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31-10.ゴールドマンという悪魔

「皆さん。申し訳ない。予想以上に手こずっている」


 地面から起き上がったゴールドマンは、陰部を隠そうともせず志光に近寄った。少年はその大きさに目を見張りながらも、珍しく気の利いた台詞を口にする。


「ゴールドマンさん。不快に思われたら申し訳ないが、僕たちもパーティーに参加させてください。寝室を壊されたお陰で寒くて仕方が無いんだ。身体を動かしたいんですよ」

「歓迎するよ。魔物の数は四体だが、もう二体は仕留めた。こちらの犠牲者は二名。結構な損害だ。飛び込んでくるスピードが速いから銃を撃つ暇も無い」


 強姦魔はそういうと歯をむき出して笑った。


「それで、さっきから銃声がしなかったんですね」

「ああ。君が棟梁就任式の時にやられたように、飛行型の魔物に爆弾をしこたま巻き付けて突っ込んで来るのを警戒していたんだが、それが裏目に出た。まさか防弾能力が高い牛みたいな化け物が、地面を高速で走ってくるなんて思ってもいなかった」

「僕のスペシャルを使って消火器をぶつけたのに、びくともしなかった。あれはかなり頑丈ですよ」

「君ならどうする?」

「さっき話したんですが、車を飛ばして魔物にぶつけるつもりでした」

「ほお。消火器で倒れなかったから、今度はもっと重いモノをぶつけてやろうって魂胆か」

「はい。ここの牧場主が所有している車を下さい」

「いいぜ。正体は麻薬カルテルの幹部だけどな。そいつは二回ケツ穴掘ってやったら、〝何でも言うことを聞くから助けて下さい〟って泣いて言っていたから大丈夫だ。反抗したら、三回戦に突入して言うことを聞かせてやる」

「反抗しなかったら?」

「ご褒美として三回目のアナルセ×クスだ」

「だと思った。それじゃ、僕たちはガレージに行ってきます」


 志光は笑いながらミス・グローリアスを肘で突いた。ヒョウ柄のジャケットは、ゴールドマンに軽く会釈をすると、魔界日本一同を車庫のある場所まで連れて行く。


 全員が歩きながら口を閉じ、耳を澄まし、魔物の襲撃に備えたが、それらしき物音はしなかった。車庫は簡素な造りで、シャッターもない。停まっていたのは数台のピックアップトラックだった。


「またこの車種ですか? どれだけ人気があるんだ?」


 志光が呆れ顔になるとミス・グローリアスは苦笑した。


「日本じゃほとんど見かけないものね。でも、人も荷物も運べるんだから便利なんでしょう。それで、この車の前にどうやって魔物をおびき寄せるの?」

「エンジンを付けて、ライトを点灯して、場合によってはクラクションを鳴らします」

「なるほど。これが車の鍵よ」


 ヒョウ柄のジャケットが車の鍵を取り出すと、志光の代わりにクレアが手を伸ばした。


「車は私が車庫から前に出すわ。ハニーは車の後ろでスペシャルの準備を。ウニカには車の上に立って貰って、ハニーに発射するタイミングを教えるように命令して。このサイズの車の後ろに立っていたら、敵の攻撃を察知するのは無理よ。過書町さんとグローリアスさんは敵の様子を探って。いいわね?」


 背の高い白人女性は次々に指示を出すと、返事を待たずに鍵を使って車のドアをあけた。


「ウニカ。車が車庫を出たら、その上に乗って僕に発射のタイミングを教えてくれ。ジャンプしてくれればいい」

「…………」


 志光に命じられた自動人形は無言で頷いて車の傍らで待機する。


 クレアが運転席に乗り込んでしばらくすると、低いエンジン音と共に車のヘッドライトが点灯した。茜とミス・グローリアスはまばゆい光を見ないようにしながら周囲を監視する。


 ピックアップトラックは駐車場を出ると数メートルのところで停車した。志光は車の後部に回り、両手に意識を集中させる。


「いました! 正面です!」


 牧場の暗闇に目を凝らしていた眼鏡の少女が叫び声を上げた。彼女が指し示した場所に、邪素の放つ青い光が微かに見える。


 ドアを開けて茜の指示を聞いていたクレアが、ピックアップトラックの向きを僅かに修正した。ウニカは車の天井で深く膝を曲げる。


 次の瞬間、ピックアップトラックのライトが突進してくる魔物の姿を浮かび上がらせた。クレアは運転席から飛び出し、自動人形が空高く舞い上がる。


「シッ!」


 志光は歯の間から息を漏らしつつ、トラックの後部に両手で触れた。すると、車は爆発的な加速を始め、魔物と正面衝突する。


 怪物の尖った頭部はエンジンルームを貫いたが、数百キロの速度に達した二トン以上ある物体が持つ運動エネルギーに首が耐えられなかった。頸部を骨折した怪物は車と一緒に転倒し、やがて黒い塵になって消える。


「こんな事までできるんですか……」


 志光のスペシャルを目の当たりにした茜の口から驚きの声が出た。


「ハニーが本気を出したら、これぐらい簡単にやってのけるわよ」


 下着姿のクレアは地面から起き上がり、身体についた土埃を手で払う。


「…………」


 ウニカは残り一体になったはずの怪物の姿を求め、首を左右に振った。志光も警戒を解かず、次の襲撃に備えて呼吸を整える。


 しかし、しばらくすると複数の建物が建っている方向から大きな歓声が聞こえてきた。


「どうやら敵襲を撃退できたみたいね。追撃をするかどうかは、ゴールドマンが判断するでしょう」


 ミス・グローリアスは安堵の表情を浮かべ、魔界日本の面々に推測を述べた。


「ゴールドマンさんたちと合流して状況を確認しよう」


 志光は周辺を見回しつつ、残りのメンバーに移動を促した。一行が元いた場所に戻ると、〝キャンプな奴ら〟のメンバーが一人だけ残っている。


「あら? 貴方だけ? ゴールドマンは?」


 ミス・グローリアスが首を捻ると、男は強姦魔から預かった伝言を口にする。


「魔物を全て片付けたので、奴らを送り込んだ悪魔を追跡しています。位置情報はこのスマホで確認して下さい。ゴールドマンの部隊はGPSトラッカーを持っているので、比較的正確なはずです。私はここに残って金と麻薬の回収を始めます。グローリアスさんも私につき合って下さい」

「解ったわ。皆さんはゴールドマンの後を追うの?」


 男からGPSトラッカーとスマートフォンを受け取ったヒョウ柄のジャケットは、魔界日本の面々に問いかけた。志光は頷いて片手を出す。


「僕は見たいですね」

「行ってらっしゃい。私は撤収作業に入るわ」


 ミス・グローリアスから機材一式を受け取った少年は、液晶画面でゴールドマンの居場所を探した。どうやら、彼は七~八百メートルほど離れた場所にいるようだ。


 人間なら十分はかかるだろうが、悪魔なら一分もあれば到着できる。


「行こう」


 志光はそう言うと邪素を消費して暗闇を走り出した。ウニカ、クレア、茜が彼の後を続く。


 十数秒もすると、前方から派手な金属音が聞こえてきた。志光は走る速度を落として足下に注意しつつ、物音がする方向へ近寄っていく。


 牧場の敷地から出てしばらくすると、低い傾斜の下に舗装された道路が現れた。アスファルトの上には、家畜運搬車らしき大型トラックが転倒しているのが見える。


 恐らく、ホワイトプライドユニオンはこの車で魔物を運んでいたのだろう。ただ、高速で追跡が可能な悪魔に、この乗り物で逃げ切るのは難しかったはずだ。


 志光は斜面を滑り降りると、ゴールドマンの姿を探して首を振った。道路からやや離れた荒れ地から、ドスが効いた男の声が聞こえてくる。


 志光たちが小走りで近づくと、一人のフルフェイスヘルメットを被った人物とゴールドマンが対峙している姿が見えた。二人の周りを〝キャンプな奴ら〟のメンバーが囲んでいる。


 フルフェイスヘルメットは、ダンベルシャフトらしき棒を手に持っていた。麻薬を売買している外国人犯罪者を襲撃する時に使っていたのだろう。もちろん、悪魔同士の抗争でも威力を発揮する。


 一方のゴールドマンは全裸だ。しかし、発達した筋肉に覆われた肉体が威圧感を放っており、武器無しというハンデを感じさせない。


 フルフェイスヘルメットは、ダンベルシャフトを目の高さに構えつつ、ゴールドマンとの距離を測っていた。一方のゴールドマンは、自然体のまま相手に近寄っていく。


 ある程度距離が縮まったところで、フルフェイスヘルメットは大きく足を踏み出しゴールドマンの首筋にダンベルシャフトを振り下ろした。その刹那、強姦魔は頭を低くして敵の懐に入り込み、武器を持った相手の肘から後ろを掴むと同時に、もう片方の手を脇の下に差し込んだ。


 ゴールドマンはそのままフルフェイスヘルメットに背を向けると膝を深く曲げてしゃがみ込んだ。敵はその拍子にバランスを崩して前のめりになる。


 すると強姦魔は両脚を伸ばし臀部に相手の身体を乗せ、前方に投げ飛ばした。しゃがみ背負い投げだ。


 綺麗に技を決められたフルフェイスヘルメットは、背中から地面に叩きつけられた。その隙を逃さず、ゴールドマンは腕を掴んだまま地面に倒れ込み、腕ひしぎ十字固めの要領で相手の肘関節を折る。


「オーッ!」


 くぐもった悲鳴がフルフェイスヘルメットの中から発せられた。武器代わりに使っていたダンベルシャフトは既に地面に転がっている。


「捕まえろ。後で尋問する」


 地面から立ち上がったゴールドマンは、〝キャンプな奴ら〟のメンバーに敵の捕縛を命令した。二人を取り囲んでいた男たちが、たちまちフルフェイスヘルメットを押さえつける。


「凄いな。さすが魔界最強……」


 志光は強姦魔の鮮やかな柔道技に口を開け、両方の拳を握りしめた。


「どうだ? 惚れたろ?」


 少年の態度に気づいたゴールドマンは笑いながら近づいてくると、大きな手で彼の臀部を揉みしだいた。

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