39-2.史上最強のマインドコントローラー・ナザレ(2)
「分かった。十字架が見えたら、僕は本を読んでやり過ごすことにするよ。本は気を紛らわせるのには最高だ。昔はこんなもの無かったから、自分の部屋で戸を閉めてお祈りするのが関の山だった」
ナザレの約束を耳にしたマグダラは、納得した面持ちになると車の運転に専念した。一行はやがて舗装されたメキシコ連邦高速道路一号線に出ると、三叉路を左折して北上し、すぐ側にある平屋のコンビニエンスストアの前で停車する。
マグダラはそこでスマートフォンを出すと、電話機能を使用した。しかし、通話はせず呼び出し音を三回鳴らしただけで切ってしまう。
しばらくすると、コンビニエンスストアから一人の男が姿を現した。男はナザレのように日に焼けており、髪の毛も縮れていたが、背は低かった。赤いジャケットに青いズボンを穿いた小男は、ランドクルーザーの姿を認めると歩いて近づいてくる。
「主よ。お土産です」
後部座席のドアを開けた男は、手首にぶら下げていたビニール袋をナザレに手渡した。袋の中身は赤ワインが入ったボトルだった。
「ラセットのジンファンデルです。地元の赤ワインですよ」
「ありがとう、カナ。地元と言うことは、ここで作られたものかい?」
「メキシコワインの大半は、バハ・カリフォルニアで作られたものよ」
カナの説明をマグダラが補足した。ナザレはワインボトルを眺めてから口を開く。
「僕はどうも誤解をしていたようだ。このバハ・カリフォルニアという場所は、南米から運んできた麻薬の中継基地だとばかり聞いていたから、ワインを作っているなんて想像もしていなかったよ」
「いつもの悪い癖よ、ナザレ。ソドムじゃあるまいし、バハ・カリフォルニアに住んでいる人たちの大半は善人よ。麻薬の密輸を実際にしているのは、ティファナやメヒカリにいる犯罪者だけ。その辺は、アメリカとの国境に隣接しているから、密輸がしやすいのよ」
マグダラにたしなめられたナザレは、両手の平を車の天井に向けた。
「それは失礼。〝毒麦〟にばかり気持ちが動いてしまうのは僕の悪い癖だな」
「でも、今回はその失礼な奴らに用があるんですよ」
女性二人の後ろの席に座ったカナは大きく伸びをした。短躯の男が居住まいを正すと、マグダラが車を発進させる。
「それじゃ、今回の計画の話をさせて貰います」
ランドクルーザーが再びメキシコ連邦高速道路一号線を走り出してしばらくすると、カナが改まった口調で話し出した。ナザレはワインのボトルをビニール袋に戻して応答する。
「お願いするよ」
「今回の目的地は、エル・マルモル。エル・ロサリオから車で二時間ぐらいの場所にある廃墟です。元々はオニキスの採掘場だったんですが、採算が合わなくなって廃山になった場所ですよ。で、この近辺の土地を自然観察のための宿泊施設に変えようという計画が出た」
カナはそこで話を止め、周囲の反応を伺った。寡黙な二人の女性はもちろん、ナザレもマグダラも口を開こうとしない。
「何も質問は無いようですね。では、続きを。この宿泊施設の建設計画は、バハ・カリフォルニア州の許可を得て用地が取得され、建築物の一部が建てられた段階で資金繰りが悪化して中止になりました。これを買いとったのがマフィアがバックにいる不動産会社です。彼らは宿泊施設を計画通りにオープンせず、工事用の柵を残したまま放置しました。ただ、廃墟というわけでは無く、常時人がいます。マフィアがここで麻薬や銃器の保管を始めたんです。組織の名前はエル・アビスパ。スズメバチという意味ですよ」
「どうして、砂漠の真ん中で犯罪行為を始めたの? 麻薬の密輸が盛んなのは、カリフォルニア州との国境に隣接した、ティファナ、メヒカリ、それに小さいけどテカテぐらいじゃないの?」
「それらの都市部では警察の取り締まりが厳しいからですよ。特にコカインはメキシコマフィアにとっても輸入品で、南米からバハ・カリフォルニアの南側の湾口から入ってくる。それを大型トレーラーなんかに積み替えて運ぶのに、街中は目立つ」
マグダラの質問に短躯の男は回答した。車を運転していていた女は、頷いて同意する。
「なるほどね。アタシはそれだけで十分よ。ナザレは?」
マグダラから話を振られたナザレは、腕を組んでしばらく考えてから質問を口にした。
「カナよ。僕が聞きたいのは、たった一つのことだけだ。彼らは〝毒麦〟かい?」
「間違いなく。彼らは違法な手段で富を蓄え、隣人を殺し、その妻を寝取っています」
「それなら〝束にして焼く〟しかないだろう」
「はい。〝束にして焼いた〟ら、残った銃器を回収します。最低でも自動小銃が二〇〇丁ほどあるはずです。すべてアメリカからの密輸入品で、連射が可能なように改造されています。銃弾も一万発ほどあるようです。心許ない数ですが、これも回収します」
「一応、確認だけど、その情報は間違いないのね?」
カナの計画説明が終わると、マグダラが念を押してきた。短躯の男は自信満々な口調で回答する。
「マグダラ様。貴女が〝教団〟の二番目だったとしても、それは酷い言い草ですよ。この中で、俺ほど〝毒麦〟の扱いに長けた者はいません。最初は粋がっていても、一〇分も経てば泣きながら何でもさえずるようになります。今だって、そうでした。皆さんがドライブに行っている間、俺はマフィアの幹部を躾けていたんですよ。そこをもう少し評価して貰っても良いと思うんですがね?」
カナの回答に、マグダラは顔を歪めた。〝教団〟の二番目は労いの言葉を彼にかける。




