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36-2.姉妹対決

「地頭方、久しぶり! なんかやつれているみたいだけど大丈夫?」


 ツインテールは最初は笑顔、続いて心配そうな面持ちになりつつ、少年に手を差し出した。彼は苦笑しながら彼女の手を握る。


「お久しぶり。色々あって休む暇が無かったんだ」

「ここの女性たちが、順番に乗っかってきていたんでしょう? 私も呼んでくれれば良かったのに」

「さっきまで点滴して回復していたのに? 君まで参加してきたら僕は死ぬ」

「大丈夫よ。〝死ぬ死ぬ〟言っている間は気持ち良い証拠だから」

「そういう意味の死ぬじゃない!」


 志光が立腹しても、ヴィクトーリアは笑うばかりで馬の耳に念仏だった。少年は諦めて話題を変える。


「ところで、ここに来たのは助っ人に来てくれたってことなの?」

「もちろんよ! 約束したでしょう? いざという時は、私が指揮官になって駆けつけるって」

「覚えてるよ。ありがとう」

「私の部下は、この建物の前で荷物の上げ下ろしを手伝っているわ。それが終わったら、私と合流して、地頭方の指揮下に入る予定よ」

「じゃあ、ヴィクトーリアは僕と一緒に動く事になるのか」

「そうよ。同盟の内容を忘れていた?」

「いや、覚えてるよ」

「良かったわ」


 ツインテールはそう言うと、少年に顔を近づけてきた。


「現実世界への補給が済むまで、まだ時間はたっぷりあるんでしょう? 今のうちに親睦を深めましょうか」

「今日はお断りする。僕はすっからかんだ」

「大丈夫。ちゃんと振れば、一滴ぐらいは出てくるわ」


 ヴィクトーリはニコニコしながらジャケットのポケットからバイ×グラのフィルム錠剤を取り出した。顔を歪めた志光が後じさると、彼女はその分だけ前進して距離を詰めてくる。そこで、二人の様子を伺っていたソレルの背後からヘンリエットが顔を覗かせる。


 少女はいつものオーガンジードレスではなく、ヴィクトーリアが着ているブレザーとうり二つの衣裳を身につけていた。彼女は微笑みを浮かべながら姉と婚約者に近づいていく。


「お姉様、そこまでにしてください。ご主人様は私の許嫁。お姉様とシェアするつもりはありません」


 笑っているはずの妹のこめかみが、どういうわけか引きつっているのを目にしたツインテールは志光からすっと身を引いた。彼女は名残惜しそうに少年を見ながら、ヘンリエットに謝罪する。


「悪かったわ。でも、シェアする気が起きたら教えてね」


 ヴィクトーリアが逃げ出すと、ヘンリエットは大きく溜息をついた。出入り口で立っていたソレルが手を叩いて彼女を褒めそやす。


「〝女王の中の女王〟の娘同士のやり取りには迫力があるわね」

「脅すような真似をお姉様にするのは気が引けますが、ご主人様を守るためですから仕方ありません」

「ありがとう、助かったよ」


 志光はそう言うと婚約者の頭を撫でた。ヘンリエットは嬉しそうに顔を赤らめる。


「喜んでいただけましたか?」

「もちろんだよ! ウチの女性陣は、どういうわけか嫉妬の感情が薄いから、ヘンリエットみたいな態度をとってくれると〝愛されているんだな〟って実感が沸いてくるよ」

「あの、ご主人様。私は嫉妬で姉を追い払ったわけではないのですが……」

「……じゃあ、なんであんな態度を?」

「ですから、ご主人様を姉から守るためです。母や姉は見かけこそ可愛らしいですが、マゾ男性を調教する専門家です。ご主人様には申し訳ありませんが、あの二人に勝てる可能性はありません」

「その話は前にもしていたけど、ヴィクトーリアってそんなに凄いの?」

「以前、ある男性悪魔が姉や母を挑発したことがあるんです。〝女尊男卑国と言っても、本当はマゾ男性が女性に手加減して成立しているファンタジーみたいな場所だろう〟って」

「…………それは、相当危険な発言だね」

「はい。一時間もしないうちに、その悪魔はお尻の穴に姉の手を突っ込まれて白目を剥いて許しを請うていました。ちなみに、今でも姉の奴隷です」

「………………確かに、それは勘弁して欲しいかなぁ」

「分かっていただけたようで良かったです。それに……」


 ヘンリエットは再び笑みを浮かべると、手近にあった古代ローマ風の椅子を持ち上げた。


「私が本気で嫉妬すると、ご主人様もこうなりそうなんですけど大丈夫ですか?」


 彼女はそう言うと、椅子を両手で左右から押さえつける。哀れな家具は、次の瞬間にはバラバラに砕け散った。


 志光はその様子を目の当たりにしながら前言を撤回する。


「ヘンリエット。君の言うとおりだ。いちいち嫉妬するのは良くないね」

「ですよね! たとえば麻衣さんとクレアさんとソレルさんと麗奈さんと、そして私がご主人様の取り合いをしたらどうなるかなんて、想像するまでもないと思うんですよ」

「ヘンリエットと麻衣さんがやり合ったのは見たけど、あれがもっと激しくなるところは想像したくないな」

「ちなみに、私は腕力では正妻にも麻衣にも勝てないから、爆発物で勝負するわよ。ベッドルームにブービートラップを仕掛けられたい?」


 ソレルがヘンリエットに加勢すると、志光はたまらず両手を挙げた。


「勘弁してくれ。自分の部屋を地雷原にするのは嫌だ」

「当然ね。現実世界の約束事を持ち出すのはおかしいけれど、中国では妻と妾が同居するのが当たり前だったから、嫉妬をしない女性の方が良いとされたのよ。ベイビーも、そういう価値観で女性を判断すれば良いんじゃないかしら?」

「昔、中学校の先生が、中国には恐妻家が多いって言っていたんだけど……」

「家の中で男性より女性の方が多ければ、怖いのは当然でしょう? 実感はないの?」

「あるね」

「それは良い事ね。そろそろ時間よ」


 ソレルはそう言うと手を二回叩いて志光とヘンリエットの注意を惹いた。


「麻衣たちと合流しましょう。ドムスの外で指揮を執ってるわよ」


 褐色の肌の一言で一同は警備室に立ち寄り、魔界迷彩の雨合羽を羽織るとドムスの外に出た。そこには荷捌き用の上屋テントが設置され、邪素の雨に濡れないようにしながら悪魔たちが働いていた。


 彼らの多くは車が運び込んだ物資をコンパクトにまとめ、大型のスチール台車に乗せるとゲートに続く道に向かって移動を開始する。志光は、その中に仕伏源一郎の姿を発見した。偉丈夫も少年の姿を見つけたようで、軽く頭を下げて挨拶をしてくる。


 魔界の高い気温もあり、その場にいる全員が汗みどろになっていた。魔界にいるのは悪魔だけだが、人海戦術という言葉がぴったりの現場だった。

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