11―3.脱抑制
「麻衣、聞こえる? こちらは四体倒したわ。そちらの状況は?」
「こっちは大塚駅と反対方向の坂道を上がってる。巣鴨新田駅近くの高校まで移動するつもりだけど、もう二体に張り付かれているみたいだよ」
「助けに行くわ」
「頼む」
赤毛の女性とのやりとりを終えると、褐色の肌は歩きながらタブレットを取りだして地図を確認した。
「ここよ」
彼女はタブレットに表示された高等学校の位置を残りのメンバーに見せると、足早に歩き出す。
「車を停めた駐車場の近くよ。行き違いみたいな感じになったわね」
「敵は攻撃してきますかね?」
「判らないわ。逃げるという選択肢もあるし」
ソレルは元来た道を引き返しながら、ふうっと息を吐いた。
「麻衣が見逃すわけがないでしょう? あの手この手で挑発しているに決まっているわ」
クレアは大股で歩いて褐色の肌を抜いていく。
「校庭に入った。相手もついてきてる」
一行が小走りになったところで、麻衣から通信があった。駐車場がある道路の右奥の闇に、四~五階建ての校舎が見えてくる。
校庭は校舎の奥にあった。校庭の周囲には、球技用の安全ネットが張り巡らされている。
「あそこの建物の屋根から入るわよ」
クレアはそう言うと邪素を消費して、安全ネットに隣接していた低いコンクリート製の建築物に飛び乗った。彼女はそこから更に跳躍し、ネットを超えて校庭へと侵入する。
志光も恐る恐るネットを飛び越えた。正確な数値は分からないが、八~九メートルはありそうだ。建物にしたら、二階建ての屋根から飛び降りるようなものだ。着地に失敗すると骨折してしまいそうで怖い。
だが、落下時の衝撃は少年に被害をもたらさなかった。他のメンバー達も次々と彼の周りに降りてくる。
校庭の中央には、門真麻衣が立っていた。どういうわけか片手に酒瓶のようなものを握っている。
赤毛の女性と相対している二体の魔物は既に変形を済ませているが、どちらも彼女に襲いかかろうとしない。暗がりのせいではっきりしないのだが、怯えているようにも見える。
志光は麻衣に近寄ろうとして、彼女から強烈なアルコール臭が漂ってくることに気がついた。どういうわけか、草餅に似た香りもする。
「やばい……」
鼻から息を吸った麗奈の顔が引きつった。残りの悪魔たちも足を止め、赤毛の女性への加勢をためらう。
仲間の様子を見た志光も立ち止まった。彼はポニーテールの少女に小声で質問する。
「やばいって、何がですか?」
「麻衣さんです。あの酒瓶、見えますか?」
「見えます」
「あれ、ウォッカなんですよ。普段飲んでいるのはストロングゼロだから、アルコール度数が九%なんですけど、〝戦闘をする時はチビチビ飲んでいられない〟って言って、アルコール度数が四〇%とか五〇%のウォッカをカブ飲みして……脱抑制が起きちゃうんです」
「要するに、酒乱ってこと?」
「普段はいい人なんですけど……」
「旦那のDV被害に遭ってる奥さんみたいな弁護は止めてくれ。絶対にまずいパターンじゃないか」
志光が口をへの字に曲げると、彼の脇に立ったクレアも眉根に皺を刻む。
「ハニー。近づいちゃ駄目よ。今の麻衣は見境が無いから……」
背の高い女性がそこまで言いかけたところで、麻衣の全身から青い炎が立ち上った。赤毛の女性は酒瓶を投げ捨てると、カニ男たちに向かって走り出す。
魔物は麻衣の足を狙って脚部を変形させた刃物状の手を地面すれすれで薙いだ。しかし、彼女は軽くジャンプして怪物の攻撃を避けてしまう。
「シッ!」
赤毛の女性は上半身を垂直に保ったまま腰を落とした姿勢で上半身を回転させ、右ストレートを放った。蜘蛛のような複数の眼がついた頭部に拳が当たると、カニ男は弾かれたように後方へと飛んで行く。
「マズいわね。力加減せずに相手をぶん殴ってるわ」
一体目の魔物が安全ネットに引っかかって消失すると、ソレルは作り笑いを浮かべながら後じさりだした。ウォルシンガム三世も彼女に同調する。
その間に麻衣は二体目の魔物に襲いかかっていた。彼女は大きく踏み込んで左フック、右ストレート、もう一度左フックというコンビネーションを怪物の頭部に叩き込み、そこから更に右ストレート、左フックを追加する。
魔物の頭部はハンマーで殴られたように凹み、原形を留めないほど破壊された。だが、全ての敵を倒しても、赤毛の女性から噴き上がる邪素のオーラは消える気配が無い。
「たぎるねえ」
彼女はそう言いながら、今度は味方に向かって歩き出した。
次の瞬間、ソレルとウォルシンガム三世が後方に飛んだ。ウニカ、クレア、麗奈もきびすを返して校庭から脱出する。
「え? ええ?」
独り取り残された志光は、世界最強のアル中が近づいてくる様子を、恐怖に見開いた眼で見つめていた。麻衣の眼は吊り上がり、瞳孔は完全に開ききっている。口から舌を出しているのが、まるで地獄の犬のようだ。
「志光君。ちょっと殴り足りないんだよね。アタシのパンチ、受けてくれる?」
「い、いや、結構です! 結構ですから! む、無理! 無理、無理!」
少年は両手を突き出して、赤毛の女性の接近を拒もうとした。しかし、彼女は大きくステップインすると、彼の右側の空間に立ち、突き出した手を易々と躱してしまう。
「シッ!」
麻衣はその状態から、志光のボディにロングアッパーを放った。
「ヴォッ!」
少年は悲鳴を上げる間もなく身体をくの字に曲げ、校庭から熱帯夜の空に向かって斜め上方向に飛び去っていった。




