5-3.助言
「話が脱線したから元に戻そう」
「はい」
「ボクも含め一郎さんの配下の悪魔の大半は、彼が何か秘密の目的があって息子さんを隠していると思っていた。実は、この疑惑は今でも変わっていない。変わったのは、息子さん本人ですら、父親の目的を知らなかったと言うことだ。それはキミのリアクションを見ていれば嫌でも解る」
「父さんとは一度も会ったことが無いし、魔界のことも知りませんでした。それは事実です」
「恐らく、一郎さんの真意を知っている者がいるとすれば、ソレルぐらいだろう」
「アニュエス・ソレルですか?」
「うん」
「その名前は何度も聞いたんですが、一体どんな人なのかを誰も説明してくれないんです」
「それはそうだろうね」
「どういうことですか?」
「ソレルは一郎さんの愛人、つまりキミの母上にとって泥棒猫みたいな存在だからさ。もっとも、魔界に現実世界の規範を持ち込んで批判するのは意味が無いんだけど」
「ああ……そういうことだったんですか」
志光は口を大きく開き、二度ほど小さく頷いた。
なるほど。どうりで誰も詳しい話を説明したがらないわけだ。もっとも、会ったことも無い父親とその愛人に対して、怒りの感情は湧いてこない。それに、純も言っていたようにここは魔界だ。平均的な日本人の道徳観など通用する場所では無いのはなんとなく解る。
「どうやら、怒る気はないようだね?」
「ボクは父親の顔も知らないんですよ。どうやって怒れって言うんですか?」
「確かに。じゃあ、ソレルがキミに接近してきても、特に何も感じない?」
「そりゃあ、人間同士……じゃなかった悪魔同士にも相性はあるでしょうから、嫌いなタイプだったら仲良くはなれないでしょうけど」
「ブランドが大好きで、虚栄心が強くて外見もチャラチャラしているけど、悪魔としての実力は超一級だ」
「……仲良く出来る自信が急に無くなってきました」
志光の解答を聞いた純は、笑いを堪えきれず両手で顔を覆った。
「駄目だ。キミのそういう正直なところは嫌いじゃ無い。困ったな」
「嘘ついても仕方ないですし……」
「ただ、ソレルがいるかどうかで魔界日本の戦力はだいぶ違う。キミはソレルと上手くやるべきだ」
「頑張ります」
「また話が脱線してしまったね。元に戻そう。ボクはキミが一郎さんの考えていたことを知らないと確信している」
「はい」
「そこで、キミと一緒に一郎さんの真意を知りたくなった。だからキミに協力することにした」
純はそう言うと志光に右手を差し出した。少年は紫髪の少女、正確には少女の容姿をした男性の手を握り返す。
「ありがとうございます」
「ボクは製造担当の立場からキミをサポートするよ。ただし、今から言うアドバイスは絶対に実行して欲しい」
「なんですか?」
「一つはさっきも言ったソレルの扱いだ。彼女は一郎さんが失踪して一年後、彼の遺言によって魔界日本の一部だった〝虚栄国〟を与えられて独立した」
「凄い名前ですね……」
「行けば嫌でも理由は解るよ」
「はあ」
「ただし、ソレルはこの遺産を喜んでいない。彼女は性格的に行政官には向いていないし、権力にも興味が無いから、むしろありがた迷惑ぐらいにしか思っていないはずだ」
「それで大工沢さんが、ソレルが復帰したがっていると言っていたんですか?」
「ああ。彼女が〝虚栄国〟の長になって一週間しか経っていないが、一刻も早くその地位から解放されたいと思っているのは間違いないだろうね」
「僕はソレルさんを受け入れれば良いんですか?」
「その通り。ソレルはキミを試す目的で無理難題に近いことをふっかけてくるはずだ。それを倍返しぐらいの条件で受け入れるんだ」
「倍返しって、具体的にはどんなことなんですか?」
「彼女が自分に十億の価値があると言ったら、二十億ぐらい払うんだ」
「ええ! そんなに?」
「ソレルには余裕でそのぐらいの価値はある」
「分かりました」
「次は門真さんと見附さんと、キミとの関係だ」
「あの二人がどうしたんですか?」
「彼女達がキミを担ぎたがっているのは理解しているね?」
「はい。二人は最初から僕を新棟梁にするつもりだったみたいですね」
「魔界日本が、他の勢力から侵食されていることも理解しているね?」
「はい」
「門真さんと見附さんは、我々の中では武闘派だ。奪われた領土を全て取り返すつもりだし、そのためには犠牲を厭わないと思っているはずだ」
「ということは、僕も二人に同調しないといけないんですか?」
「その通り。他の政治的事案はさておき、領土問題に関してだけは、神輿であるキミが二人に同意しないと彼女達との間に溝が出来る」
「あの二人はそんなに好戦的なんですか?」
「魔界日本で戦闘を担当するトップとその腹心だからね。相手に隙があればガンガン攻め込んでいきたいはずだ」
「僕がそれを押しとどめてはいけない、ということですよね?」
「そうだ。もしもキミが慎重論を述べれば、腰抜けとか男らしくないと思われるだろう。それはキミにとってあまり嬉しくない結果をもたらす」
「男性扱いしてもらえないってことですか?」
「勘が良いね。ボクのような外見になっておけば、例外扱いしてもらえるだろうけど、キミには女装趣味も女性化願望もないだろう?」
「ありません」
「それなら、ボクが話した通りに振る舞うんだ」
「はい」
「ボクはその面でもキミをサポートする立場になる」
「どういう意味ですか?」
「奪われた領土を取り返すためには戦いは避けて通れない。戦うためには補給も込みで大量の武器が必要だ。そして、ボクは魔界日本における兵器の製造責任者でもある。たぶん、最初に戦争をする相手は白誇連合で、時期はキミが新棟梁に就任してからだろう。ボクはその前の段階で武器の増産について計画を立てないといけない。門真さんや見附さんからのオーダーを聞きながらね。その過程で、キミ専用の武器も作ってみるよ。それでいいかな?」
「お願いします! 正直に言いますけど、専用武器はやっぱり欲しいですよ」
「まあ、男の子だったら仕方ないよね。ただ、それに関しても真面目に考えるから、門真さんにも話を通すよ」
「構いません」
「ちなみに、服と靴のサイズは? 今日は着の身着のまま魔界に来たんだろう? 替えの服を用意するよ」
「ありがとうございます。服はMサイズなら何でも大丈夫です。靴のサイズは二十六センチぐらいだと思います」
立ち上がった志光は純に向かって頭を垂れた。紫髪の少女は片目をつむって応答する。彼女は椅子を退かすと、少年に手を差し伸べて出口までエスコートする。




