9―1.新興宗教団体『真道ディルヴェ』
『真道ディルヴェ』は教祖である信川周が創唱した新興宗教である。従って、神道、仏教、キリスト教などの、それ以前にあった古くからの宗教とは直接的な関連性は無い。
ただし、ディルヴェの公式見解では失われた古墳時代の祭祀と関係があるとされ、教団のシンボルは勾玉となっている。
ディルヴェの大きな特徴は「媒介者」と呼ばれる聖職者的地位の人物が結界を張り、常世に住む稀人と交信してご託宣を受けるか、あるいは稀人そのものを召喚して信者の悩みを直接解決させるという点にある。
要するに、神様のような存在が実際に現れて信者と行動を共にしてくれるのだ。このアイデアが受けに受けて、ディルヴェは短期間で成長した。
信徒数は公称三百万人。これは日本国内で第四位の規模である。
言うまでも無いことだが稀人の正体は悪魔で、常世の正体は魔界だ。「媒介者」とは悪魔の存在を知っている人間だ。彼らは何らかの便宜を図る、あるいは金銭的代償を支払うことによって、悪魔達を使役している。そして、その頭目が信川周ということになる。
地頭方志光は、過書町茜から『真道ディルヴェ』の概要を聞きつつ、前方後円墳型の建築物の偉容に目を奪われていた。真っ白な建築物の前方部分は集会所で、約一万人の信者を収容することが可能だそうだ。後円部分が教団本部の機能を果たしている場所で、一階がレストラン、二階が事務所、三階から上が教団幹部の執務室になっている。
オペラの劇場を想わせる集会場の通路を下り、舞台の脇にある非常口から建物の外に出た志光と茜は、そこで残りの三人と一体に合流し、レストランの入り口をくぐった。冷房が効いた広い室内には、食べ物の香りが微かに漂っている。
円形のビルの中央部には巨大なエレベーターが設置されていた。魔界のドムスと同様に、この建築物も地下部分が大きく作られており、信者の休憩室や倉庫を兼ねているとのことだった。
一行は人間の警備員に守られている幹部専用のエレベーターに乗った。大蔵が最上階のボタンを押すと、エレベーターが上に向かって動き出す。
最上階はガラス張りの待合室になっていた。デザイン重視のソファと机が、間隔を空けて置かれている。また、室内の縁に沿って緩やかな螺旋階段が設けられていた。大蔵はその階段を手で志光に示す。
「この上が教祖の執務室です。我々の代表は貴方ですから、一番先を歩いて下さい」
「はい」
志光はそう言うと、階段の手すりに手をかけた。彼の後を見附麗奈が追う。
階段を上りきった空間には、陽光が降り注いでいた。建築物の上部には巨大な円形のガラスがはめ込まれており、下から鉄骨で補強されている。全周もガラス張りなのは下の階と同じだ。
室内の家具は極端に少なく、巨大な執務用の机と秘書用の机、それに何脚かの椅子が置いてあるだけだった。信川とおぼしき人物は、執務用の机の前に立っていた。
年齢ははっきりしないが、五〇代以上なのは間違いないだろう。白髪を短く刈り、灰色のスーツに身を包んでいるせいで、とても宗教家には見えない。
日本人にしては上背もそこそこあり、しかも痩せている。面相も中高年向けのファッション誌に出ていてもおかしくない程度に整っている。
志光は白髪の老人の前に立つと頭を下げた。老人も頭を下げてから手を伸ばしてくる。
「初めまして。『真道ディルヴェ』の開祖、信川周です」
「初めまして。地頭方志光です」
周の手を握った少年は、老人の手首に球と勾玉を組み合わせたブレスレットが嵌まっているのを見た。志光の視線に気づいた周は、笑いながらブレスレットを見せびらかす。
「気に入りましたか?」
「格好良いですね」
「後で同じモノを差し上げます。我が教団のシンボルですよ」
「過書町さんから聞きました」
「彼女のご両親は、我が教団の信徒ですからね」
「え!」
「なるほど。そのあたりの事情は、まだお知りにならないようですな」
「ええ……びっくりしました」
「よろしい。残りの人達は、恐らく全ての事情を理解していると思いますので、私の方から簡単に説明させて下さい」
「はい」
志光が同意すると、周は噛んで含めるような調子で『真道ディルヴェ』について語り出す。
「我が教団は、私の創唱で始まったことになっていますが、事実は異なります。最初から協力者がいました。地頭方一郎氏、つまり貴方のお父様です」
「父がディルヴェの設立に関わったということですか?」
「はい。その目的は、現実世界と魔界を繋ぐ組織が欲しかったことと、日本人の悪魔を一人でも増やすことでした」
「どうしてそんなことを?」
「理由は私にも分かりません。ただ、彼はそれを欲していた。私は当時、大学の文学部で宗教学を専攻していて、この手の話に詳しかった。そこを一郎氏に見込まれたんだと思います」
「ちょっと待って下さい。信川さんのお年は幾つですか?」
「六〇歳です」
「当時、大学生だったということは……三〇年以上前ですよね? もう父は悪魔だったんですか?」
「ええ。一郎氏の外見は青年そのものでしたが、既に相当な年齢だったはずです」
「ああ……そういうことですか」
「憧れましたよ。不完全ですが、人間に比べればはるかに寿命が長い。私も悪魔化したかった……残念ながら、素質が無くて今に至りますが」
「なるほど……」
「教団設立当初、金銭的な支援をして下さったのは一郎氏でした。稀人役を買って出たのも彼だった。私は教祖の役を演じるだけでしたが、順調に信者は増えました……ただ、決定的だったのは二〇一一年に起きた東日本大震災です」
「どうしてですか?」
「一つは、一郎氏の命令により、悪魔たちがディルヴェの信者救済活動に従事したからです。道路が壊滅的な状況でも、悪魔なら何とでもなった。この救済活動がきっかけで、北関東から東北にかけて、ディルヴェの信者数が一気に増えました」
「確かに、それは増えそうですね」
「ただし、ここまでの話ならそれなりの美談で終わるのですが、悪魔ですから続きがあります」
「?」
「これも一郎氏の発案で、ディルヴェの信者を中心に産業廃棄物処理の会社が立ち上げられたんです。『株式会社エターナルエコ』と言います」
「まさかと思うんですけど、震災で出来た瓦礫やガイガーカウンターが振れちゃうような産廃を処理するのに悪魔が関わってるんじゃないですよね?」
「そのまさかです」
「たとえば、産廃を魔界に持ち込んで捨てているとか?」
「おやおや! なかなか察しが良いですな。さすが一郎氏のご子息だ。エターナルエコの処理能力は、通常の会社の一〇倍ですから、あらゆる自治体から引っ張りだこですよ」
「最悪だ」
「悪ですから!」
信川は嬉しそうに笑うと志光の肩を抱いた。




