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32-1.戦争準備

 カヤマカ・ランチョ州立公園近くにある牧場で、ホワイトプライドユニオンの襲撃を待ち受けるという〝キャンプな奴ら〟の作戦は、無事成功して大量の麻薬と多額の紙幣を手に入れたものの、二名の犠牲者を出した。作戦終了後、捕虜を連れてロサンジェルスから魔界に戻った一行は、被害の大きさと疲労から宴席を設ける気も起きず、魔界日本の面々も〝キャンプな奴ら〟が用意してくれた部屋で泥のように眠るのが精一杯だった。


 翌日に目を覚ました地頭方志光は、〝キャンプな奴ら〟の共同代表の一人であるウィリアム・ゴールドマンに礼を述べ、新宿二丁目のゲートから現実世界へと戻った。彼と同行していたクレア・バーンスタイン、過書町茜、そして自動人形のウニカは、ミス・グローリアスの助言に従い、新宿三丁目駅から副都心線に乗らず、地上を歩いて新宿駅まで移動した。


 その間に、志光は魔界日本の幹部連に電話をかけまくった。幸いなことに、アニェス・ソレルと連絡が取れ、彼女に大塚駅周辺の安全を保証して貰えたのだが、一行は新宿駅で山手線の内回りに乗った。


 つまり、山手線の外回りであれば、新宿から大塚まで十数分で到着するのに、わざわざ反対方向に走る電車を利用して、五十分ほどかけて大塚駅で降りた。ホワイトプライドユニオンが支配している池袋駅を通過しないための措置だった。


 最初の移動時は、ゴールドマンとミス・グローリアスがいた分だけ安全だったが、帰りは三人と一体だけだったし、新たに〝キャンプな奴ら〟と白誇連合が直接戦闘に突入したという状況の変化もある。敵が池袋駅周辺で待ち構えている危険性が完全に無くならない以上、遠回りをしても安全性が高いルートを選択した方が良いに決まっている。


 無事に大塚駅のゲートに到着した志光は、ソレルに事のあらましを伝えてから魔界日本の領土へ戻り、ドムスに幹部連を集めると、そこでも自分が見聞した状況を報告した。


 言うまでも無く、魔界日本にとって〝キャンプな奴ら〟とホワイトプライドユニオンが矛を交えたのは歓迎すべき事態だった。これで、白誇連合は二正面作戦を強いられる。


 また、報告会に参加した悪魔たちは志光の話を正確に理解した。つまり、池袋ゲートを奪回するための大規模な戦闘の実行が迫りつつあるのだ。


 主導権を握るのは魔界日本であり、その棟梁を務める地頭方志光だ。ホワイトプライドユニオンは、自国の防衛だけでなく〝キャンプな奴ら〟の襲撃に備えて戦力を分散させなければならない分だけ、池袋ゲートの守備力は確実に低下している。


 だが、時間が経過すればするだけ、彼らがジリ貧になっていくとは限らない。何らかの手段を使って、新たな同盟先を見つけてくる可能性は十分にある。


 従って、戦争を始めるのであれば、自分たちが有利な状況下の方が望ましい。恐らくそれは数ヶ月以内だろう。


 ドムスで報告会が開かれた翌日から、魔界日本は戦時体制へ突入した。物資の生産はそれまで以上に兵器類やその他の戦闘補助用品へ集中し、戦闘訓練を施された悪魔たちが呼集に応じて湯崎武男の下で部隊に編成され、配松亜紀が各戸を回って非戦闘員に戦争への協力を呼びかけた。


 一方、本拠地に戻った志光を待ち構えていたのは、彼の戦闘教官である門真麻衣による「鍛え直し」だった。数々の修羅場をくぐって経験を積んだ少年は、同時に基礎から離れた動きもするようになってしまっていた。


 もしも、戦う相手がプロだった場合、戦いを重ねるうちに身についてしまった癖を見逃してくれるはずがない。だから、休養中に基礎的な動きを反復練習で覚え直す必要がある。


 しかし、志光はボクシングを始めて八ヶ月以上経った身だ。未経験者が技術を覚えるほどの劇的な進歩は見込めない。特に難易度が高いパンチに関しては、その傾向が如実に出る。


 少年にとって、それは「ステップインしながらの左ストレート」だった。前進しつつ腕を伸ばすことによって、後ろ脚から前脚への体重移動で生じた運動エネルギーに、腕の力が加わることによって強烈な破壊力を生み出す攻撃なのだが、そのタイミングが難しかった。どうしても、二回に一回は失敗してしまうのだ。


「パンチのスピードを一定にして、着地のタイミングで距離をコントロールするんだ」


 麻衣は打撃のコツを口頭で説明しつつ実演してくれるのだが、真似をしてもなかなか上達しない。しばらくすると、赤毛の女性は志光にトレーニングメニューの変更を表明した。


「キミは八ヶ月以上、左右のストレートを中心に練習を続けてきた。これ以上、技術の精度を上げるには練習量を増やさざるを得ないが、キミの立場でそこまで時間を割くのは難しい。そろそろ別のパンチを覚えよう」

「そう言われると悔しいですけど、現実にはそうでしょうね。それで、僕が覚えるのはどんなパンチなんですか?」

「フックだよ。HOOK。英語で鈎とか引っかけるという意味だね。ボクシングでは、肘を曲げて打つパンチを意味する」

「名前も聞いたことがありますし、実際にタイソン戦で見ました」

「フックは曲げた肘を肩の高さまで上げて、上半身を回転させる力で相手を殴るパンチだ。上半身の回転を直進方向に変えるストレートに比べると、技術的には簡単だし、破壊力もある。特に前手のフック、キミの場合は左フックは接近戦で必須のパンチだ。また、近距離で無くとも、手を下げて頭部をガードしない敵には有効な打撃になる。ボクシングに限らず、頭部をガードしない格闘技は、敵の突き技、ボクシングの場合はストレートをステップやボディワークで躱すことを前提に技術が組み立てられている。ところが、こういうディフェンスは横方向からの攻撃に弱い。相手が手を上げて頭を守っていなければ、ロングフックによる攻撃を第一選択肢にして良いぐらいだ」

「じゃあ、なんで最初に教えないんですか?」

「良いところに気がついたね。オーソドックスなボクシングの練習で、フックを最初に教えないのには、幾つかの理由がある。一番大きな理由は命中率の低さだ。フックは肘を曲げる分だけ、相手に届く距離が短い。バックステップやスウェーといった防御技術で簡単に躱されてしまう。それ以前に、弧を描くパンチというのは、到達する場所を容易に予測できる」

「それは、ストレートの打ち方を教えて貰った時にも教わった記憶があります」

「とどめに、フックを打つ時には肘を肩の高さまで上げるから、目の良いヤツなら相手の肘が開いた段階でフックを打ってくると予測できてしまう。いわゆるテレフォンパンチってヤツだ。だから、余計に躱されやすい。フックを打つためには、こうしたデメリットを消す動作が必要だが、それらは後で説明する」

「はい」


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