34-3.宗教と政治
「棟梁が説明したとおり、我々は魔界内部からと池袋ゲートからという二正面作戦を実施する。魔界内部からの攻撃は、既に準備がほぼ終わっている。一方の池袋ゲートだが、兵員の訓練は終わっている。門真、間違いないな?」
ごま塩頭に話を振られた麻衣が椅子から立ち上がった。彼女も志光の傍らまで歩いてくると、珍しく真面目な顔つきのまま口を開く。
「親衛隊は池袋ゲート奪還の作戦案が出てきた段階から、必要な訓練を定期的に続けてきた。なんなら、今からでも攻勢は可能だ。問題は棟梁も言っていたように、池袋の現状だ。多数の警官が職務質問を繰り返しているため、大型武器を運搬することができない。元々、池袋ゲートは池袋駅北口のすぐ側にあるポルノ映画館に通路がある。普段でも、大量の人間が出入りするのには不自然な場所だ。その上、警察官が昼夜を問わずウロウロしていたのではやっていられない」
麻衣が状況説明を終えると、魔界日本で生産を担当する美作純が手を上げた。志光に発言を許された紫髪の少女は椅子から腰を上げると、赤毛の女性に質問する。
「ボクは真道ディルヴェの信者から悪魔化したわけではないので、実は魔界日本とディルヴェの関係には疎いんだけど、現実世界におけるディルヴェの影響力ってどれぐらいあるんですか? 警官を買収するとか、警官がディルヴェの信者で上手く尋問を回避できるとか、国会議員を使って警察に圧力をかけるとか、そういう政治的なことって可能なんでしょうか?」
「不可能です」
美作の質問に即答したのは信川だった。白髪の老人は、ゆっくり起立してから首を振る。
「真道ディルヴェの信徒数は公称三百万人。これは盛った数では無くて実数に近い数字です。日本の人口減少が叫ばれる中で、新興宗教としては頑張っている方だと思います。当然、警察官の中にも私たちの信者はいます。また、私たちが選挙協力をしたことで当選した国会議員もいます。済民党を中心に、衆参両院合わせておおよそ三〇人程度が当選しています。地方議員になれば、もっと数は多いはずです。しかし、残念ですがそれでも警察や国会を思い通り操れるだけの力は、我が教団には無いのですよ。日本という国は、図体が大きいんです。宗教家が国家の政策に積極的に介入するためには、そうですね……信徒数が人口の一割は最低でも必要だと思いますよ。たとえば、アメリカの宗教人口の約五〇%がプロテスタント、約二五%がカソリックだと言われています。合計で七五%がクリスチャンです。このぐらいの数字にならないと、政局を左右する勢力にはなれないんです」
信川の分かり易い説明に、美作は無言で両手を挙げて降参した。麻衣も苦笑いしながら白髪の老人に労いの言葉をかける。
「信川さん、ありがとう。貴方の言うとおりだ。我々は警察を操れない。だから、別の手段を採る。配布したコピーの三ページ目をめくってくれ」
赤毛の女性は、そういうと自らも手にしていた紙の束を広げた。
「奪回目標である池袋ゲートだが、現実世界との接点は池袋駅北口付近にあるポルノ映画館にある。この辺は普段から人通りも多く、交番も近くにあるから、浮間舟渡でやったような大捕物は無理だ。そこで新棟梁就任式以降、我々親衛隊は大工沢が率いる黒鍬組に依頼して、近隣のビルから坑道を掘ってもらうことにした。池袋北口の繁華街を抜けた先にはラブホテルがある。ダミー会社を使ってその中の一つを部分的に買いとり、地階の部屋を坑道用の拠点とした」
麻衣はそこで魔界日本の建設担当である大工沢美奈子を手招いた呼んだ。熊のような体格の女性は小さく見える椅子から立ち上がると、赤毛の女性に替わって詳細を述べはじめる。
「現在、攻撃用の坑道は元々の通路から二〇メートル近くまで掘った段階で作業を停止している。時間をかけ、機械を使わずに掘り進めてきたのだが、そろそろ相手に作業時の音を聞き取られても不思議じゃ無い距離になってきたからだ。しかし、どのみち、こちらの意図は悟られるだろう。問題は、そのタイミングだ」
大工沢は意味ありげな視線を湯崎に向けた。ごま塩頭は二度ほど頷いてから、彼女に言葉を返す。
「そのタイミングは俺が決める。まず、魔界内部から邪素の海を渡って、俺が率いる部隊が池袋ゲートのある島に攻勢をかける。敵はこれにつられて戦力を海岸線、あるいはそこから少し離れた場所に集中させるはずだ。そうして、ゲート近辺の戦力が手薄になったと判断したところで、麻衣が率いる部隊が現実世界からの攻勢を開始するのが理想だろう。一応念を押しておくが、俺たちは悪魔で、それは敵も同様だ。島の周辺を封鎖して兵糧攻めにしても、邪素の海がある限り飢えたり力を喪失することは無い。消極的な戦術は、却って相手の士気を高める。あるいは同調者を増やす恐れがある。従って、問題はいざ戦闘が始まる直前に、現実世界で警察の眼をかいくぐり、ゲートのある場所まで戦力を集中させるかという一点になる。非武装の兵士を池袋界隈に送るのはそれほど難しくないだろう。個々人でタクシーや電車を使えば良いだけだからな。問題は武器だ。大型の対戦車ライフルや弾丸、爆薬をどうやって運搬する?」
湯崎は両手の平を天井に向けた。一拍おいて、志光が彼の疑問に解答する。
「湯崎さん。僕に考えがあります」
「何か良い手でも?」
「絶対に成功するとは言えませんが」
「必ず成功する作戦なんてものは、この世に存在しない。棟梁の計画を話して貰おうか」
ごま塩頭に水を向けられた少年は、何故か横目で信川を見ながら提案する。
「突入先の池袋北口周辺の警備を一時的にでも手薄にする目的で、今度は僕たちが区役所近辺に爆破事件を起こせば良いんですよ」
志光のアイデアを聞いた信川の顔が歪んだ。白髪の老人は挙手すると、魔界日本の棟梁を問いただす。