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30-1.朝チュン・その4

 行政制度が発達していない魔界では、ゴミ処理も現実世界ほどきちんとした制度が確立しておらず、その大半は邪素の海に投げ捨てられているという適当ぶりだ。


 それでも大きな問題が起きないのは、邪素さえ吸収していれば生きていける悪魔の特性に負うところが大きい。つまり、魔界では食事を作るために発生するゴミ類と、排泄物を処理する必要性がほとんどない分だけ現実世界よりもゴミが生じにくく、従ってそれらを処理するための設備の規模が貧弱でも構わないのだ。


 だから、魔界では清掃員のようなゴミを取り扱うスペシャリストが極端に少ない。これは、魔界日本の幹部たちが居住しているドムスも同様で、清掃はこの場所を警備する親衛隊のメンバーによって当番制で行われている。


 しかし、それでも二日間は放っておかれた部屋は汚れる。ベッドシーツはしわくちゃで、ゴミ箱には邪素を飲み干したペットボトルが何本も突っ込まれていた。


 現実世界と異なるのは風呂場の水ぐらいだろう。燃料電池が生成する限りなく純水に近いものなので、河川の水を塩素で殺菌して使用する水道水と違って水滴が乾いても水垢が生じない。


 地頭方志光は全裸でベッドの隅に腰かけ、大きく伸びをした。同じ寝具の真ん中では、見附麗奈が全裸で丸まって寝息を立てている。


 処女相手の〝合体〟は予想より難事ではなかったものの、一方的にリードするのは普段よりも心身を消耗する行為だった。最初から何となく解っていたが、性行為というのは相手の身体の動かし方が上手いだけで疲れる度合いが違うのだ。


 ベッドから立ち上がった志光は、浴室に入りシャワーを浴びた。もう少ししたら、麗奈の有給も終わる。そうしたら、自分も執務に戻らなければならない。


 やり残していたことは何かあっただろうか? そうだ。〝キャンプな奴ら〟との合同作戦をどうするかについて、結論を下していなかった。


 白誇連合はアメリカで有色人種系の犯罪者を襲って殺害し、彼らが扱っていた麻薬などの違法品を掠めることで利益を得ている。この方法であれば「有色人種かつ犯罪者」を殺害しているため、人種差別だという批判がしにくいからだ。


 道徳は善と悪を決める価値体系だから、これに沿って行動している人間は「善でありかつ悪である」ケースに遭遇すると混乱する。つまり、弱者を守るのは善、しかし犯罪行為に手を染める者が悪だとするなら、「弱者が犯罪行為に手を染めた場合」を悪とするのか、あるいは善とするのかが解らなくて、判断能力が鈍る。


 そして、場合によって「犯罪など起きていない」というジェスチュアー、すなわち無視を決め込むのだが、これは道徳を基準に意見表明する人間にとって致命傷になる場合がある。何故なら、道徳を信奉する人々にとって、悪行を見逃すのは許されざる行為だからだ。結果として、彼らの道徳的な信用度は低下する。


 ホワイトプライドユニオンは、こうした道徳的な欠陥を利用して、自分たちの犯罪行為を正当化しようとしている。もちろん、警察は彼らの行方を追っているだろう。だが、魔界へと自由に行き来できる悪魔を捕らえるのは容易ではないはずだ。つまり、同じ悪魔でなければ、彼らをどうにかするのは難しい。


 白誇連合から命を狙われた自分には、そのどうにかするための動機がある。しかし、黄色人種を代表して白色人種と戦うとか、そういう馬鹿げたシチュエーションはまっぴらだ。それ以前に、彼らに殺されたとされる暴力団の関係者、恐らく彼らの大半は日本人だろう、に対しても共感や同情の念が湧いてこない。


 同じ日本人だから何なのだ? 自分とは関係がないという意味において、ヨーロッパやアフリカにいる人達と大した違いはない。


 白誇連合の本拠地を襲撃した時に、自分は正当防衛の立場を捨てた。積極的に相手を襲い、自分を殺そうとしなかった悪魔まで殺した。


 あの作戦が始まる直前まで、自分は自分の行いを正当化できるのかどうかを自問自答していた。今なら解る。正当化はできない。しかし、実行はできる。


 つまり、自分は正しくなくても構わないと思っているのだ。もっと正確には、悪でも構わないと考えている。


 悪魔。去年の八月に、クレアと麻衣からそう説明された時は、超人的な力を持つ存在に対する一種の呼び名ぐらいにしか思っていなかった。だが、今は違う。誰かのために戦う気が無く、自分の利益を追求するためには、危害を加えてこなかった相手も手にかける自分は確かに悪だ。


 シャワーを浴び終えた志光は、バスタオルがないことに気づいた。苦笑した少年は、指で髪を梳き、肌についた水滴を落とすと浴室を出る。


 ベッドの上では麗奈が起き上がり、解いた髪をまとめている最中だった。彼女の傍らに例のリュックサックがある事に気づいた少年は顔を引きつらせる。


 マズイ。あのリュックサックには、クレア・バーンスタイン、門真麻衣、そしてアニェス・ソレルが準備した前立腺開発グッズが入っている。


 その道具を麗奈に使われないようにするため、彼女がリュックに近づくたびに襲いかかって〝合体〟をしていたのだ。それなのに、よりによって最後の最後でまた出てくるとは……。


 志光は作り笑いを浮かべながら、麗奈に近寄った。ポニーテールの少女は少年に気づくと彼に向かって微笑みかける。


「お早うございます、棟梁」

「お早う、麗奈。ちゃんと眠れた?」

「はい。ぐっすり眠れるぐらい、たくさんしていただいたので」

「それは良かった」

「それで、棟梁にお渡ししたいものがあるんですが」

「前立腺グッズなら遠慮しておくよ。まだ僕には早すぎるステージかな?」

「いや、違いますよ。教祖から言付かったものです」

「教祖って……信川さん?」

「はい。ディルヴェの教祖です」

「あれ? 何か頼んだっけなあ?」


 志光が首を傾げていると、麗奈はリュックサックのポケットから白木の薄い箱を取り出した。


「どうぞ」


 少女から箱を受けとった少年は、蓋を開いて中を見た。そこには、球と勾玉を組み合わせたブレスレットがあった。


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