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36-12.拇指拳

 スペシャルを使って水平にハンガーに加速をつけて地面と水平に飛ばせば、的を外した時に無関係な人間に当たる危険がある。しかし、宙を飛びながら斜め下方向に撃てば、敵に避けられても地面に当たって四散するだけだ。


 志光はゼロコンマ何秒かの間に白人少年の姿を発見した。生け垣の間を走っているが、通路が短く幾つも曲がり角があるせいで速度はそれほど出ていない。チャンスだ。


「シッ!」


 志光が歯の間から息を勢いよく吐き出すと、手にしていたハンガーが高速で斜めに下に向かって発射された。それは空気を切り裂いて直進し、白人少年の後頭部を直撃する。


 彼は二、三歩歩くと黄土色のタイルの上に突っ伏した。だが、その肉体は黒い塵に変化しない。


 ハンガー射出後に着地した志光は、白人少年をピックアップするため足を前に踏み出した。そこに魔物が三階から飛び出してくると、長い腕を横方向に振る。


「痛っ!!」


 怪物に脛をなぎ払われた志光は転倒した。彼が歯を食いしばりながら即座にその場から転がると、魔物の二撃目が空を切る。


 志光は更に転がってから立ち上がり、魔物と対峙した。魔界日本の棟梁は、敵のリーチより遠い距離で再びオーソドックススタイルになる。


 志光は呼吸を整えつつ相手を観察した。


 目の前にいる化け物を無視して白人の悪魔を追いかけるのは難しい。すぐに加勢が来なければ、この怪物を倒したところで引き上げざるを得ないだろう。


 相手は腰より低い位置で手を鞭のように横方向へと振って、こちらの脚を引っかけようとしている。つまり、手しか使わないボクシング対策は出来ているわけだ。


 生身の人間であれば詰んでいる状況だろう。だが、悪魔なら話は別だ。


 強く地面を蹴れば、一回のステップインで数メートルを飛ぶぐらいは造作も無い身体能力の持ち主にとって、数十センチから一メートル程度のリーチ差を詰めることは容易だ。もちろん、敵も同じだけ後ろに下がれば、そのたった数十センチが命取りになるわけだが、これまで見た限りでは、魔物がそこまで先読みして動く可能性は低い。


 志光は両足のかかとを浮かせ、前進の機会をうかがった。悪魔と魔物が睨み合っていると、エスカレーターがある場所から新垣が飛び出してくる。


「!」


 志光は無言で白人少年を転倒させた方向を頭で示した。禿げた中年男性は即座にその意味を理解すると、一度だけ頷いて走り出す。


 二人がやり取りする隙を狙って、魔物が地面すれすれで腕を振り回した。志光は即座に後退し、敵の攻撃を空振りさせる。


 練習の繰り返しで麻衣に叩き込まれたバックステップは実戦でも通用した。志光は相手の右腕が戻るのに合わせて前方に飛び込むと、右ストレートを打つように上半身を旋回させてから、戻す勢いでロングの左フックを放つ。


 バレエダンサーが顔を正面に向けたまま身体を回すように、少年は伸ばした左腕を右方向に回し、内屈させた青い拳を化け物の顔に引っかけた。


「シッ!」


 少年が歯の間から息を吐くと、魔物の頭部は斜め下に加速して黄土色のタイルに激突する。


 日本人に対する差別感情を具象化したような化け物は、頭部が破壊されるとそのまま黒い塵と化した。敵が消滅したのを確認した志光は、すぐさま新垣を探しにその場を後にする。


 禿げた中年男性は生け垣と地階へ続く階段の入り口に挟まれた通路に立っていた。彼の数メートル先には、追い詰められた白人少年がいる。


 新垣は志光の到着を察したようで、振り返りもせず軽く肩をすくめた。すると、それが合図だったかのように、白人少年が彼の懐に飛び込んでくる。


 突き出した両手を下から上に伸ばすようにして体当たりしてくる敵に対して、新垣も手を開いて突き出した腕を回して対抗した。両者の腕が絡まると、体重が軽い白人少年の体勢が崩れてしまう。


 そこで新垣は開いた手の親指だけを手の平の内側に曲げた。彼はその手を前のめりになった白人少年の眼窩に叩きつける。


 空手家に打撃を加えられた悪魔は、電流が走ったように全身を硬直させ、続いて膝から地面にしゃがみ込むと黒い塵になった。新垣は両腕を体の前で交差させ、押忍の姿勢を取った後で身体を半回転させる。


「拇指拳を叩き込んでやりました。女に手を上げる奴は許しません」


 志光は禿げた中年男性の男性の発言に、黙って頷いた。男尊女卑国代表が放つ視線には、反論したら拇指拳を叩き込まれそうな殺気が含まれていた。


「ベイビー! そっちの様子は? 凄い勢いで警察官が集まってきてるわよ!」


 敵を排除し終えた二人が気を抜いていると、ソレルの金切り声が無線機を通して伝わってきた。ハッとした面持ちになった志光は、ボタンを押して質問をする。


「こっちは敵を倒した。逃げられそうな方向は?」

「すぐ脇にある東池袋公園から、左側にある道路を直進して。ヨーコさんと過書町は既に逃げ出しているわ」

「ありがとう!」


 志光はそこで通話を中断すると、新垣に脱出を促した。


「逃げましょう。こっちです!」


 少年はサンシャイン広場の端に向かって走り出す。


 ビルの四階の屋上に作られた憩いの場のすぐ脇には、東池袋中央公園があった。二人の悪魔はコスプレイヤーや彼らを目当てに集まったカメラマンをすり抜けるようにして手すりを乗り越え、公園の敷地に飛び降りる。


 落下する悪魔たちを目にしたコスプレイヤーたちから悲鳴が上がったが、森に木を隠すように、派手な格好をした集団の中では、覆面の二人組もそれほど目立たなかった。志光と新垣はざわめく人間たちの間を掻き分けてまんまと公園を脱出し、道路を池袋とは反対方向に向かって走り出す。


「サンシャインシティから逃げた! 次はどうする?」

「そのまま直進して、山手線にかかる陸橋を渡って! 反対側についたら、すぐに右折すると閉鎖した銭湯があるわ。その中に入って」

「了解!」


 志光と新垣はものの一分も経たないうちに、サンシャインシティから一キロほど離れた陸橋に到着した。そこで速度を人間並みに落として右折すると、すぐ側に銭湯の建物が見える。


「銭湯に着いた」


 志光が小声でマイクに語ると、即座に褐色の肌から返事がきた。


「すぐ中に入って。女湯の方よ」

「了解」


 志光は大きな引き戸を狭く開き、身体を銭湯の中に滑り込ます。

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