34-5.逆野球拳
「ベイビー、私たちこれから戦争をするのよね?」
「そうだね。だから、作戦計画書をじっくり読み込んでおく必要があるんじゃないかな?」
「確かにそれも大切ね。でも、もっと大切なことがあるわ」
「大切な事?」
「そうよ。戦いが始まれば、いつ死んでもおかしくないのだから、生きている間は後悔が無いように、好きなことをしたいでしょう?」
「その好きなことと言うのが〝合体〟ということなの?」
「当然でしょう?」
「いやいや! 他にも色々あるでしょ? 食事とか音楽鑑賞とか」
「ベイビー。解ってないわね。もしも、やりたいことがセッ×スじゃなくて食事だったとしたら、食べ過ぎで体重が増えて身体の動きが鈍くなって、戦闘中に紙一重の回避が出来なくなる危険性だってあるのよ。それはあり得ないわ。それじゃ、音楽は? 大音量で好きな音楽を聴きまくっていたら、いずれ難聴になって戦闘中に敵の発する音を聞き逃す危険性だってあるのよ。それはあり得ないわ。それに比べるとセック×は、体重増加の危険性もないし、難聴の危険も無い、極めて安全性の高い娯楽なのよ」
「……解ったよ、ソレル。きっと、好きなことがゲームなら、ゲームのやり過ぎで目が悪くなって戦闘に支障が出るし、好きなことが読書なら、話の続きが気になって戦闘に集中出来ないからやっぱり支障が出るんだろう?」
「解っているなら、わざわざ確認しなくても良いでしょう? さあ、喋っていないで服を脱ぐなり脱がすなり、好きにして頂戴。もちろん、着たままでも良いわよ」
ソレルが近寄ってくると、少年は顔をそむけて麗奈を見た。ポニーテールの少女は嬉しそうに笑いながら、手首に填めたブレスレットを彼に見せる。
「私は戦争前だから、好きなことをするなんて思ってないですよ。私と棟梁は、真道ディルヴェ的には夫婦関係ですから、戦争が起きようが起きまいが、するべき事はするってだけの話なので」
「私もです。婚約者ですから、ご主人様の好きにして下さい。他の女性とした後の、綺麗にする係でも良いですよ。それはそれで興奮するので……」
最後にヘンリエットが麗奈の隣で妄想を垂れ流しだした段階で、志光はソファから立ち上がった。少年は憮然とした面持ちで、姦しい女性陣に説教する。
「いいかい、みんな。今回の戦争は、僕の我が儘で始めたものだ。敵の幹部にも言われたけど、僕には金を支払って白誇連合を池袋ゲートから撤退していただくという選択肢もあった。それをしなかったのは、僕が腰抜けだと思われたくなかったからだ。だから、今回の戦争で死傷者が出たとしたら、必ず出るだろうけど、それは僕の責任なんだ。そんな立場の僕が、戦争が始まるまで女性とあんなことやこんなことをしていたら、幾ら悪魔が現実世界のルールを軽視するとは言っても、呆れられる可能性が高い。それなら、僕は僕なりに湯崎さんから渡された作戦計画書を読み直して、ただ計画を覚えるだけじゃなくて、より良いアイデアが出せるように努力すべきだと思うんだ。ひょっとしたら、万が一だけど、戦争に勝つための戦法を思いつくかも知れない。さっきだって、陽動作戦の提案は受け入れて貰ったじゃないか」
志光の話が終わると、女性陣は互いに顔を見合わせた。しばらくすると、クレアが手を上げる。
「ハニー。貴方の心がけはとても良いことだと思うけど、貴方は戦争に関する専門的な勉強をしたことがあるの?」
「いや、無いけど……」
「実戦経験も、ここ一年以内がせいぜいじゃないの?」
「まあ、そうだね……」
少年が言葉に詰まると、麻衣が背の高い白人女性に替わって攻撃を続行する。
「湯崎の旦那は、あれでも陸上自衛隊、陸上幕僚監部、防衛部に勤務経験のあるれっきとした高級軍人だぞ。痴漢だが。基礎的な勉強もしていないキミの考えた〝良いアイデア〟が何度も通るほど甘い相手じゃない。その時に、旦那と対立して実務を放棄されたらどうするんだ? 棟梁としての株を下げるから止めておけ。キミはアタシたちと乳繰り合っていれば良いんだよ」
「いやいや! たとえ素人だったとしても、せめて姿勢ぐらいは見せないと、部下の士気に響くというか……」
「ベイビー、ここにいる部下の士気は、貴方が〝しない〟と言ったせいで下がりっぱなしよ。どう責任をとるの? 役に立つかどうか解らない戦法を頭の中から捻り出す暇があるなら、別のモノを出して頂戴」
志光の言葉を遮ったソレルは、彼の手に縦六センチ、横三センチ程度のアルミフィルムを乗せる。
「これは?」
「バイアグラのフィルム製剤よ。空腹時に服用すると、一時間で効果が出るわ。勃たなくなったら、それを使うから食事はできるだけしないようにね」
「な、なな……」
青い地に白で〝VIAGRA〟と書かれたフィルムに視線を落として絶句した志光の背後に、ヘンリエットがすうっと回り込んだ。彼女は少年のヘソのあたりに手を回すと、身体を反らして彼を後方に投げ捨てる。
「ぶぶっ!」
平均的な悪魔に比べると約一〇倍の膂力を誇る少女の不意打ちを食らった志光は、頭からベッドの上に落ちた。仰向けになった少年がもがいている間に、彼の上半身に麗奈が馬乗りになって押さえつける。
「ごめんなさい、棟梁。会議が始まる前から、みんなで決めていたことなので、大人しく従って下さい」
ポニーテールの少女は、一点の曇りも無い怖い笑顔で志光に事後承諾を要求した。少年は身体を捻って彼女から逃げつつ念を押す。
「まさかと思うけど、他の幹部にも根回ししてるんじゃ無いだろうな?」
「もちろん、してますよ。私がしないわけが無いないじゃないですか。棟梁がずっとここにいられるように、私と麻衣さんとソレルさんで、個別会議への出席は全部断っておいたので、安心して励んで下さい!」
「鬼! 悪魔!」
「はい、悪魔です!」
麗奈はそう言うと、少年にのし掛かっていた。彼女の背後では、ヘンリエットが彼のズボンのベルトを引き千切っている。
「若いって良いわね」
ソレルは羨ましそうに呟きつつ、丈の短い白いTシャツの袖に両手をかけた。クレアはすまし顔で立ち上がり、褐色の肌に待ったをかける。
「ソレル。まだ順番が決まってないわよ」
「私は脱いでから決めるんだと思っていたわ」
「まだ脱ぐな。順番は、親衛隊名物〝逆野球拳〟で決めよう」
麻衣がどこかから持ち出したストロングゼロの缶に口を付けつつ提案した。
「〝逆野球拳〟というのは何なのかしら?」
クレアが首を捻ると、赤毛の女性がゲームの概要を口にする。
「野球拳ってお座敷芸があるんだよ。踊りながらジャンケンして勝敗を決めるという遊びなんだ」
「それで勝ち負けを決めるの?」
「そうだ。正式なルールだと、確か三人一組で戦うんだが、ウチらのは一対一でやって勝った方が服を脱いでいく。そして、早く全裸になった方が勝ちだ」
「いいわ。それでいきましょう」
背の高い白人女性が同意すると、ソレルがスマートフォンを弄って大音量で〝野球拳のテーマ〟を流しながら見本の踊りを開始する。
二人の少女に押さえつけられた志光が呻き声を上げる横で、褐色の肌が滑稽な踊りを始めると、クレアと麻衣は手を叩いて彼女を囃し立てた。
「……」
とても戦争直前とは思えないほど賑々しくなった室内の様子を伺っていたウニカは無言で立ち上がり、他の仲間に気づかれぬように寝室を出ると、扉の前で警護を開始した。