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35-2.上陸用舟艇

 だが、悪魔たちは司のガンを完治させた青い液体である邪素を吸収しなければ、超人的な力を発揮できなかった。この邪素を手に入れるためには、人間には進入不可能な魔界と呼ばれる特殊な空間に、合わせ鏡を使って作る〝ゲート〟から入る必要があった。


 この〝ゲート〟の所有権を持っている悪魔こそ、魔界における支配層だった。日本では地頭方一郎という男が、もっとも権力のある悪魔だとされていた。


 だが、司は彼の率いる魔界日本には加わらなかった。女である門真麻衣に使役されるのが、どうしても精神的に耐えられなかったのだ。


「キミは女性嫌悪ミソジニーだな」


 赤毛の女性は呆れかえった面持ちで元ガン患者の偏向を指摘した。彼は無言で肩をすくめたが、それは自身の振る舞いに自覚があったからでは無く、女性に殴り倒されるのが嫌で嫌でたまらなかったからだった。


 だから無事に返済が済むと、司は真道ディルヴェからも魔界日本に属する悪魔たちからも距離をとった。邪素を呑まなければ、数日で超人的な力を発揮できなくなるのは解っていたが、社会人経験がそれなりにある自分は、そんな幼稚な万能感に浸らなくても生きていけると信じていた。


 彼の決意は半年もしないうちに揺らいだ。邪素を呑んだ時に発揮できる圧倒的なパワーで、自分に刃向かってきた人間共を、蜘蛛の子を蹴散らすように粉砕する快感が忘れられなかったのだ。


 魔界日本は支配層に臣従する悪魔たちには無料で邪素を配布していたが、そうで無い者たちには金と引き換えに分け与えていた。また、そのための施設が池袋や麻布にあった。


 司は実家を出て再度上京すると、それらの施設の常連になった。邪素を消費して良からぬ仕事に手を染めることで報酬を得て、それを使って新たな邪素を買い求める。彼の行動は、まるで麻薬のために犯罪を働く中毒患者のようだった。


 空しさを抱えたまま、しかし魔界日本に入りたくない司を救ってくれたのは、主に魔界への物資輸入を担当している大蔵英吉という悪魔だった。彼は現実世界で活動する時間が長いため、魔界日本で暮らしたくない悪魔たちとも一定以上の面識があった。


「女と上手くつき合えないんだって? だったら女っ気のない職場で働けば良いじゃないか」


 ヨレヨレのスーツを着た男が、そう言って紹介してくれたのが湯崎武男だった。元自衛官で魔界日本の軍事を担当するこの人物は痴漢だったが、何故か司とウマが合った。


 また、湯崎の周囲には魔界日本の支配層、特に一郎が抱えている女性陣とは距離を置きたい悪魔たちが集まっていた。その雰囲気を気に入った司は、英吉に頼んで彼らの仲間に入れてもらうことにした。


 こうして、元ガン患者は正式な魔界日本の住民になり、湯崎の部下から一年近くかけて歩兵としてイロハを叩き込まれた。基礎的な軍事訓練が済むと、彼はこれまでの経歴を買われて、魔界日本における軍事物資全般のチェックを担当することになった。


 司は大量の資料を集め、兵器に使用する素材が適切か否か、購入した物品に欠陥がないかどうかを調べることによって品質管理に貢献し、魔界日本で製造を担当する美作純とも懇意になった。


 しかし、男性でありながら女性の外見をしている純との付き合いに大きな支障が無かったことから、司の女性嫌悪はかえって酷くなった。「やはり俺が女性と上手くいかなかったのは、女という生き物が馬鹿だからだ」という妄想が強化されてしまったのだ。


 そこで司は湯崎や純の影になった。元ガン患者が自らドムスに赴いて魔界日本の支配層と交流することはない。けれども、彼がいなければ魔界日本における製造業のクオリティコントロールは低下してしまう。


 特に司が魔界日本の住民になってから数年後に始まった輸送船建造において、彼は必要不可欠な存在として、地頭方一郎から指名を受けて仕事に就くほど、その存在を評価されるようになった。元ガン患者が参加した計画は、魔界の海が現実世界の海に比べると干潮差が少ないという特徴から、喫水が浅い船舶でも長距離の運用ができるだろうという見込みで、上陸用舟艇じょうりくようしゅうていを改造したものを就航させようというもので、模倣対象になったのはLanding Catamaran、あるいはL-CATと呼ばれる双胴型、具体的には細長い胴体の船舶二隻の間に大きな板を渡して、この上に荷物を載せるというタイプの船舶だった。


 計画は比較的順調に進み、一〇〇トン近くの荷物を運搬できるL-CATが、一年に三隻のペースで建造された。それは、魔界の海をのたうつ巨大な海蛇を回避しつつ、国同士の物資運搬を可能にするはずだった。


 ところが、L-CATが六隻建造された段階で、地頭方一郎が失踪した。魔界日本の幹部連は、建造を一旦中止するかどうかで話し合いをもったが、湯崎の強い主張により計画は続行され、予定通り八隻の上陸用舟艇が完成した。


 魔界日本の軍事担当者が建造を続けさせた理由を、プロジェクトに関わっていた悪魔たちの誰もが理解していた。ホワイトプライドユニオンを名乗る白人優位主義を訴える団体によって池袋ゲートのある島を占拠されたことが、元自衛官を刺激したのだ。


 島を奪還するには、上陸用舟艇を保有していることが決定的な意味を持つ。魔界内の移動に使われることが多い航空機では、輸送できる兵員や武器の量は限られる。だが、船舶を利用すれば、速度は遅いものの何十倍もの武器や兵員の輸送が可能になる。


 果たして湯崎の目論見は当たった。新棟梁候補として現れた一郎の息子、地頭方志光は当初からホワイトプライドユニオンとの全面抗争を訴え、実際に彼らの本拠地に乗り込んで敵の悪魔を殺害した。


 これで後戻りが出来なくなったことが確定すると、湯崎は池袋ゲート奪還の為の作戦案に基づく訓練を部下たちに課すようになった。そして、数日前にとうとう作戦が実行されることになった。


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