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33-1.捕虜交換

 悪魔は人間以上に安全に対する関心が高い。魔界の国々は現実世界の先進諸国のように警察組織が整っておらず、犯罪、特に殺傷は「やった者勝ち」になりやすいからだ。


 つまり、悪魔同士は些細な理由で刃傷沙汰を起こしやすい。現実世界の人間同士の諍いにおいて「ぶっ殺してやる」は概ね脅し文句で終わるが、それが悪魔同士だった場合は後でその言葉が実現する確率が高い。


 ただし、悪魔たちが恐れるのが刃物、銃器、そして爆発物である点は、人間とあまり変わらない。驚異的なタフネスを誇る魔界の住人達でも、同族からの刺突、大型の銃器や砲による攻撃、そして大量の爆薬には敵わない。


 人質交換の件で、魔界日本の棟梁として敵対するホワイトプライドユニオンの棟梁であるゲーリー・スティーブンソンと会談する事を決めた地頭方志光が懸念したのも、まさにこの点だった。


 相手は空飛ぶ魔物に爆発物を巻き付けて、突っ込ませるような手合いだ。今回のイベントを奇貨として、自分を殺す準備をしていてもなんの不思議もない。


 しかし、敵も同じことを考えているだろう。もしもゲーリーを亡き者にすれば、戦争せずに池袋ゲートを取り返せるかも知れない。そうなれば、莫大な戦費が浮く。暗殺を考えるのには十分な動機だ。


 それでは、逆に暗殺を防ぐためには何をしたら良いのだろう?


 答えは誰にでも簡単に思いつく。組織の一貫性だ。


 魔界日本という組織は、たとえ地頭方志光が死んでも方針を変えず、池袋ゲートの奪還を目指すことを常に主張していれば、暗殺のメリットは減る。敵対組織の指導者を排除しても活動内容が変わらないのであれば、そのために費やしたコストが無駄に終わるからだ。この事情は、ホワイトプライドユニオンも変わらない。


 その結果、両者は捕虜交換の条件を巡ってやり取りをする際に、自分たちの組織がいかに結束力が高く活動内容がぶれないかを主張するようになった。これを苦虫を噛みつぶしたような面持ちで伺っていたのが湯崎武男だった。


 元自衛官の悪魔は、かなり厳しい口調で志光に諫言した。


「殴り合っている最中に、話し合いが成立するわけがないだろ。捕虜交換の条件は、戦争が終わってから詰めれば良いんだ。坊主が何を考えているか、だいたい見当が付いているんだぞ。敵の棟梁の顔を見てみたいんだろう? 止めておけ。この期に及んで捕虜を取り返したがっているのは、あちらの棟梁の信用値が下がっている証拠だ。部下を見捨てない姿勢を見せなければ、今にでも仲間に寝首をかかれそうなんだろう。そんな奴が何をするか分かったもんじゃないぞ」


 しかし、少年は彼の助言に従おうとしなかった。湯崎が指摘したとおり、ゲイリーを直で見て、話をしてみたかったのだ。


 肌の色という外見上の特徴だけで人間の能力が決まると本気で信じているだけでも十分面白いのに、それを実証すべく活動までしているとくれば、是非とも顔を合わせて、どれだけ頭の調子がおかしいのかを確かめてみたくなるではないか。


 もちろん、日本人の中にも同様の妄想に取り憑かれている輩がいるのは知っている。たとえば、肌の色が黒いスポーツ選手に対して、何でもかんでも「黒人特有の身体能力」などと言っている連中がそうだ。


 また、白人の学識者の学説を検証せず鵜呑みにする手合いも同様だ。肌の色と理屈の正しさに、一体どんな因果関係があるのだろう?


 だが、人間を止めて悪魔になったにも関わらず、まだそんな妄想に取り憑かれているゲイリーは、人種というフィクションを真に受けている人間よりもずっと「重症」のような気がする。だから、会って話をしてみたい。


 リスクを気にかけないどころか、むしろ好むクレア・バーンスタインは、志光の要求をホワイトプライドユニオン側に伝えた。すると、敵方は少年の提案に同意した。


「何か仕掛けてくるつもりでしょうね。気を抜かないようにした方が良いわ」


 背の高い白人女性は、志光の企みに賛同したにも関わらず、彼に警告を伝えることも忘れなかった。そこで少年は、門真麻衣と見附麗奈に護衛の任務を依頼した。


 二人の助言は、


「狙撃が怖いなら屋内で会合した方が良いが、爆発物を仕掛けられると逃げ場が無いので詰む」


 という極めて常識的なものだった。


 志光はしばらく考えた上で、狙撃のリスクを取った。荒川の河川敷で戦った時に、屋外で敵を押し切った成功体験があったからだ。


 あの時はこちらの奇襲だったから今回とは状況が異なるが、それでも敵の狙撃をなんとか切り抜けた。しかし、爆発物への対処はどうだろう? 今から爆発物回避のイロハを誰かに習ったとして、それがただちに身につくとは思えない。


 過書町茜は少年の指示に沿って、白誇連合と折衝を重ねた。こうして会合に選ばれたのが南池袋公園だった。


 二〇一六年にリニューアルされた公園は、池袋駅から歩いて五分という立地に恵まれた場所にあった。綺麗な芝生広場とお洒落なカフェがあるのが特徴で、隣接するビルや寺院から園内にいる人物を狙撃するのは容易だった。


 麻衣と麗奈と彼女たちの部下、それに邪素を利用した捜査能力に長けたアニェス・ソレルが公園の周囲を徹底的に調査して、狙撃される可能性を潰していった。その一方で、地頭方志光が死傷しても魔界日本の上層部が方針を変えないことを強調すべく、湯崎が「開戦の準備」に邁進した。


 会談が予定された五月某日、まず部下を引き連れた麻衣と麗奈が大塚のゲートを出発し、南池袋公園近辺にある狙撃し易いポイントを占拠した。続いてソレルが同地に到着し、園内に爆発物がないことを確認した。


 当座の安全が確認されると、志光は大蔵英吉が運転する車に乗って過書町茜と共に公園へと向かった。目的地に着いた少年は、眼鏡の少女と共に降車して園内へと足を踏み入れる。


 ホワイトプライドユニオンからの出席者は、事前にクレア・バーンスタインと合流し、彼女の手引きで南池袋公園に来る手はずになっていた。計画通りであれば、彼らはまだ到着していないはずだ。

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