは?」
「ディスコよ。今日は一九八〇年代特集と言っていたから、ハイエナジーかユーロビートを流しているんでしょう。曲調もそんな感じだし」
「聞いたこと無い……かな?」
「ベイビーは、そもそもアニソンぐらいしか興味ないじゃない」
「な! 決めつけは良くない!」
志光が反論しても、ソレルは軽く受け流してカウンターにいる黒服に目で合図をした。青年も無言で微笑むと、女主人を入り口に案内する。
ディスコの内部は薄暗く、轟音が鳴り響いていた。中央にはダンスフロアが設置されており、激しく踊っている人影が見える。
カジノに比べると客数ははるかに多いが、彼らの大半はソレルの姿を認めても手を上げて挨拶するだけで、大仰な態度はとらない。志光はスピーカーから放たれるエレキベースの唸りに顔を歪ませながら、褐色の肌に付き従って、ディスコの奥へと進んでいった。数分後、二人はソファが置かれたエリアに到着する。
「あら、ミストレスじゃないの!」
ソレルがソファに腰を下ろすと、短髪の男性が近寄ってきた。流ちょうな日本語を喋っているが、その顔つきは絵に描いたような白人だ。頭を五分刈りにしているのに、分厚い唇にルージュを引いているのが目立つ。素肌の上からヒョウ柄のジャケットを羽織っているのも印象的だ。
「ミス・グローリアス! お久しぶりね」
褐色の肌は手を上げて男性に挨拶をすると、身振りで自分の隣にある空席を勧めた。ところが、グローリアスは首を振って志光の隣に座ると、彼の膝をなで回し始めた。
「ねえ、この子誰? 可愛いじゃないの。紹介しなさいよ」
ヒョウ柄のジャケットは少年への興味を隠そうともせず、オネエ言葉でソレルに質問を浴びせかける。
「私の新しい彼氏よ」
「まあ! あなた、イチローの愛人じゃ無かったの?」
「彼は死んだわ。一週間前に、公式なコメントが出なかった?」
「魔界の団体が出す公式コメントなんて、真に受ける悪魔がどこにいるの? それで、実際のところは?」
「私はイチローが死んだと思っているわ。そこで、彼が出てくるの」
「どういうこと?」
「彼の名前は地頭方志光。イチローの息子で、魔界日本の新棟梁になる予定なの」
「うそっ!」
「嘘じゃ無いわ。ただし、内密にお願いね」
「分かったわ。シコウ君? よろしくね。私はミス・グローリアス。〝キャンプな奴ら〟の日本担当官よ」
「初めまして、ミス・グローリアス。僕は悪魔になりたてなので、魔界の事情に疎くて〝キャンプな奴ら〟のことを知らないんですが……」
「Camp Gaysの日本語訳よ。主に英語圏に住む男性同性愛者が結成した団体というか国ね」
「ああ……なるほど」
「それで、就任式はいつになるの?」
「まだはっきりしたことは決まってないんです」
「決まったら、正式な使者をウチに出して。あなたが新棟梁なら、それなりの地位に就いているメンバーを式典に参加させるわ」
「ありがとうございます」
「イイコねえ。私も男性が新棟梁になるのに賛成だわ」
ミス・グローリアスは礼を述べた志光に抱きつくと、彼の頬にキスをした。ヒョウ柄のジャケットは続いてソファから立ち上がり、ソレルに向かって片頬笑む。
「シコウ君の話は内密なのね?」
「そうよ。内密よ」
「分かったわ。それじゃ」
ミス・グローリアスの姿が人混みに紛れると、志光は唖然とした相貌を褐色の肌に向けた。ソレルは必死で笑いをかみ殺しながら、少年の隣に座り直す。
「驚いた?」
「そりゃ驚くでしょう。あの人は〝キャンプな奴ら〟のスパイなんですか?」
「ええ。しかも凄腕よ。たぶん、魔界日本にいる男性同性愛者の三割近くは彼の知り合いでしょうね」
「でも、同性愛者だけで国が出来るというのは驚いたな」
「人間に比べて寿命が十倍の悪魔ならではね」
「ああ……人口が減って国が消滅するよりも、新しく悪魔化する数が多いのか」
「人間社会では起こりえないことも、魔界では起きるのよ」
褐色の肌はそこで言葉を切り、こめかみに指を当てた。彼女はその姿勢で十数秒ほど固まると、やおらソファから立ち上がる。
「私の〝蝿〟がクレアを追いかけてきた奴を見つけた。一階よ。ウォルシンガムとクレアにも情報を流しておいたわ。私達も行きましょう」
ソファから立ち上がったソレルは志光の手を引いた。二人は人混みを掻き分けエントランスから一階に続く階段まで動く。
「クレアさんを追ってきたスパイの名前は?」
「チェンバレンよ。アソシエーションのメンバーの一人だけど、同性愛者を極端に嫌っていることで有名なの。白人至上主義者でも、ちっともおかしくない輩ね」
「同性愛嫌悪で白人至上主義って、なんかアメリカのキリスト教原理主義者みたいだけど……悪魔なんだよね?」
「悪魔だし、同じタイプの組み合わせはロシアにも東欧にもドイツにもいるわよ。むしろ、あっちの方が本場じゃない?」
「言われてみれば、確かに」
「悪魔化できたからといって、人間だった時代の習慣や価値観を簡単に捨てられないのは、ベイビーが証明したばかりじゃないの?」
「そう言われると、反論が難しいな」
「さあ、無駄口はここまで。今からは囮役に徹してもらうわよ」
「了解」
志光は口を固く結び、階段を降りた先に意識を集中させた。建物の一階はデパートのような構造になっており、縦横に張り巡らされた通路の各所に、お店が構えられている。
一階は三階、二階のように、両開きの扉で仕切られているわけでは無く、その先にエントランスも無い。代わりに受付のような台が置いてあり、黒尽くめの青年が立っている。
ソレルは受付とは目も合わせず、悠然と通路を回遊し始めた。志光は彼女と歩調を合わせつつ、小声でフロアの概要を尋ねる。
「ここはデパートみたいな場所?」
「ええ。元々は、私と黒服たちが、わざわざ現実世界まで買い物に行かなくても、衣類や化粧品を揃えられるように備蓄していた倉庫だったのよ。ところが、それを欲しがる外部の悪魔が結構いたから、お店という体裁をとるようになったの」
「なるほど」
納得した面持ちになった志光は、首を振って褐色の肌の言い分を見定めようとした。
確かに、彼女が言うとおりのようで、フロアには化粧品、アクセサリー、女性用衣類、男性用衣類が混在している。統一感は無く、現実世界のデパートやショッピングモールでは、あまりお目にかかれない配置だ。




