11―1.偵察
アニェス・ソレルが所有するドイツ製の超高級SUVは、地頭方志光、クレア・バーンスタイン、見附麗奈、ウニカ自動人形、そして持ち主を乗せてSM系ラブホテルを出発すると、麻布通りから六本木通りに曲がって首都高に入り、護国寺出口で降りて護国寺駅、新大塚駅、そして大塚駅を通過すると、二車線の坂道を上ってゲートから離れたコインパーキングに停車した。
乗車時間は約二〇分。運転手はウォルシンガム三世と名乗る黒尽くめの青年だ。
ソレルの話によると、この人物は彼女の一番弟子で諜報活動に長けているらしいのだが、志光には彼の名前がルパ×三世よりも一億倍ぐらい陰湿な感じがした。仮の名前をエリザベス一世の秘密警察長官からとってくるとは、悪趣味も極まれりだ。
少年はSUVの中でバックミラーに映るウォルシンガム三世の顔をじっと見つめていた。陰気な青年も瞬き一つせず、志光の眼に視線を合わせてくる。
「ベイビー、ウォルシンガムとそんなに目を合わせて何がしたいの? 彼、ゲイよ」
中央左の席で二人の様子を伺っていたソレルが志光に問いかけた。すると、ウォルシンガム三世が何故か恥ずかしそうに目を伏せる。
「え? 嘘?」
「嘘なもんですか。そもそも、ヘテロセクシャルの男だったら私の傍らに置いたりしないわ。私、これでも操は固い方よ」
褐色の肌はそう言ってウィンクすると、一転して真剣な面持ちになった。
「始めるわよ」
彼女はそう言うと、全身から青白いオーラを立ち上らせる。光はやがて幾つもの粒に変わり、開け放たれた車の窓から外へと飛び出していった。
エンジンを停止しているせいでクーラーは使えず、車内はうだるように暑い。悪魔たちは各々が持ち込んだ容器で邪素を飲みつつ、ソレルの監視活動の結果を待っている。
「判ったわ」
三〇分ほどすると、褐色の肌は浮いてきた汗をハンカチで拭った。彼女はタブレットの液晶画面を指で押し、大塚駅周辺の地図を表示させる。
「敵が監視所として使っているのは、ゲートから二〇メートルほど離れたビルよ。一階は銀行とレンタカー店、二階から三階が商用のスペース、四階以上がマンションになっているわ。敵が借りているのは二階の事務所ね。そこに顔の上半分が蜘蛛みたいな魔物が四体詰めているわ。屋外にも何体かいそうね」
「それはカニ男ですね。銃器は使っていなかった。悪魔はいますか?」
タブレットを渡された志光は、地図でビルの位置を確認しながら質問する。
「いないわ」
「魔物だけか……」
少年はそう呟くと、タブレットをクレアに回す。
ソレルの説明によると、魔物の数は四+X体。つまり、最低でも五体ということだ。こちらは自分、クレア、麗奈、ウニカの四人。それにゲート側から門真麻衣の応援を期待できる。ソレルもウォルシンガム三世も、戦闘はそれほど得意では無いと自己申告しているので、戦力としてカウントするべきではないだろう。
「麻衣さんと話をして、攻撃するかどうかを決めます」
志光はサスペンダーに装着したホルスターから邪素無線機を引き抜くと、発話用のボタンを押した。彼の動作につられて、残りのメンバーも無線機にイヤホンを装着する。
「もしもし、志光です。麻衣さん聞こえますか? 敵の居場所が分かりました」
「待っていたよ。場所と数を教えてくれ」
イヤホンからは、麻衣の声が聞こえてきた。少年はソレルから教わった情報を繰り返す。
「敵はゲートの地上出口斜め前のビルの二階に拠点を構えているようです。一階には銀行とレンタカー店があります。判りますか?」
「判るよ。あそこか……」
「はい。そこには魔物が四体いるんですが、その他に地上を警戒して回っている魔物もいるみたいです」
「外にいる魔物の数は?」
「はっきりしないようです。だから、最低でも五体と戦うことになります」
「悪魔は?」
「いません」
「最低でも同数か。判断に迷うところだね」
「どうしますか?」
「ソレルに替わってくれるかい?」
「はい」
志光は無線機のボタンを放し、ソレルに顔を向けた。褐色の肌を持つ巨乳は頷いて、麻衣とのやりとりを開始する。
「麻衣、聞こえる?」
「聞こえるよ。キミの判断を聞きたい」
「敵のいる場所は商用の事務所で内階段よ」
「マンションみたいにジャンプして侵入ってわけにはいかないね」
「入り口は警備されていないわ。ただし、二階に続く階段とエレベーターの前には監視カメラが設置されている」
「カメラをジャックすることは?」
「無理ね。でも、私の蝿でカメラの前に映像を投影することなら出来るわ」
「それでOK。後はその事務所の間取り図があると嬉しい。メールで送ってくれ」
「了解。それで、結論は?」
「攻撃さ。当然だろう。リスクはアタシが引き受ける。残りの四体をそっちで始末してくれ」
「それで、あなたはどう動くの?」
「そっちの合図でアタシがゲートから出る。アタシが出たら、こっちに敵の意識が集中するだろうから、その隙に攻撃しろ」
「敵の事務所は二階だから、二階に上がってから合図をする必要があるわね」
「そうだね。作戦開始の合図はキミがやれ」
「でも、敵の近くで声は出せないわよ」
「指で無線機のマイクを三回叩け。それを二度以上繰り返したら作戦開始だ。アタシはゲートの地上出口の内側にいる。五秒で出る」
「解ったわ。それじゃ」
会話用ボタンから指を離したソレルは無線機をホルスターに仕舞うと、改めてハンカチを出して額を拭った。
「話は聞いた通りよ。作戦開始の合図は私がやるわ。全員降車。武装の準備も忘れずに」
褐色の肌の発言に頷いた悪魔と自動人形は、武装の有無を確かめてからSUVを降りる。
東京都の条例によると、未成年は深夜〇時以降に外出することが禁止されている。現在の時間は十二時直前だ。パトロールをしている警官に麗奈やウニカを見られるのはマズイ。
……ウニカはいつ見られてもホラー案件になりそうな気もするが、今はそこまで考えている余裕が無い。




