38-15.跳躍
だが、彼らは触手の攻撃範囲から離れた途端、クレアと麗奈による下からの正確な射撃に晒された。たちまち二機のドローンが撃墜される。
残りの二機も、きびすを返してあたふたと触手の上空に逃げ帰った。これで、敵のハラスメント能力は半減したことになる。
「ヘンリエット! あの棒をくれ!」
「はい、喜んで!」
ヘンリエットはどこで覚えたのか怪しい日本語で元気に返事をすると、志光に自分の八角棒を差し出した。二発目の偽装弾を受け取った少年は、クレアと麗奈に目配せして触手モンスターのいる場所まで戻る。
上空からの狙撃で仲間を失っても、麻衣と彼女の部下たちは奮戦を続けていた。志光は自分の頬をはたいて気合いを入れ、改めてソレルに上空の敵について尋ねる。
「ソレル。どこから撃てば良い?」
「……そうね。そこにある魔物の触手の根元当たりに乗って、ほんの少しだけ、せいぜい三度ぐらい曲げれば良いはずよ」
「さっき撃ったやつは当たってるの?」
「ええ。でも外皮に当たって威力が削がれているみたい。致命打にはなっていないわね。敵は攻撃力まで削って装甲に重量を割いているのよ」
「分かった。問題は触手の根元まで行く方法だな」
「触手が振り下ろされた瞬間に飛び乗るしかないわね」
「そんなアクションゲームみたいな真似ができるとでも?」
「私がいればできますよ」
志光がソレルのアイデアを却下していると、ヘンリエットが企ての成功を請け合った。少年は唇を舐め、ビキニアーマーに確認をとる。
「まさかと思うけど、さっきウニカにやったみたいに、金砕棒で僕を投げ飛ばすとか?」
「そうです。ただ、体重の関係で、さっきより勢いよくやらないと難しいですね。母からマゾ男性を投げる訓練を受けていますから、大船に乗った気持ちでいて下さい!」
「戦艦大和に乗った気分だよ」
「沈没してから改造されて、イスカンダルに行くやつですね。名前だけ知ってるんですが……」
「宇宙戦艦の話をしてるんじゃない! 僕が言いたいのは……」
志光がそこまで言いかけたところで、目を吊り上げた護衛役のウニカが少年に近づくと、みぞおちにパンチを叩き込んだ。呼吸ができなくなった少年は前屈みになってウニカをなじる。
「お前……僕の護衛じゃなかったのか?」
自動人形は、返答の代わりに自らがヘンリエットに投げ飛ばされた時の様子を身振り手振りで演じてから、今度は志光の腹を爪先で蹴った。
「分かった。分かったよ。お前も飛んだんだから、僕にも飛べって言いたいんだろう? 飛ぶよ。飛びます」
再び前屈みになった少年は、卑屈な態度で飛翔を誓う。
ウニカが志光に暴力を振るっている間に、ヘンリエットはライオットシールドを金砕棒に固定した。奇妙なショベルのような道具ができあがると、ビキニアーマーは少年に準備の完了を告げる。
「ご主人様、できました! このシールドの内側に乗って下さい」
「あ、ああ……ありがとう」
志光は気が乗らなそうな態度で、魔界日本における正妻に礼を述べた。続いて二人と一体は、クレア、ソレル、麗奈と一緒になって触手モンスターのすぐそばまで移動する。
彼らの行き先には麻衣の姿があった。赤毛の女性はボクシングのバックステップの要領で触手の攻撃を避けると、直ちに前進して射撃をするというルーチンを機械のように繰り返している。
「麻衣さん!」
志光は後退した麻衣に声を掛けた。少年の存在に気づいた赤毛の女性は、魔物に顔を向けたまま返答する。
「準備はできたのかい?」
「はい。触手の根元から上空を攻撃します」
「触手は見ての通り絶賛稼働中なんだが、どうやって接近するつもりなんだい?」
「ヘンリエットに放り投げて貰うことになりました」
「マジで?」
「僕は嫌だったんですけど、ウニカに強制されたんです」
「ウニカが? なるほどね。手伝うよ」
「え? 止めてくれないんですか?」
「どうして? アタシたちの棟梁らしいじゃないか。見栄えも良いぜ」
銃の安全装置をかけた麻衣は、背筋を伸ばして肩を回した。彼女の代わりにすかさず麗奈が銃を触手に向ける。
「この触手にもアタシのスペシャルが効くかどうかを試してみたんだが駄目だった。どうやら沈殿池に溜まった邪素を馬鹿みたいに消費しないと動けないらしくて、アタシが酒に変えてもすぐに別の邪素が入ってきて、どこかに流されてしまうみたいなんだ」
軽いストレッチを終えた麻衣は、流れるようにファイティングポーズをとった。
「ただ、一秒ぐらいなら、叩いた触手だけは動きを鈍らせることができる。お姫様は、アタシのタイミングに投げられるかい?」
「はい! 触手の動きを観て、タイミングを掴みます」
「よし。じゃあ、アタシがステップインしたら、志光君をぶん投げろ」
「喜んで!」
二人のやり取りを聞いた志光は覚悟を決めた。彼はヘッドセットの位置を調整してソレルにお願い事をする。
「ソレル。僕が触手の根元に着いて腕を上げたら、その瞬間に角度の指示を頼む」
「ベイビー、任せて頂戴。今度こそしくじらないわ」
「信じてるよ」
志光はそれだけ言うと、ウニカを真似てヘンリエットが地面に置いたライオットシールドの上にしゃがんだ。続いて自動人形が肩車の要領で彼の肩に乗ってくる。
「準備できました」
志光が言葉で合図すると、麻衣の両手が青白い炎に包まれた。ヘンリエットも邪素を消費しつつ、赤毛の女性が飛び出す瞬間を待つ。
麻衣は彼らの前面で少しずつ魔物に近寄った。やがて攻撃が彼女に届く距離になると、触手が波を打つように動き出す。
すると、麻衣は斜め左に深くステップインした。先ほどまで彼女のいた場所を触手がしたたかに打つ。
「シッ!」
その瞬間を狙って、麻衣は巨大な触手に左フックを叩きつけた。青白い炎に包まれた彼女の拳が鱗のような装甲に触れると、内部の邪素をアルコールに変化させる。
そして、赤毛の女性が行った一連の動作と並行するように、ヘンリエットも動いていた。彼女は地面に置いた金砕棒を掴むと、それを梨割りの要領で力一杯振り回す。
金砕棒に固定されたライアットシールドの上に乗った志光とウニカは、ヘンリエットの一振りで宙を舞った。頭から怪物に突っ込んだ少年の眼前に巨大な触手が迫ってくる。
分かっていた事だが、触手モンスターの図体はとんでもなく大きい。よくもこれだけの図体をソレルから隠しおおせたものだ。




