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31-3.アメリカ

「ウチの本拠地が気になるかい?」

「はい。計画では素通りでしたよね?」

「ああ。ここから一直線で、ロサンゼルスに繋がる他のゲートへ行く」

「今度、機会があったら立ち寄らせてください」

「いいぜ。今回の件が終わったら帰りに寄ってくれ。そのために、わざわざ三泊の計画を立てて貰ったんだ。ウチは緩いから安心していいぞ」

「緩いというのは?」

「男性同性愛者だけじゃなくて、異性愛の男性、バイセクシャルの男性、女装癖のある男性、ついでにファグ・ハグまで何でもござれだ」

「ファグ・ハグって何ですか?」

「おこげの事よ」

 志光の疑問に答えたのはミス・グローリアスだった。

「おこげも解りません」

「男性同性愛者が日本では〝おかま〟と呼ばれていたことは?」

「それは知っています」

「じゃあ、おかまでご飯を炊くことは?」

「それは炊飯器具のお釜ですよね? 知ってます」

「その時にお釜の底に焦げたご飯がつく場合があるのよ。それで、〝おかま〟に引っ付いてこようとする異性愛の女性をおこげと呼ぶの」

「なるほど! じゃあ、ファグ・ハグも似たような意味なんですか?」

「fagはfaggotの略語で、アメリカのスラングで男性同性愛者を差別する時に使われる事が多い単語よ。hagは魔女や鬼婆を意味するスラングね」

「へええ……」


 志光は驚きの声を上げつつ、茜の顔を盗み見た。眼鏡の少女は憮然とした面持ちで横を向く。


 彼女の態度を目にしたミス・グローリアスは笑い声を上げた。


「そういえば、この娘はおこげだったわね」

「どうも、そのようですね」

「少しは勉強になった?」

「はい。ありがとうございます。それで、もう一つ質問があるんですが」

「何かしら?」

「ウチは緩いってゴールドマンさんが仰っていましたけど、緩くないグループもあるって事ですか?」

「ある。男性同性愛者と、男性の両性愛者しか入れないグループだ。女がどうしても苦手というか嫌いなゲイがいるんだよ。最近じゃ表立って言わないが、昔は〝女の臭いがする〟って鼻をつまむヤツが何人もいたものさ」


 今度はゴールドマンがミス・グローリアスの後を継いだ。


「グループの名前は〝ヒエロス・ロコス〟。古代ギリシャのテーバイという都市に実在したとされる、男性同士のカップルのみで構成された歩兵部隊からとったらしい。当時の古代ギリシャでは最強だったらしいぜ」

「最強部隊! 今のヒエロス・ロコスも強いんですか?」

「まさか」


 男性強姦魔は苦笑しながら首を振った。


「なんていうか……一種のゴッコだよ。古代ギリシャやキリスト教が国教化するまでの古代ローマでは男性同性愛が公認されていたから、男性同性愛者の間では人気なのさ」

「なるほど。〝キャンプな奴ら〟とは関係があるんですか?」

「もちろんあるよ。同族嫌悪が酷い場合もあるが、彼らとの関係は友好的だ。単に彼らのテリトリーに、全ての女性と異性愛の男性を入れないだけだからな」


 ゴールドマンが説明している間に、車は魔界では珍しい二車線ある舗装路に乗った。その入り口には検問所が設けられており、新宿二丁目のゲートと同様に四〇ミリ機関砲が備え付けられてある。


「ロスのゲートに通じる道よ」


 ミス・グローリアスは、そう言うと検問所にいたタンクトップ姿の男性と二言三言やりとりをしてから、ピックアップトラックのアクセルを踏んだ。車は数百メートル進んだところで、別の検問所に到着する。


 志光は窓から検問所の様子を伺った。規模は最初のものよりも遙かに大きく、物々しい雰囲気がする。


 魔界日本の千葉の廃棄物処理場に通じるゲートと同様の構造だ。恐らく、ここが〝キャンプな奴ら〟の最重要拠点の一つだろう。


 魔界の土地を繁栄させるためには、現実世界から様々な物資を運び込む必要がある。そのためには、ゲートが物理的に大きい方が有利だ。何故なら、車で物資を運び込むことが可能だからだ。


 恐らく、魔界で強国と呼ばれる国々の大半には、車両が通過できる規模のゲートが備わっている。しかし、それらを維持するのは難しい。現実世界で出入り口を隠匿するのが困難なのに加えて、敵の襲撃に備えてそれなりの規模の戦力を常時配備しておく必要があるからだ。


 〝キャンプな奴ら〟には、それができるだけの経済力と軍事力があるようだ。友好関係を築けてラッキーだった。


 志光が頭の中で魔界日本とキャンプな奴らの潜在力を比較している間に、車はゲートを抜けて一車線のトンネルを走り出した。人間と同じ速度で歩いていると時間がかかる道のりも、車ならあっという間だ。フルサイズのピックアップトラックは徐々に速度を落とし、現実世界の光が見える出口を出た直後に停車する。


 そこは、巨大な鉄骨ガレージだった。車の背後には巨大な鏡が、前面には十数メートル離れた場所に、やはり巨大な鏡が設置されている。


 高い天井には蛍光灯がついており、内部はそれなりに明るいが中はがらんどうだ。フルサイズのピックアップトラックは鏡に映らない場所へとゆっくり移動する。


「到着よ」


 ミス・グローリアスがそう言うと、ゴールドマンがダッシュボードからサングラスと男性用カツラを取り出した。どうやら警察から目を付けられないように変装するらしい。


 強姦魔がウィグを被っている間に、もう一台の車が鏡の中から現れた。すると、向かい側の鏡に覆いが降りてきて、ゲートを閉じてしまう。


「車を降りてくれ。乗り換える」


 変装を終えたゴールドマンの合図で、一同は順番に下車した。鉄骨ガレージの内部には、彼らの他に十数人の男性がいた。いずれも紺色の自動車修理工のようなツナギを着用している。


「ここは?」

「表向きは中古車ショップと自動車修理、タイヤの販売を兼ねた場所だ」


 ゴールドマンはそう言いながら鉄骨ガレージの扉をくぐった。車を降りたときから感じていたことだが、日本ほどでは無いものの空気が冷たい。


 屋外は既に日が暮れかけていた。目の前の舗装された地面には何台もの中古自動車が並んでいる。一見すると、それらは売り物として陳列されているが、正面から突っ込んできた車が、ゲートのある鉄骨ガレージへと直進できないような配置になっている。


 志光はポケットからスマートフォンを取り出し、ロサンゼルスの時間をチェックした。おおよそ午後五時だ。昼過ぎに大塚のゲートを出て、ここまでが約四時間ちょっとぐらいということになる。


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