38-16.一撃
「あああああああっ!」
体内に生じたアルコールのせいで一瞬だけ動きを止めた触手の上に、志光はヘッドスライディングのように着地した。少年は直ちに立ち上がり、魔物が動き出すより一瞬早く駆ける。
足から降りられたウニカは、志光よりも早く触手の根元に達し、二段目の触手の攻撃を引きつける囮役になった。触手モンスターが自動人形につられている間に、少年は目的地に到達する。
「ソレル!」
八角棒を真っ黒な空に向けた志光は、無線機のマイクに大声で怒鳴りつけた。すぐさま褐色の肌から指示が飛んでくる。
「もう少し斜めよ……そう! 良いわ。撃って!!」
「シッ!!」
志光は全ての邪素を消費する勢いで肺から息を吐き出した。彼が両手で保持していた八角棒は、一本目よりも速く暗闇を切り裂いて上昇する。
棒は陣笠の形状をした装甲の裏側にいた、風船を思わせる複数の魔物を貫通して破壊した。浮力を失った魔物は装甲の重みに耐えきれず、徐々に下降を始める。
しかし、志光には射撃の成果を確認するだけの余裕は無かった。麻衣のスペシャルによって一時的に動きが止まっていた触手は既に暴れ始めていたし、二段目にある触手をウニカが引きつけているのも限界だ。
ドリルピットに偽装したタングステン棒もあるが、対戦車ライフよりも破壊力が上というだけで、触手モンスターに致命打を与えられる可能性は低い。つまり、一刻も早く魔物の本体から離れて仲間のいる場所に戻るべきなのだが、どうやれば帰れるのか見当もつかない。
志光が戸惑っていると、振り下ろされた触手に軽々と飛び乗って彼の元に駆けてくるクレアの姿が見えた。背の高い白人女性は無線機もラハティも持っておらず、魔界迷彩の雨合羽も脱ぎ捨て、白い下着のみというおよそ戦場には似つかわしくない格好をしている。
彼女は触手の上を根元まで走りきり、固まっていた少年をすくい上げ、お姫さま抱っこの体勢にすると、元来た道を引き返す。
「クレアさん!」
志光が予想外の事態に驚いていると、クレアは一瞬だけ少年と目を合わせて笑い出した。
「最初に大塚駅で会った時も、こんな感じだったわね!」
「確かに!」
「私にしっかり捕まっていて!」
「はい!」
志光の返事を聞いたクレアは、とてつもない運動神経でのたうつ触手の上を走り、その先端から飛び降りた。彼女の後をウニカがついてくる。
沈殿池前の広場に降り立ったクレアは、速度を緩めず仲間のいる場所まで駆け戻った。麻衣、ソレル、ヘンリエット、麗奈が彼女を迎え入れる。
「相変わらず、頭のネジが全部抜けてるな」
赤毛の女性が背の高い白人女性の蛮行を褒めそやした。志光を地面に下ろしたクレアは、邪素の雨で濡れる髪を指で梳く。
「ハニーも大概だけどね」
「僕は麻衣さんとソレルにそそのかされただけで……」
志光がそこまで言いかけたところで、ソレルが空を指差した。
「見て! 落ちてくるわ!」
褐色の肌が指し示した空間に、大きな何かがゆっくりと降りてくるのが見える。
それは、陣笠のような円錐形の装甲の内側に、葡萄の房のようにまとまった、男の顔の形をした巨大な風船の集まりだった。しかし、風船にはまだ浮力が残っているようで、その落ち方は緩慢としている。
魔物の姿を目にした麗奈は、すぐさま無線で部下に命令する。
「全員工場の門まで撤退!」
ポニーテールの指示を聞いた隊員たちは、一斉に触手モンスターから離れて後退した。彼らと銃火を交えていたドローンに乗った敵兵も後方に消えていく。
志光はクレアの背負っていた無線機を背負い、仲間と一緒にその場から逃げ出した。その間に装甲が施された風船は、触手の真上に落下して、円錐形の先端で鱗のような装甲を貫いた。
魔物の体内から、触手を動かすために必要だった莫大な邪素が噴出した。それは真っ黒な地面に青く輝く液体の流れを作って広がった。
志光は後じさりながら二匹の魔物の様子を伺ったが、どちらも黒い塵になる様子は無い。まだ致命的な一撃を受けていないのだ。少年は大型無線機のマイクを使って湯崎に連絡を取る。
「湯崎さん、聞こえますか? 地頭方です」
「坊主か。そっちの様子は?」
「上空で砲撃の邪魔をしていた魔物を撃ち落としました。ただ、下にいた触手も死んでません!」
「俺に止めを刺せってことだな?」
「お願いします!」
「すぐにでも砲撃できるが、そっちは魔物と距離を開けてるのか?」
「一分後にお願いします。位置はさっきと同じです」
「了解。砲撃に巻き込まれるなよ」
「はい!」
ごま塩頭との通話を終えた志光は、周囲にいる女性陣に警告した。
「一分後に迫撃砲の攻撃がある。全員、工場の外まで撤退!」
「了解!」
麻衣がそう唱えると、一行は一目散にその場から走り去る。
空から迫撃砲の弾が降ってきたのは、それからきっちり一分後のことだった。ジャガノートに隠れて砲撃を見た時と異なり、今回は間近だったので爆風も爆発音も桁違いに大きく感じられる。
志光は分離した邪素を溜めるプールがある建物の上から立ち上る炎を無言で眺めた。他のメンバーも周囲を警戒しつつ、大型迫撃砲による破壊の祭典に心を奪われている。
「砲撃完了。不発弾に気をつけて、生存兵の捜索に入れ。こちらも機雷を避けつつ、敵の脱出が無いかどうかを調べるため、船を製造工場側に回す」
大型無線機から、湯崎の声が聞こえてきた。志光は頷いて返答する。
「了解。今から生存兵の探索を行う」
志光の台詞を耳にした麻衣と麗奈は、部下たちと共に生き残った敵兵を狩り出す準備を開始した。ソレルは無線で増援を依頼する。
後方から来た応援部隊には、ヴィクトーリアと彼女が引き連れてきたマゾ男性たち、そして過書町茜の姿もあった。火薬の臭いを嗅いだ眼鏡の少女は、顔をしかめてから志光に挨拶する。




