29-6.好きだ
事前に考えていなかった質問をされた志光は絶句した。しかし、麗奈の言い分も一理ある。
ヘンリエットは正妻。これは分かり易い。現実世界でもある制度だ。
ソレルは妾。これも分かり易い。かつて儒教国ではあった制度で、非公式ではあるものの、愛人という名前で今の日本にもあるからだ。
クレアや麻衣は、現実世界にもいる……タイプだろう。多分。
しかし、麗奈をこの三つのカテゴリのどこに入れれば良いのか? 正妻はない。女尊男卑国との取り決めが成立してしまっている。
妾はどうか? 魔界では法的な婚姻制度は存在しないのだから、もちろん可能だが、麗奈はソレルのように気が利いて男性に傅くタイプではない。
とどめに、彼女とクレアや麻衣を比較するのは、生まれたての小鹿と百戦錬磨の肉食獣を同じ土俵で論じるようなもので馬鹿馬鹿しい。
つまり、自分の周りには見附麗奈という女性に相応しい居場所がないのだ。
だから、返事ができない。
ところが、少年が黙りこくってしまっても、ポニーテールは悲嘆に暮れたりはしなかった。彼女は自信ありげにリュックサックを軽くぽんぽんと叩く。
「返事、できませんよね?」
「ごめん。正直に言うけど、そうだね」
「でも、それは前から見当がついてました。だから、クレアさん、麻衣さん、ソレルさんと相談をしていたんです」
「そんな話まで……」
「それで、皆さんに教えて貰ったアイテムがあります」
「アイテム?」
志光が首を傾げていると、麗奈はリュックサックのジッパーを開き、中から薄茶色の液体が入った半透明のボトルを取りだした。
「まず、コレです」
「これは?」
「ア×ル専用ローションです」
「アナ×専用ローション?」
「お尻の穴に使う専用のローションで、ニガヨモギの成分が入っているので殺菌効果もあると、クレアさんが教えてくれました」
「はあ」
少年が口を半開きにしている間に、ポニーテールは金属製の先端が膨らんだ一〇センチほどの棒状アイテムを取り出した。
「次はコレです。アネロステンポ。サージカルステンレスという、医療用の金属でできた道具で、コレを人肌に温めてからお尻の穴に入れて前立腺を刺激します」
「前立腺を刺激」
「男性でもドライオーガズムが味わえるそうです。興味が湧いてきましたか?」
「誰に教わったのかが興味あるね」
「これは麻衣さんです」
「なるほど」
「最後にコレです」
麗奈が最後に手にしたのは、黒くL字型をした奇妙な物体だった。その先端はやはり膨らんでおり、少しだけ男性器に似ている。
「それは?」
「これは前立腺マッサージ器です。中にモーターが入っていて、お尻の穴に入れてから作動させると、前立腺を揺さぶってくれます」
「その道具をくれたのはソレルさん?」
「さすが棟梁です。よく判りましたね!」
「僕の洞察力もまんざら捨てたものではないね。それで、今の話を総合すると、あの三人は見附さんに僕の前立腺を性感帯に開発しろって言っているように受け取れるんだけど、その解釈で合ってるのかな?」
「そうなんです! 皆さんが私に〝前立腺のスペシャリストになれ。そうすれば、棟梁もお前を手放したりしない〟と言ってくれたんです。それで私も頑張ろうと思って、皆さんにいただいた道具を持って、ここまで来たんです。皆さん、棟梁なら絶対に前立腺マッサージにはまるって仰っていました。私と二人で、未知の扉を開いていきましょう!」
ポニーテールの少女が拳を握って大声で未来を語っても、少年は一言も返事をしなかった。彼は黙ったままベッドの端から立ち上がり、服を脱ぎ、ボクサーブリーフ一丁になると、ベッドの上であぐらをかき、胸元で両腕を組んだ。
「あの、棟梁。私、棟梁のお返事がいただきたいんですけど……」
さすがの麗奈も心配になったようで、狼狽した顔つきで志光に近寄った。すると、少年はかっと目を見開くや否や、少女の肩に手を置いた。
「麗奈」
「は、はい。何ですか?」
「好きだ」
「はい?」
「だから、麗奈のことが好きだと言ってるんだ?」
「う、嘘……」
「本当だ。僕の目を見てみろ」
「は、はい」
志光の真剣な面持ちにつられた麗奈は、思わず彼の顔を覗き込んだ。少年は少女と視線を交わしながら、彼女の身体を優しくベッドに仰向けにひっくり返す。
「麗奈、好きだ」
「棟梁。嬉しい」
「好きだー!」
志光は叫び声を上げると、ポニーテールの身体に覆い被さりつつ、巧みに足を動かすと、ベッドの上に乗っていたアナルローション、金属製前立腺刺激棒、そして前立腺マッサージ器を、彼女の手の届かない床に蹴り落とした。