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36-7.『そば助』での食事

 男尊女卑国の二人は悪目立ちするに違いないが、過書町茜が戦力として計算できない以上、もしも敵を見つけた時には新垣を頼るしかないため、別行動という選択肢はない。


 志光が脳内で今後のシミュレーションをしていると、ソレルが邪素無線機とホルスターと真っ黒な全頭マスクを二つずつ持って彼に近寄ってきた。


「ベイビー。クレアから聞いたわよ。また作戦変更なの?」

「変更じゃ無いよ。方針を決めただけだ」

「この無線を持って行って。ウォルシンガムが警察の動向を、私が敵の捜索を指揮するわ。後はマスクも忘れないで。東京にはそこら中に監視カメラがあるのよ」

「頼むよ。できるだけ早く、警官を襲っている連中を始末したい」

「ベイビーと新垣氏には囮役をお願いするわ。大塚ゲートを正面から出て、ゆっくりと徒歩で池袋まで向かって。ただし、教団のビルがある雑司ヶ谷方面は避けて」

「どれぐらい時間をかければ良い?」

「最低でも三時間は欲しいわ。ルート上にあるお店に出たり入ったりして時間を潰して」

「分かった。計画の内容は新垣さんに伝えてあるの?」

「もちろんよ。快く承諾してもらったわ」

「助かるよ」

「後はウニカの対応も今のうちに決めておいて。あの子はベイビーの命令しか聞かないのよ。でも、今は外出させられないでしょう?」

「そうだな……」


 指で顎をつまみ、そのまま数秒思案した志光は、ウニカのいる方向に顔を向ける。


「ウニカ。ヘンリエットと一緒に行動してくれ」

「……」


 自動人形は返事の代わりに無言で頷いた。


「それじゃ、行ってくるよ。後はよろしく」


 褐色の肌に別れの挨拶をした少年は、彼女に渡されたセットの一つを茜に預けると、新垣とヨーコがいる場所まで歩いて行く。


「お待たせしました。そろそろ行きますか?」

「そうしましょう」


 禿げた中年男性がニヤッと笑うと、東洋系の派手な女性は彼の太い腕に自らの腕を絡めた。志光は無言で茜を見ると、彼女は渋々という感じで手を伸ばしてくる。


「クレアさん。後は頼みます!」


 少女の小さな手を握った少年は背の高い白人女性に声を掛けてから、中年カップルと一緒に警備室から屋外に続く通路へと足を踏み出した。大塚ゲートの通路は、地上出口がホワイトプライドユニオンに発覚してから段階的な改修が施され、最初は直ぐ近くに、今はかなり離れた場所に新たな出入り口を設けていたのだが、一行は敢えて駐車場に続く古い経路を辿る。


「棟梁。それで、我々はどう動けば良いのですか? ソレルさんからは時間を潰せと指示されているが、私もヨーコもこの近辺の地理には疎い。一応、地図は頭に入れておきましたが、土地勘がないので細かいところまでは分からない」

「まず、食事をしましょう」


 スマートフォンを手にした志光は、歩きながらロックを解除すると大蔵英吉から教わった美味しい飲食店の一覧を画面に表示した。少年は店名を見ながら螺旋階段を上がり、地上に出て一旦停止したところで禿げた中年男性にお伺いを立てる。


「『そば助』という蕎麦屋は如何ですか?」

「時間を潰すのに蕎麦ですか? すぐに出来るのが売りなのに? 時間をかけるなら、フランス料理店かうなぎ屋が良いのでは?」

「たらふく食べたら、いざという時に動けないのでは? それに、大蔵さんが教えてくれたお店の中では、一番新しくオープンしているので内装も綺麗らしいんですよ。ついでに、近くにカラオケ店が三つもある」

「なるほど。この四人でカラオケですか。良いでしょう!」


 新垣はヨーコと顔を見合わせてから大笑すると志光の提案を受け入れた。四人は坂道を下りて右折すると、かつて少年が文覚と密会したラブホテルの脇を通り抜けて大塚駅の北口に達し、そこから北大塚商店街に入ってすぐ右手にあるビルの一階に到着する。その間に、四人は邪素無線が正常に作動するかどうかを試しつつ周囲を警戒していたが、敵襲はおろかその影すら見えなかった。


 『そば助』の入り口は透明なガラス戸で、中に置かれた白木の椅子とテーブルが見える。一般的な蕎麦屋と比べると店内は広くて明るい。


「ここですよ」


 先頭に立って店のガラス戸を開けた志光は、新垣にそう言うと暖簾をくぐった。店員が四人を席に案内してくれる。


 着席した一同は、運ばれた水を飲みながらメニューに目を通した。志光の説明で、大蔵のお勧めがクリーミィカレーと鳥つけ蕎麦だと知った新垣はカレー、残りの二名は鳥つけ蕎麦を頼む。


 禿げた中年男性の予想通り、注文から十分も経たないうちに店員が蕎麦を運んできた。いずれも蕎麦とつゆが別だが、つゆは大きな丼に入っており、しかも醤油の色をしていない。


「ほう……蕎麦つゆと言えば、原料が醤油と相場が決まっているのに、ここは違うと言うことですか」


 新垣は物珍しそうにヨーコが頼んだつけ蕎麦のつゆに視線を向けた。彼の頼んだカレーも、蕎麦屋のものにしては粘度が低くて和風な感じがしない。


「僕も初めてなので、味は分かりません。大蔵さんの解説によると、ここのつゆは醤油を一滴も使わない塩出しだそうです。いただきます」


 少年は部下の受け売りをしてから箸で蕎麦をつまんで、丼に入ったカレーつゆに浸けてからすする。


 大蔵の説明通り蕎麦つゆは塩味で、そこにスープ状のカレーが混ざっている。いずれにしても、その味は今まで蕎麦屋で食べたものとは異なる上に美味い。


「おおう。これは美味いですが、私の知っている蕎麦とは別物ですな」


 志光がカレー汁の中に入っていた鶏肉の塊を頬張っていると、向かいに座った新垣が同じような感想を口にした。残りの二人も異論は無かったようで、「こんな蕎麦は食べたことが無い」という趣旨の発言をしながら麺を平らげている。


 新垣が危惧したように、一行は席に座ってから三〇分も経っていないのに蕎麦を平らげてしまった。志光は追加で食事を頼むことも考えたが、戦闘に参加する可能性があるため、満腹になるわけにはいかなかった。


「では、そろそろカラオケにでも行きますか」


 少年の逡巡に気づいた新垣が木椅子から腰を上げた。するとイヤホンから響くソレルの声が悪魔たちの鼓膜を震わせる。


「ベイビー。聞こえるかしら? 状況が変わったわ」

「過書町さん! お勘定を頼む。僕は外で話をしてくる」


 志光は眼鏡の少女にそう告げると、慌てて蕎麦屋を飛び出してすぐ近くの路上で褐色の肌に応答する。

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